「待て、〈ハデス〉」
「んー?あらら、バレちゃったか」
ペロッと舌を出し、ポコンと自分の頭を叩いた。
「人間界に赴き、何をするつもりだ」
「そんな怖い顔しないでよ、〈ゼウス〉。ちょっと〈アポロ〉の様子を見てくるだけだって」
「我ら熾精霊が現界するだけで、人間界に甚大な被害を及ぼす。おいそれと人間界に行くことは・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・だからなんだって言うの?あたしたちは熾精霊。その意味、あんたが一番分かってんでしょ」
「ーーーーーーもちろんだ。同胞を奪った人間にはそれ相応の対価を払ってもらう」
「あら、分かってんじゃん。あんたも〈アポロ〉みたいに「ゴミ共を見守る」なんてアホな事言うのかと思ってあたし、ちょっとドキドキしちゃった」
「・・・・・・・・・・・・」
「ゴミ共が、抗いようのない力の前に絶望する・・・・・恐怖する貌を見るだけであたしの溜飲が下がるわ」
恍惚を帯びた表情で下唇を舐める。
「殲滅対象はASTだ。無害な人間の命を奪う事はよせ」
「えぇ!?なんでよ!?」
「・・・・・・・・・」
「はは〜ん、さてはきしどーせーしんってヤツ?」
「・・・・・・・・・・・」
「大層な思想をお持ちの様だけど、そんな古色蒼然とした考え?精神論?さっさと捨てちまいなさいよ。アイツらはゴミよ?ゴミ溜めに群がるハエより劣る生きる価値のないモノよ?殺して
「ーーーー憎しみはまた新たな悲劇を呼ぶ火種に過ぎない」
「上等よ。その時はあたしが、全部、食い殺し、噛み潰し、踏み砕くまで」
「しかし・・・・・・・・・・!」
「「人間を見守る」ですって?はっ!冗談じゃないわ」
「奴らの考えは我らには凡そ分かることではない。今はまだ行動に移すのは早計過ぎる」
「ゴミ共の考えなんて、所詮小心の浅知恵。底が知れたものよ、推し量るまでもないわ」
表情が凡そ誰かに見せては良いものでは無いものに変貌していた。
「話は終わり?あたし、もう行くから」
そう言い残し、少女は虚空へ消えた。
残された少年は奥歯を噛み締めた。
『〈ゼウス〉、私はいつか人間とも分かり合える日が来ると信じているのだ』
友の声が頭を過ぎる。
そんな絵空事が、いつか本当に訪れる。心の中ではそう思っていたのかもしれない。
だが、状況は一向に進展しなかった。ASTに同胞を奪われ、本来“隣界”の守護者たる熾精霊も人間界に赴き、たった一人を除いて本格的に人間の殲滅を決行しようとしている。
(私とて、闇雲に命を奪いたくない・・・・・・・だが、奴らは我らの同胞を・・・・・・・・)
「私は、どうすれば・・・・・・・・・・・お前を信じていいのか、〈アポロ〉・・・・・・・・我が友よ・・・・・・・・・」
非情に徹しきればどれ程楽なものか。
届かない声は、ただ虚しく空へ消えていった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
そこには、細身の少女が一人、立っていた。
肩に触れるか触れないかくらいの髪に、人形のような顔が特徴的な少女である。
この人形のような、という形容に異を唱える人間は恐らくそういないだろう。まるで正確に測量された人工物のように端正であるのと同時にーーー彼女の顔には、まったく表情のようなものが窺えなかった。
「え・・・・・・・・」
士道はきょろきょろとあたりを見回してから、首を傾げた。
「・・・・・・お、俺?」
自分以外のイツカシドウさんが見当たらないのを確認してから、自分を指す。
「そう」
少女はさしたる感慨もなさそうに、まっすぐ士道の方を見ながら小さく頷いた。
「な、なんで俺の名前を・・・・・・・?」
士道が訊くと、少女は不思議そうに首を傾げた。
「覚えていないの?」
「・・・・・・・・?」
「そう」
士道が難しい顔を浮かべると、少女は特に落胆することも無く、短く言って窓際の席に歩いていった。
そのまま椅子に座ると、机から分厚い技術書のようなものを取り出し、読み始める。
「な、なんだ。一体・・・・・・・って、焔は?」
廊下を見渡すと、窓から外を眺める焔がいた。
「おーい、ほむ・・・・・ら・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
眺めている、というのは間違いだった。
そう、眺めてなどいなかった。
(なんで、外を・・・・・・?)
そして視線を戻し、そのままどこかに歩いていった。
「お、おい、焔!どこに・・・・・・・」
「とうッ!」
「げふっ」
と、士道が追いかけようとしたところ、ぱちーん!と見事な平手打ちが背中に叩き込まれた。
「ってぇ、何しやがる殿町!」
こちらの犯人はすぐにわかった。背をさすりながら叫ぶ。
「おう、元気そうだなセクシャルビースト五河」
士道の友人、殿町宏人は同じクラスであったことを喜ぶよりも先に、ワックスで逆立てられた髪と筋肉質の身体を誇示するように、腕を組みながら軽く身を反らしながら笑った。
「セク・・・・・なんだって?」
「セクシャルビーストだ、この淫獣め。ちょっと見ないうちに色気づきやがって。いつの間に鳶一と仲良くなりやがった、ええ?」
言って、殿町が士道の首に腕を回し、ニヤニヤしながら訊いてくる。
「鳶一?誰だよそれ」
「とぼけんじゃねぇよ。今の今まで楽しくお話してたじゃねぇか」
言いながら、殿町があごをしゃくって窓際の席を指す。そこには先程の少女が座っていた。
(別に楽しそうではなかっただろ・・・・・・)
さっきの会話の様子を見ていて、それを楽しそうと見えたのならこいつの目は相当腐っている。後でいい眼科を紹介してやろう。
ふと、士道の視線に気づいたのか、少女が目を書面から外し、こちらに向けてくる。
「・・・・・・っ」
士道は息を詰まらせると、気まづそうに目を背けた。
反して、殿町が馴れ馴れしく笑って手を振る。
「・・・・・・・・」
少女は、別段何も反応を示さないまま、手元の本に視線を戻した。
「ほら見ろ、あの調子だ。うちの女子の中でも最高難度、永久凍土とか米ソ冷戦とかマヒャドデスとまで呼ばれてんだぞ。一体どうやって取り入ったんだよ」
「はぁ・・・・・?何の話だよ」
「いや、お前ホントに知らないのかよ」
「・・・・・・ん、前のクラスにあんな子いたか?」
士道が言うと、殿町はまたも信じられないのいった具合に両手を広げて驚いたような顔を作った。欧米人のようなリアクションをする奴である。
「鳶一だよ。鳶一折紙。ウチの高校が誇る超天才。聞いたことないのか?」
「いや、初めて聞くけど・・・・・・・すごいのか?」
「凄いってモンじゃねぇよ。成績は常に学年首席、この前の模試に至っちゃ全国トップとかいう頭のおかしい数字だ。クラスの順位は確実に一個下がることを覚悟しな」
「ありがた迷惑な話だな・・・・・・・って、なんでそんな奴がこんな公立校にいるんだよ」
「そこなんだよなぁ。大方、家の都合とかだろうよ」
大仰に肩を竦めながら、殿町が続ける。
「しかもそれだけじゃなくて、体育の成績もダントツ、ついでに美人ときてやがる。去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』でも第3位だぜ?見てなかったのか?」
「やってた事すら知らねぇよ。ていうかベスト13?何でそんな中途半端な数字なんだ?」
「主催者の女子が13位だったんだよ」
「・・・・・・・ああ」
士道は力無く苦笑した。どうしてもランキングに入りたかったらしい。
「ちなみに『恋人にしたい男子ランキング』はベスト358まで発表されたぞ」
「多っ!下はワーストランキングに近いじゃねぇか。それも主催者の決定なのか?」
「ああ。まったく、往生際が悪いやつだぜ」
「んで、殿町は何位だったんだ?」
「358位だが?」
「主催者お前かよ!」
「選ばれた理由は、『愛が重そう』『毛深そう』『足の親指の爪の間が臭そう』でした」
「え、なにそのスリーアウト。やっぱりワーストランキングじゃねぇか」
「まあぶっちゃけ、下位ランクには一票も入らない奴らばっかだったからな。マイナスポイントの少なさで勝負だ」
「どんな苦行だよ!やめりゃいいだろそんなもん!」
「安心しろ五河。お前は匿名希望さんから一票入ったから52位」
「反応しづれぇ・・・・・・・」
「まあ他の理由は『女の子に興味なさそう』『ぶっちゃけホモっぽい。てか絶対ホモ』だったぞ」
「くそったれ!さてはアンチだなそいつ!俺が何したってんだよ!」
「まあ落ち着けって。『腐女子が選んだ校内ベストカップル』ってのもあってだな」
「えぇ・・・・・?なにそれぇ」
「ちなみにお前と俺のセットでベスト2にランクインしているぞ」
「嫌だァァァァァァァァァアアア!!!」
たまらず叫んだ。一位のカップルも少し気になった。しかし殿町はさして気にしていない様子(というか、もう既に何かを乗り越えた一種の境地に至った様子)で、話を戻そう、と言うように腕組をした。
「まあとにかく、校内一の有名人っつっても過言じゃないわけだ。五河くんの無知ぶりに、流石の殿町さんもびっくりです」
「いや、お前誰だよ」
と、士道が言ったところで、一年生の頃から聞きなれた予鈴が鳴った。
「おっと」
そういえば、まだ自分の席を確認していない。
士道は黒板に書かれた席順に従い、窓側から数えて二列目の席に鞄を置いた。
そこで、気づく。
「・・・・・・あ」
何の因果か、士道の席は、学年首席様のお隣だったのである。鳶一折紙は予鈴がなり終わる前に本を閉じ、机にしまいこんだ。そして視線を真っ直ぐ前に向け、定規で測ったかのような美しい姿勢を作る。
「・・・・・・・・・・・」
なぜか少し気まづくなって、士道は折紙と同じように視線を黒板のほうにやった。
それに合わせるようにして教室の扉がガラガラと開けられる。そしてそこから縁の細い眼鏡をかけた小柄な女性が現れ、教卓につく。
「タマちゃんだ・・・・・・・」
「ああ、タマちゃんだ」
「マジで、やったー」
「イィィイヤッフゥゥゥゥ!」
概ね、好意的なざわめきが上がる。(一部だけ奇声を上げているが)
「はい、皆さんおはよぉございます。これから一年、皆さんの担任を務めさせていただきます、岡峰珠恵です」
間延びしたような声でそう言って、社会科担当の岡峰珠恵教諭・通称タマちゃんが頭を下げた。サイズが合っていないのか、微妙に眼鏡がずり落ち、慌てて両手で押さえる。贔屓目に見ても生徒と同年代くらいにしか見えない童顔と小柄な体躯、それにそののんびりとした性格で、生徒から絶大な人気を誇る先生である。かわいい。
「急ですが、今日は皆さんに転校生を紹介します。どうぞぉ」
教室のドアが開き、この高校の制服を着た転校生が入ってきた。燃えるような鮮やかな赤い髪に一本伸びたアホ毛が特徴的な美少女だった。どこからか『かわいい!何あの子!?』『声掛けちゃえよ』『いっちゃう?いっちゃう!?』と声が上がる。
「それじゃ、自己紹介してくれるかな?」
「うむ。今日からこの学校に転校してきた一ノ瀬焔だ。今日から一年よろしく頼みたい。ちなみに、私は男だ」
・・・・・・・・・・・・
「「「「「ええええええええええええ!?」」」」」
まあ、当然の反応である。
それから、およそ三時間後。
焔の席の周りには女子七割、男子三割という比率で人混みが出来ていた。しかし、そんな状況でも嫌な顔一つもせず丁寧に対応しているあたり、きっと育ちがいいのだろうと士道は勝手に推測した。
一通り話し終えたようで、士道は焔の方へ向かった。
「お疲れさん」
「む?ああ、士道か。中々元気がある人たちだな」
「あ、そうだ。これから琴里と飯食いに行くんだけど、一緒に行くだろ?」
「うむ、同行しよう」
始業式を終え、帰り支度を整えた生徒達が教室から出ていく。
昼前に学校が終わるなんて、テスト期間以外ではそうない。ちらほらと、友人とどこに昼食を食べに行くかを相談している集団が見受けられる。
「五河ー、どうせ暇だろ、飯行かねー?」
「悪い。今日は先約があるんだ」
「む、貴公は・・・・・・」
「ゴホンッ。初めまして、レディ。私の名前は殿町宏人と申します。何卒、お見知り置きを」
「おいこら、殿町。焔に色目使ってんじゃねぇよ。きめぇよ。てかその前に男だよ」
「きもいは言い過ぎ。いやぁ、こんな女の子の顔してんのに男なんて。生命って不思議だよなぁ。てか、先約ってなんだよ。女か?」
「あー、まぁ・・・・・・一応」
「んだと!?」
殿町が両手をV字に掲げて片足を上げた、グリコみたいなリアクションをとってくる。
「一体春休みに何があったていうんだよ!あの鳶一と仲良くなり、しかもこんな可愛い男の娘と仲良くお話するだけじゃ飽き足らず、女と昼飯の約束だと!?一緒に魔法使いにを目指すって誓い合ったじゃねぇか!」
「誓ってねぇよ!ていうか、女って琴里だぞ?」
士道が言うと、殿町は安堵したかのようにほうと息を吐いた。
「んだよ、脅かすんじゃねぇよ」
「お前が勝手に驚いてたんだよ」
「でもま、琴里ちゃんなら問題ねぇだろ。俺も一緒に行っていいか?」
「まあ別に大丈夫だと思うけど・・・・・・・焔も大丈夫か?」
「私は構わない」
「焔ちゃんも行くのか!?嬉しい!」
「よろしく頼むぞ、殿町」
「はっ!」
(既に飼い慣らされてる・・・・・・・)
と、士道が思っていると、殿町が肩を組み、声を潜めるように言ってくる。
「なあなあ、琴里ちゃんって中二だよな。もう彼氏とかいんの?」
「は?いたとしても言わねぇと思うけど・・・・・・・・・」
「いや別に他意はねぇんだが、琴里ちゃん、三つくらい年上の男ってどうなのかなと」
「それを兄の目の前で言うか?普通。お前来んな」
士道は半眼を作り、いやに顔を近づけてきていた殿町の頬をグイッと押し返した。
「そんな!お義兄様!」
「一番お義兄様と呼ばれたくない男だ、お前は」
士道が眉をひそめると、殿町はそっと肩組を解き、肩を竦めた。
「はは。ま、俺も兄妹団欒をつっつくほど野暮じゃねぇよ。都条例に引っかかんねぇ程度に仲良くしてきな」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ」
頬をピクつかせながら言うと、殿町が意外そうな顔を作る。
「だっておめ、琴里ちゃん超可愛いじゃねぇか。あんな子と一つ屋根の下とか最高だろ」
「実際に妹がいれば、その意見は間違いなく変わると思うがな」
「あー・・・・・・・それはよく聞くな。妹持ちに妹萌えはいないとか。どう思う?焔ちゃん」
「まあ、そういう性癖を持つのは仕方がない・・・・・・・どうなのだ?士道」
「oh......そう来たか・・・・・・・」
「でもまあ、そういうもんなのかねぇ」
「そういうもんだ。女未満と書いて妹がだろうが」
「じゃあ姉は?」
「・・・・・・・女市?」
「すげえ!女性専用都市かよ!この世の桃源郷だな!」
言って、殿町が笑う。
ーーーーと、瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー
「ーーーーッ!?」
教室の窓ガラスをビリビリと揺らしながら、街中に不快なサイレンが鳴り響いた。
「な、なんだ?」
殿町が窓を開けて外を見やる。サイレンに驚いたのか、カラスが何羽も空に飛んで行った。
教室に残っていた生徒達も、皆会話を止めて目を丸くしている。
と、サイレン次いで、聞き取りやすいようにするためか、言葉を一拍ずつ区切るようにして機械越しの音声が響いてきた。
『ーーーこれは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が、予測されます。近隣住民の皆さんは、速やかに、最寄りのシェルターに、避難してください。繰り返しますーーーー』
瞬間、静まり返っていた生徒達が、一斉に息を呑む音が聞こえた。
ーーーー空間震警報。
皆の予感が確信に変わる。
「おいおい・・・・・マジかよ」
殿町が額に汗を滲ませながら、かわいた声を発する。
だがーーー士道や殿町を含め、教室の生徒たちは、顔に緊張と不安こそ滲ませているものの、比較的落ち着いてはいた。少なくとも、恐慌状態に陥ったりする生徒は見受けられない。この街な三十年前の空間震によって深刻な被害を受けているため、士道たちは幼稚園の頃から、しつこいほど避難訓練を繰り返し受けている。
加え、ここは高校。全校生徒を収容できる規模の地下シェルターが設えてある。
「シェルターはすぐそこだ。落ち着いて避難すれば大丈夫だ」
「お、おう。そうだな」
士道の言葉に殿町が頷いた。
走らない程度に急ぎ、教室から出る。廊下には、もう既に生徒達が溢れ、シェルターに向かって列を作っていた。
「士道」
「焔?」
「琴里は大丈夫なのか?」
「そ、そうだ!もしかしたらもうファミレスにいるんじゃ・・・・・・!」
士道の顔が青ざめる。
「ならば私が迎えに行く。士道はそのままシェルターへ行くのだ」
「え?お、お前はどうすんだよ」
「私は大丈夫だ」
「お、おい!焔!」
焔は列に混じらず、昇降口の方へ駆け出した。
そして、もう一人。
「鳶一・・・・・・?」
そう、スカートをはためかさながら廊下をかけていたのは、あの鳶一折紙だった。
「おい!何してんだ!そっちにシェルターなんてーーーー」
「大丈夫」
折紙は一瞬足を止め、それだけ言って、再び駆け出して行った。
「大丈夫って・・・・・何が」
士道は怪訝そうに首を捻りながらも、殿町とともに生徒の列に並んだ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
校庭を猛スピードで駆け抜ける。それは最早、人の速度ではなく、足に力を溜め、一気に跳んだ。
住宅の屋根を飛びながら、空間震の発生しそうな場所を探す。
(同胞が来るのか。ならば、必然的にASTも出現するはず・・・・・・私の目の前でこれ以上同胞は奪わせるものか)
「ダメだ。やっぱり二人が心配だ、俺も行ってくる!」
「お、おい!五河!どこに行くんだッ!」
「悪い!忘れ物だ!先に言っててくれ!」
殿町の声を背に受けながら、列を逆走して昇降口に出る。そのまま速やかに靴を履き替えると、士道は転びそうなくらい前のめりになって外へと駆け出していった。
校門を抜け、学校前の坂道を転がるように駆け下りる。
「無事でいてくれ・・・・・・!二人とも・・・・・・!」
士道は、足を最高速で動かしながら祈った。
士道の視界に広がっていたのは、なんとも不気味な光景だったのである。
車の通らない道路に、人影のない街並み。街路にも、公園にも、コンビニにも、誰一人として残っていない。つい先程、誰かがそこにいたことをおもわせる生活感を残したまま、人間の姿だけが街から消えている。まるで、ホラー映画のワンシーンだった。
三十年前の大災害以来、神経質なほど空間震に対して敏感に再開発されたのがこの天宮という街だ。公共施設の地下はもちろん、一般家庭のシェルター普及率も全国一位という話だ。それに最近の空間震の頻発も手伝ってかーーー避難は迅速だった。
「琴里ィーーッ!焔ァーーッ!」
目一杯叫ぶ。が、応答はなかった。
「頼む・・・・・!無事で・・・・・・!」
再度走り出そうとしたが、足がもつれて盛大に転んだ。
「ッつーーー!」
「士道・・・・・?」
「ーーーー?」
声が聞こえた方を見ると、焔が驚いた顔でこちらを見ていた。
「大丈夫か?士道」
「よかった・・・・・・琴里は・・・・・・・」
「すまない。まだ見つかっていない」
「早く、琴里を・・・・・・」
何とか立ち上がろうと、視線を動かすと視界の隅に、何か動くものが見えた気がする。
焔は何かを感じ取ったかのように一点を見つめた。
「なんだ・・・・・っ、あれ・・・・・・」
士道は眉をひそめた。
数は三つか・・・・・四つか。空に、何やら人影のようなものが浮いている。
「ーーーー来る」
「えーーーー?」
瞬間
「うわ・・・・・・・ッ!?」
士道は思わず目を覆った。
突然目先の街並みが、眩い光に包まれたのだ。次いで、耳をつんざく爆音と、凄まじい衝撃波が士道を襲う。
「んな・・・・・・・っ」
士道は反射的に腕で顔を覆った。
大型台風もかくやというほどの風圧に煽られ、吹き飛ばされそうになるが、士道を庇うように焔は前に出た。
「一体、なんだってんだ・・・・・・ッ」
無言で焔は走り出した。
まだ少しチカチカする目を擦りながら、士道も後を追った。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「ーーーーはーーーー?」
追いついた先の光景を見て、間の抜けた声を発した。なぜなら、今の今まで目の前にあった街並みが、士道が目を瞑った一瞬のうちにーーー跡形もなく、無くなっていたのだから。
「な、なんだよ、なんだってんだよ、これは・・・・・・ッ」
呆然と、呟く。
なんの比喩でも冗談でもない。まるで隕石でも落ちたかのように。否、どちらかといえば、地面丸ごと消し去られたかのように。街の風景が、浅いすり鉢状に削り取られていた。
「これが空間震だ。貴公は見るのが初めてか?」
「これ、が・・・・・・・・・」
そして、クレーターのようになった街の一角の中心。そこに何やら金属の塊のようなものが聳えていた。
「なんだ・・・・・・・?」
遠目のために細かい形状までは見取れないがーーーロールプレイングゲームなんかである王様が座っている玉座のようなフォルムをしているように見える。
(む、あの玉座は・・・・・・・・・・)
だが、重要なのはそこではない。
その玉座の肘掛に足をかけるようにして、奇妙なドレスを纏った少女が一人、立っていたのである。
「あの子ーーーーなんであんなところに」
朧気にしか見えないが、長い黒髪と、不思議な輝きを放つスカートだけは見て取れた。少女であることは恐らく間違いないだろう。
と、少女が気だるそうに首を回し、ふと士道の方に顔を向けた。
「ん・・・・・・・?」
士道に気づいた・・・・・・のだろうか。遠すぎてよく分からない。だが士道が首を捻っていると、少女はさらに動きを続けた。ゆらりとした動作で、玉座の背もたれから生えた柄のようなものを握ったかと思うと、それをゆっくり引き抜く。
それはーーー幅広の刃を持った、巨大な剣だった。
(間違いない。あれはーーー)
虹のような、星のような幻想的な輝きを放つ、不思議な刃。少女が振りかぶると、その軌跡をぼんやりとした輝きが描いていった。
そしてーーーー
「伏せるのだ!士道ッ!」
「え・・・・・・・・?」
少女が、士道に向かって、剣を横に薙いだ。
棒立ちの士道を無理やり地面に押し倒す。
「・・・・・なーーーー」
士道は目を見開いて首を後ろへ振った。
士道の後方にあった家屋や店舗、街路樹や道路標識などが、一瞬のうちに皆同じ高さに切りそろえられていた。一拍遅れて、遠雷のような崩落の音が響いてくる。
「ひ・・・・・・ッ!?」
士道は理解の範囲を超えた戦慄に心臓を縮ませた。
ーーーー意味が、わからない。
すると少女が一瞬にして間合いをつめ、その剣を振り下ろすところが、士道の目に映った。
「ほ、焔ッ!」
「ーーーーッ」
無慈悲に振り下ろされた剣を、焔は
「・・・・・・・ほ、ほむ・・・ら・・・・・・」
「ーーーーッ!?」
少女も驚いたように、目を見開いた。
「そこまでにしておけ、〈プリンセス〉」
「ーーーーッ!」
剣を離すと同時に、少女は人跳びで遠くに離れた。
「・・・・・・・・・・・なぜ貴様がここにいる。
「〈
ただならぬ雰囲気が周囲に満ちる。
息が苦しい。今すぐ逃げたい。
士道の心臓の鼓動が一層速くなる。
これが、士道と焔、そして後に夜刀神十香と名を与えられる一人の精霊の出会いであった。
そしてーーーーー天宮市に、また一つ強大な脅威が近づいていた。