ギルドに帰り、マスターはレヴィ達が被害を受けたこと、これから幽鬼の支配者に戦争を仕掛けに行くことを話した。戦争に反対する者は誰一人としておらず、一斉に戦争の準備を始めた。
これだけの被害を被ってマスターの怒りが爆発したのは理解できる。そして戦争を仕掛けることも。それでも戦争にホム達を連れて行くわけにはいかない。鉄の森の時も魔力を使い切った俺を見て大層悲しんでいたと聞いた。守ることが出来なかったと悔やんでいたと。しかしホムを危険に合わせたくない。
「ホム、大事な役目を与える」
「はい」
「お前たちは戦争には行かず、病院でレヴィ達の看病をしろ」
「……かしこまりました。マスター」
少し俯きながらも了承してくれたホム達の頭を撫でる。ホム達が命令通りに病院に向かうとマスターがこちらに近づいてくる。
「どうされましたか」
「ララン、お前も残れ」
「は……何を言ってるんですか」
「お前はここに残れと言うとるんじゃ。ワシらが全員出払って、もしこの街が襲われたらどうする。ミラでは守れん。お主がこのギルドを、街を守るんじゃ。それとルーシィもな」
「……わかりました。マスター」
「うむ。頼んだぞ」
既にルーシィはこの街に残ることが決定している。だからいつ出発するかも、幽鬼の支配者のギルドがどこにあるのかも聞かされていない。課せられた役目はホム達と同じでレヴィ達の看病。戦争に連れて行かない理由はまだ魔導士としての経験が浅く、このようなことを経験してほしくないというマスターの意向だ。
マスターからの命を受けて、一度アトリエに戻り、癒しを与えるアイテムを数種類バックに詰めてレヴィ達が入院している病院へ向かった。彼女らが入院している病院には魔導士専用の病室がある。きっとルーシィやホムが先に行っていることだろう。
――マグノリア病院――
「妖精の尻尾の者です。今朝運ばれてきた者達は専用部屋ですか?」
「はい。お見舞いですか? 三人ほど既に病室におりますので」
「わかりました」
受付で病室に入る許可を貰うと、階段を上って少し離れた魔導士専用棟に入った。そこには既にルーシィ、そしてホム達がいた。
「ララン。どうしたの?」
「見舞いだよ。これは差し入れ。ホム、これを部屋に飾っておいてくれ」
「でも皆と一緒に幽鬼の支配者のギルドに行ったんじゃ……」
「俺は留守番を任されたんだ。奴等がマスターやエルザたちのいない隙にまた攻めてくるかもしれない。その時のためにな」
「そうだったのね。でも、そうよね。こんなことする奴等だもん」
ルーシィの目には涙が浮かんでいた。まだギルドに加入して日は浅いが確かに絆は紡がれている。話を聞くとルーシィの書いている小説の読者第一号にレヴィが内定していたのだと言う。楽しみに待ってくれているあの笑顔を傷つけた奴らを許せないという悔し涙が握りしめた拳に流れ落ちた。
「マスター達なら安心さ。きっと勝ってくれる。な」
ルーシィの肩を摩り、泣き止むように落ち着かせる。
「そういえば、最初に錬金術に興味を持ってくれたのはレヴィだった」
「へぇ~錬金術の本もあるもんね」
「錬金術士になるのは断られたが、今でもたまに調合図鑑を見たいと言ってくるよ。楽しそうに見ているのが忘れられなくてな。何回も貸してしまうんだ」
「そうそう、私が小説見せてってねだられた時も凄く楽しそうだった」
ルーシィとレヴィとの思い出を語り合う。しかし語れば語るだけ込み上げてくるのは悲しみと怒りで。幽鬼の支配者への憎しみと己の無力さを痛感するばかりだった。
病院に来てから数時間、恐らくそろそろ皆が幽鬼の支配者に着く頃だろう。上手くやってくれるはずだ。できるのが三人の看病しかないのが歯痒いがこれも大事な仕事だ。ホム君とジェットとドロイの身体を綺麗に拭く。レヴィはルーシィとホムちゃんがしてくれている。一人じゃなくて良かったと切に思った。
「悪いがホム達と果物を買ってきてくれ。目を覚ました時に何か食べ物があった方がいいだろう」
「うん、じゃあ行ってくるね。行こ、ホム君、ホムちゃん」
「かしこまりましたピコマスター」
ルーシィとホム達は病室を出る。ルーシィにはホム達という護衛を付け、何かあった時に備えてトラベルゲートを持たせてある。あまりにも襲って来いとばかりにギルドを破壊したり、レヴィ達を晒し者にしたり、露骨すぎる。仲が悪いのは承知の上だが、最近はこんな大きな戦いを仕掛けてくることはなかった。ギルド間同士の抗争が禁止されている以上、幽鬼の支配者に妖精の尻尾を襲撃するメリットはない。彼らの狙いは他にもあるはずだ。ふと外を眺めると先ほどまでなかった雨雲が押し寄せていた。
「ん? 雨……? さっきまで晴れだったのに……」
「マスター……マスター!」
トラベルゲートから傷だらけで息も切れているホムちゃんが顔を覗かせた。その顔を見た瞬間に事態を察する。すぐさまトラべルゲートに飛び込み移動する。
「これがお前らの狙いか!」
移動した先は商店街裏の狭い道。病院への近道になっているところだ。目の前には敵と思われる二人の人物。幽鬼の支配者の魔導士で間違いない。そして彼らと戦い力及ばず倒れたホム君、そして球状の水に閉じ込められたルーシィ。
「ノンノンノン、ノンノンノン、ノンノンノンノンノンノンノン。三三七のノンで誤解を解きたい。これは私たちの仕事。貴方の仲間には悪いことをしましたが、仕事であるが故に許していただきたい」
「しんしんと。ジュビアの邪魔をするなら許さない」
「お前ら、まさかエレメント4か……」
「その通りでございます。私、エレメント4の一人、ソル――ムッシュ・ソルとお呼びください」
「しんしんと。ジュビアは雨女」
「名前なんかどうでもいいがルーシィは返してもらうぞ! ホムちゃん! ホム君を連れて後ろにいろ」
戦闘アイテム、戦う魔剣を取り出し、二人に切りかかる。ルーシィを縛っている水の魔法は恐らく雨女の魔法。そいつから先にやるべきだ。
「ふん!」
「ジュビアは水、剣での攻撃は効かない」
「馬鹿な!? 水そのもの!?」
確かに剣は彼女の体を切り裂いた。しかし、切り傷はなく、勿論血も出ず、その代わりに彼女から溢れたのは水だった。彼女の体はすぐに再生する。
「
水の刃によって体が切り刻まれる。ローブはボロボロに破れ、様々な箇所から出血している。慌てて距離を取って態勢を整える。
「……ヒーリング・ベル」
回復アイテム、ヒーリング・ベルを鳴らすことで傷を癒し、体力を回復しようとする。しかし、ベルを持った手が動かない。腕を見て見るとムッシュ・ソルが腕に絡みついている。
「ノンノンノン。三つのノンで貴方を止めたい。貴方の力は厄介なのです。ここで始末させていただきます」
「くっ離れろ!」
「貴方、以前は王族だったそうではないですか」
「……どこで知った。別に知られて困ることでもない」
「ほう、そうですか。ララバンティーノ・ランミュート・アーランドさん」
「なに……?」
戦う魔剣でソルを切りつける。惜しくもソルの方が躱すのが速く、ソルは地面の下を通ってジュビアの横へ戻る。
「その名前は誰にも言ったことがないのに――違いますかな?」
「だからどうした。名を知られたくらいでどうと言うことはない」
「おやおや強がりは行けません。剣を握る手が震えていますよ」
確かにソルの言う通り、手は震えていた。名を言われて動揺したのも本当だ。しかしソルを潰せば情報の拡散は防げる。それだけを考えていればいい。剣を強く握りしめた。
「デュプリケイト――神秘のアンク」
神秘のアンクにより体力増強とスピードを上昇させる。剣を構え、右足を前に出し、体重を乗せる。そのまま一気に踏み込んで2人との距離を最速で詰め、ジュビアを切りつける。
「二度も同じことをするなんて愚かな人。ジュビアに斬撃は効かない」
「そいつはどうかな。この剣は魔剣。こいつの特性は炎の力。水は蒸発させてしまえばいい」
「そ、そんな……」
剣はジュビアをすり抜けることなく切り裂く。更にジュビアを切りつけた態勢から身を翻してソルに切りかかる。しかしソルはその軟体で剣を躱し反撃する
「ノンノンノン。
「がっ……くそ」
ソルの岩の魔法が地面をめくりあげ、石礫が全身に突き刺さり弾き飛ばされる。魔剣で残りの石礫を弾きながら距離を取る。着地した途端に次の攻撃が襲ってくる。
「水流斬波」
「水は全て蒸発させてやる」
魔剣で水の刃を切り裂き、蒸発させ無力化する。しかし相手は2人。ジュビアの攻撃を無力化してもソルの攻撃が待ち構えている。
「岩の協奏曲!」
「デュプリ――くっ!?」
デュプリケイトによる複製も間に合わず、手に持っている魔剣で石礫を弾くが、ほぼ素人レベルの剣術では相性の良くない岩に対しては全てを防ぐことが出来ず、多くの石礫を被弾してしまった。何とか身を翻し距離を取ろうと背を向けた時、ジュビアが動いた。
「水流拘束」
ルーシィにかけた魔法と同じ魔法を唱える。身動きの取れない水の球に閉じ込められてしまった。息が出来ない――意識が遠のく――
「クソ……」
必死に水の壁を叩いて抵抗するがビクともしない。ホム君は依然として意識がなく、ホムちゃんも既にボロボロで動けない。まさかここまでの強者たちだったとは……街中で大規模なアイテムが使えないとは言え、こんな奴等に――
「無駄な抵抗をしてくれたわね」
「ノンノンノン。それは些細な問題。我々の使命はルーシィ・ハートフィリア様の捕獲。早くいきましょう」
「こいつらは?」
「そうですねぇ。邪魔ですし――殺しておきますか」
「そうね」
ジュビアは拘束している水球に手を入れ、水の刃をラランの首元に当てる。その刃が振りかざされようとしたその時――
「させない! マスターは……殺させない……」
咄嗟に動いたのはホムちゃんだった。水流拘束の中にいるラランを強引に引きずり出し、2人と距離を取った。マスターを守る、ホムンクルスとしての本能。親が子を守るのと同様に子も親を守りたいという心。ホムンクルスである己には人間ほど高度な感情はない。しかしマスターであるラランを助けたい、極単純なその気持ちはしっかりと感じ、ボロボロの体を動かした。
「ノンノンノン、素敵な関係に拍手を送りたい」
「水流斬波!」
ジュビアの攻撃にも臆することはない。ホムちゃんの魔法は回復、防御に特化したサポートタイプ。魔法の盾を作り出し、身を呈してラランの盾となる。
「トラベルゲート!」
攻撃を防ぎ切ったホムちゃんは一瞬の隙に持たされていたトラベルゲートを使った。ラランとホム君を連れてゲートをくぐる。ルーシィを助ける余裕は今の彼女には無かった。今の自分でホム君と二人がかりで負け、ラランですら敗北したジュビアとソルには挑んでも勝つことは出来ない。それに気づかないほど愚かではない。今打てる最善の手はこれだった。
かくしてホムちゃんはトラベルゲートを通じてレヴィ達のいる病室に辿り着く。無断ではあったが緊急事態のため、空いているベッドにラランとホム君を寝かす。魔法で傷の手当を済ませ、2人が一刻も早く目を覚ますことを祈った。しかしルーシィを守ることは出来ず、エレメント4の2人に連れ去られてしまった。
―――場所は移り、オークランド。ここは幽鬼の支配者のギルド支部がある街。幽鬼の支配者のギルド内は妖精の尻尾はボロボロだと嘲笑う話で大盛り上がりしていた。数人がギルドから仕事へ赴こうと出口へ近づいていくと、突然、扉が爆散し、その数人は吹き飛んで壁に打ち付けられた。さらには焼け焦げていた。扉から上がった煙が徐々に晴れる。そこにいたのは――
「妖精の尻尾じゃあ!!」
マカロフが大きな声を上げる。ナツ、エルザを筆頭に敵と見定めた標的を次々になぎ倒していく。しかし幽鬼支配者もやられるばかりではなく、すぐに反撃を始める。個の強さでは妖精の尻尾、数の多さでは幽鬼の支配者が優勢だ。
「どこじゃジョゼ! 出てこんかぁ!!」
マスターマカロフと同じく聖十大魔道の称号を持つ、幽鬼の支配者のマスタージョゼ・ポーラの姿は今戦闘が繰り広げられている大広間にはない。マカロフは魔法で巨大化し、襲い掛かる魔導士たちを捻り潰すと二階へ上がるために階段の方へ歩き出した。
「ワシはジョゼの元へ行く!」
「お気をつけて!」
エルザは少しの嫌な予感を感じながらマカロフを見送った。マカロフが消えたことにより、一時的に妖精の尻尾の戦力はダウン。そこへ最初から木骨の上で戦いの様子を見守っていたガジルが戦線に参加する。
「ひぁっっはーーーー!!!」
「てめぇがレヴィを!!」
木骨から飛び降りてきたガジルにナブが奇襲をかける。しかしガジルは奇襲に驚くこともなく冷静に鉄の滅竜魔法の能力で腕を鋼鉄化させ、ナブを一撃で吹き飛ばした。それに巻き込まれるように幽鬼の支配者の魔導士たちも吹き飛ばされる。
「漢ォォオ!!」
続いてガジルに襲い掛かったのはエルフマン。ビーストアームで強化された腕の攻撃でガジルを粉砕しようとするが、鉄の滅竜魔法で鉄に変化させた腕で簡単に受け止める。2人は激しい戦闘の末、ガジルが繰り出した鋼鉄の脚の攻撃をエルフマンが獣の手で掴み、一時停止する。しかしガジルは掴まれた脚からさらに鉄を繰り出し攻撃。その攻撃は再び幽鬼の支配者の魔導士も襲い、数人が吹き飛んだ。エルフマンがその魔導士たちに目をやっているとガジルはその隙を突いてエルフマンを殴り飛ばした。しかしそのタイミングでガジルが戦線に参加したことに気づいたナツがエルフマンを踏み台にしてガジルに殴りかかった。
「ガジル!!」
突然の攻撃にガジルも反応できずナツの攻撃は直撃。ガジルは吹き飛ばされ、飛ばされた先のバーカウンターは木端微塵に破壊された。
しかしガジルもすぐに立ち上がり鋼鉄の腕の攻撃、鉄竜棍で反撃する。ナツはそれを炎を纏った両手で受け止め、距離を詰めてきたガジルの攻撃を弾いて、更に炎の拳で吹き飛ばした。
「効かねぇなぁ」
ガジルはそういうとすぐさまナツを殴り飛ばした。ナツとガジルの激しい戦闘は続き、ギルド内の様々な個所を破壊していく。
しばらく経った時、地響きがした。妖精の尻尾の魔導士たちは勝利の時だと喜ぶ。この地響きはマスターマカロフの怒り、その魔力。
マスターマカロフとマスタージョゼ。二人の聖十大魔導がぶつかり合う時、大地を揺るがす大決戦が始まるのだ。
登場した錬金アイテム
戦う魔剣
錬金術で生み出した魔法剣。手で握って使うだけではなく、オート戦闘機能があり、命令すれば敵を自動追尾で追いかける。
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