「あー・・・・・・」
寝起きの気分は最悪だった。だってそりゃ、起きた時自分の腹やら胸やら頭やらを踏みつけながら、妹が情熱的にサンバのリズムを刻んでいたら、一部の特殊な人間以外は皆不快に思うだろう。
四月十日、月曜日。
昨日で春休みが終わり、今日から学校という朝。五河士道はしょぼしょぼする目を擦りながら、低く唸るように声を発した。
「あー、琴里よ。俺の可愛い妹よ」
「おお!?」
そこでようやく士道が起きていることに気づいたのだろう。士道のお腹の上に足を乗ってけていた妹ーーーー琴里が、中学校の制服を翻しながらこちらに顔を向ける。二つに括られた長い髪が揺れ、どんぐりみたいな丸っこい双眸が士道を捉えた。ちなみに朝っぱらから人様を踏みつけにしているわりには「しまった!」とか「ばれたか!」みたいな後暗さは全然見受けられない。どちらかというと、士道の起床を素直に喜んでいるように見える。
ついでに士道の位置からだと見事にパンツ丸見えである。パンチラとかいうレベルではない。はしたないにも程がある。
「なんだ!?私の可愛いおにーちゃんよ!」
琴里が、足を退ける様子もなくそう言っている。念のために言うと士道は可愛くない。
「いや、下りろよ。重いよ」
士道が言うと、琴里は大仰に頷いてベッドから飛び降りた。士道の腹にボディブローのような衝撃を残して。
「ぐふっ!」
「あははは、ぐふだって!陸戦用だー!」
「・・・・・・・・・・」
士道は無言で、布団を被り直した。
「あー!こらー!なんでまた寝るんだー!」
琴里が声を張り上げ、士道をゆっさゆっさ揺すってくる。
「あと十分・・・・・・」
「だーめー!ちゃんと起きるのー!」
すると部屋のドアがノックされ、開いた。
「琴里、朝ごはんの準備が出来た。兄上殿は起きられたか?」
「あ!ありがとう。焔」
「なに、気にすることはない」
「んぁ・・・・・・お客さんか・・・・・・?」
もぞもぞと動きながら、士道は覚醒しきっていない目でその人を見た。
「・・・・・・・・・・」
「おはよう、兄上殿!」
「こ、琴里が二人ぃぃぃぃい!?」
士道の絶叫がこだました。
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士道は食卓を彩る様々な料理に目を奪われた。
「え、すご・・・・・・・これ、君が作ったのか?」
「うむ!不肖ながらこの私が朝食なるものを作らせてもらった!」
「さっすがー!すごいねー!ほむほむー!」
「うむ!ほむほむは凄いのだ!」
美少女(少年)は腰に手を置き、胸を張った。身長は低くないが、エプロン姿が実に女の子らしく士道はついドキマギしてしまう。
「えっと・・・・・・・君は一体・・・・・?」
「む、自己紹介がまだだったな。私の名前は一ノ瀬焔。訳あって今日からこの家に世話になることになったのだ。よろしく頼むぞ、兄上殿」
「ま、待ってくれ!えーっと、焔は俺たちの兄
「その認識は間違いだな、兄上殿。兄上殿は兄と妹と書いて先程兄妹と言っていたと思われるがーーーー」
(え?なんでわかったの?)
「私はれっきとした男だ。容姿がこうであるため、
「そう!」
確かによく見ると、琴里の髪と瞳の色より若干明るみを帯びている。顔立ちは美少女そのものだが、体つきは年相応の男子のものだ。
「学校はどこなんだ?」
「兄上殿と同じところに通うことになった」
「えぇ!?まさか、俺と同い年!?」
「正確には私には年齢という概念は存在しないのだが・・・・・・・・・いや。なんでもないぞ!なんでも!そう!兄上殿と同い年なのだ!」
「ほえ、たまげたなぁ」
「そんな事よりお二人共。学校に行くのであろう?」
「お、おお、そうだった」
「いっただっきまーす!」
今日から人間二人と精霊一人による奇妙な生活が幕を開けた。
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士道と焔が高校に着いたのは、午前八時十五分頃だった。廊下に張り出されたクラス表を適当に確認してから、これから一年間お世話になる教室に入っていく。
「二年四組か」
三十年前の空間震が起こったあと、東京都南部から神奈川県ーーーーつまり空間震で更地になった一帯は、様々な最新技術のテスト都市として再開発が進められてきた。士道が通う都立来禅高校も、その例の一つである。都立高とは思えない充実した設備を誇るうえ、数年前に創立されたばかりのため内外装も損傷がほとんどない。
「ふむ、ここが貴公の通う高校というものか」
「ああ。クラスはどこだったんだ?」
「二年四組だ」
「おお、俺と一緒のところか。一緒に行こうぜ」
「うむ」
廊下を歩きながら焔は周りを見渡した。
「この学校は、どうやら空間震にも耐えれる強度があるようだな」
「まあ、ここ最近頻繁に起こってるからな。そう何回も壊れてちゃ勉強もろくに出来ねぇし」
最新技術を使って建てられた学校のためか入試倍率は低くなく、「家が近いから」だけの理由で受験を決めた士道は、少々苦労することになったのだが。
「んー・・・・・・・・・」
小さくうなり、何とはなしに教室を見渡してみる。
まだホームルームまでは少し時間があったが、もう結構な人数が揃っていた。同じクラスになれたのを喜び合う者、一人机についてつまらなそうにしている者、反応は様々だったが・・・・・・・・あまり士道の見知った顔は見受けられなかった。
と、士道が黒板に書かれた座席表を確認しようと首を動かすと、
「ーーー五河士道」
後方から不意に、声をかけらた。
「ん?どうした、焔・・・・・・・・」
振り向いた先には、焔ではなく細身の少女が立っていた。
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“隣界”のとある場所。
二人の精霊が一定の感覚を空け対面していた。
「やはり、〈アポロ〉は戻らなかったか」
「はい」
美しい青い髪を携えた美少女が、目を伏せた。
「我らの使命を忘れたのでしょうか」
「〈アポロ〉に限って、そんな事は有り得ない。彼が決めたことなら、我らも見守ることにしよう」
「あなたも人間どもを見守るというのですか、〈ゼウス〉」
「遅れてすみまちぇん」
容姿が幼い少女が虚空から現れた。
「あとは〈ハデス〉だけか」
「元気そうでちね、〈ポセイドン〉」
「あなたも。〈ガイア〉」
熾精霊が三人集い、残るは一人を残すだけになった。
「〈ハデス〉は多分来まちぇんよ」
「なに?」
「何やら楽しい事を思いついたようでちた。笑いながらどこかに行ってしまったでち」
「まさか、人間界に・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・」
〈ゼウス〉は静かに目を閉じた。
「〈アポロ〉は人間達を見守ることにしたようでちが、あちきはさっさと消した方がいいと思うでち。魔術師の末裔共が何やらまたよからぬ事を考えているに違いないでち」
「これ以上、同胞を失うことを黙って見ているのですか?〈ゼウス〉」
(〈アポロ〉・・・・・お前は一体何を考えている・・・・・・・)
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「ふふ〜ん♪人間界か〜。楽しみだな〜。さーってと、可愛いあたしの仲間を殺したゴミ共を狩りに行きますかっ」
少女の目が怪しく光り、口元が三日月のように弧を描く。
「人狩り行こうぜ〜♪それにしても〈アポロ〉ってば、ゴミ共を見守るなんて・・・・・・・ホント、何を考えてんのやら。ホンットに・・・・・・・・・・・」