幽鬼の支配者のエレメント4を次々と撃破していく妖精の尻尾。大火の兎兎丸、大地のソルが既に戦闘不能、残るは大海のジュビア、大空のアリアとなった。しかし残る二人がエレメント4でも強者と言われている。そして待ち構える二人の内のジュビアと鉢合わせたのはグレイだった。
「まさか二つのエレメントが倒されるとは思わなかったわ。しかしジュビアとアリアを甘く見ないことね」
「悪いけど、女だろうが子どもだろうが、仲間を傷つける奴は容赦しないつもりだからよ」
睨み合うグレイとジュビア。雨が降り注ぐ中で無言の緊張感が雨の音を際立たせる。しばらく見つめ合うとジュビアの頬がポッと朱色に染まった。
「そ、そう。ジュビアの負けだわ。ごきげんよう」
「おいおいおーい! なんじゃそりゃ!」
グレイに背を向けてジュビアはその場を去ろうとする。固い決意を持ったグレイの顔を見て胸の高鳴りが抑えきれなくなったのだ。一目惚れ、そういってしまえば聞こえは良いが、今の二人は敵同士、グレイは魔道巨人を止めるため、ルーシィを救うためにエレメント4であるジュビアを倒さなければならない。去るジュビアを走って追う。
「ジュビア、どうしちゃったのかしら。この胸のどきどきは……ジュビアのものにしたい。ジュビア、もう止まらない……! 水流拘束!」
グレイへの恋心が暴走し、思わぬ方向へ向かったジュビアはラランやルーシィを拘束し、捕らえた技、水流拘束を放った。グレイは幽鬼の支配者への殴り込みで傷を負っており、その傷に水が浸み込む。更なる痛みがグレイの身体を襲った。
「まぁ! 怪我をしていらしたなんて、どうしましょう! 早く解いて差し上げないと!」
グレイの怪我に気づいたジュビアはあたふたとして、拘束を解除するかしないか迷っていた。しかし、その間にグレイは魔力を集中させ、体を覆う水に魔法を掛けていく。そして水球を全て凍らせると、その氷を内側から割り、自力で拘束を解いた。
「ジュビアの水流拘束を自力で脱出するなんて。これが氷の魔導士の力、美しい!」
「不意打ちとはやってくれるじゃねえか、この野郎」
氷の魔法の美しさ、水と氷という運命的な相性の良さ。グレイこそがやっと見つけた自分のプリンスだと悦に浸るジュビア。そしていつものように上着を脱ぎだすグレイを見て、なぜ服を脱ぐのかという疑問を持ちながらも、その身体に目を奪われ、鼻息を荒くしている。
「女をビビらせたくねぇが、さっさと降参してもらうしかなさそうだ。避けなきゃ怪我するぜ。アイスメイクランス!」
氷で造形された無数の槍がジュビアへ向かって飛んでいく。しかしそれを見たジュビアは全く動こうともせず、全ての槍が直撃した。まさか避けないとは思わなかったグレイはそれを見て驚いている。そして驚いているのは避けなかったことだけではない。
「ジュビアの体は水で出来ているの。そう、しんしんと」
氷の槍はジュビアを直撃したのではなく、全て貫通していた。ジュビアの体は水、その言葉に偽りはなく、槍が通過した部分は水となり、ダメージを受けていない。水は再びジュビアの元へ収束し、身体を形成していく。そして最後には元の姿に戻ってしまった。
「そう、彼は敵。敵と味方に引き裂かれたこれが2人の宿命なの。さようなら小さな恋の花。水流斬波」
高速で打ち出される水の刃がグレイへ次々に噴出される。何とか避け切るが、その後ろの魔道巨人の一部がいとも容易く切断されていくのを見て絶句する。次の攻撃に備える為、グレイは造形の構えを取る。
「アイスメイクバトルアックス!」
グレイは苦し紛れに巨大な戦斧を造形し、ジュビアを一刀両断するが、ジュビアに物理攻撃は通用せず、再び再生されてしまう。その戦闘能力、再生能力共に強敵と認めざる得ない強さである。そこでジュビアはグレイに交渉を仕掛ける。敵と味方とは言えど一目惚れをしてしまったグレイを傷つけたくない、そしてグレイでは自分には勝てないという判断だ。内容はルーシィ・ハートフィリアを渡せば、ジュビアからマスタージョゼに頼んで、魔道巨人を退かせるというもの。
「おい、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。もう互いに退けねえとこまで来てんだろうが。ルーシィは仲間だ。命に代えても渡さねえぞ」
その言葉を聞いたジュビアは傘を手から落とした。『命に代えても』の部分がジュビアの頭の中でリピートされ続ける。自分が惚れたグレイが命に代えても渡さないという女、ルーシィ・ハートフィリア。それ即ち恋敵。幽鬼の支配者幹部エレメント4の一員と言えども、ジュビアはうら若き乙女。思考回路が少し狂っていてもおかしくはない。ルーシィ=恋敵という式を完成させたジュビアは、頭を抱えて苦しみ始める。傍から見ているグレイは急に苦しみ始めたと心配する。
「何という苦しみ、何という過酷な宿命、胸がぁ、胸が張り裂けそうに痛い……痛い」
「何だ! 急病か!?」
「ジュビアは許さない。ルーシィを決して許さない!」
乙女回路の結果、ルーシィを許されざる恋敵と認定してしまったジュビアはルーシィへの憎しみ、怒りをぶつけるように体中から水を噴出させる。その水は感情の昂ぶりによって高温に変化していた。しかしそんなことが脳内で行われているとは想像も出来ないグレイは意味も分からず呆けてしまう。ジュビアは怒りに任せてグレイを攻撃する。急な攻撃に対応出来なかったグレイは腹部に攻撃を受ける。その水が熱湯だと気づくも、激昂したジュビアの攻撃は速く強い。凍らせようにも造形魔法が追いつかない程の速さで避けるしか選択肢はない。
「アイスメイクシールド!」
氷の盾で熱湯を防ぐが、熱湯の温度、勢いにどんどんと氷は溶かされ、水蒸気だけが舞い上がる。その水蒸気に紛れてグレイは魔道巨人の内部の廊下に逃げた。しかし、すぐにジュビアの熱湯が廊下全てを飲み込み、再び、ジュビアのいる右肩部に打ち出されてしまう。
「これで終わりよ」
ジュビアは空中に打ち上げられたグレイに向かって熱湯を噴射する。空中では身動きも取れず、出来ることもないグレイは機転を利かせ、自ら熱湯の中に飛び込んだ。
「凍りつけええええ!!!」
ジュビアの熱湯すらも凍らせていくグレイは熱湯を凍らせながら、その噴出源のジュビアへ向かって氷のアーチを描きながら向かっていく。そしてジュビアまでたどり着くと熱湯と共に凍り付かせてしまった。しかし凍り付かせる最終段階でジュビアの胸を握りしめる形になってしまう。恥ずかしがるジュビアだったが、グレイはジュビアを氷から解放した。敵であるのにも関わらず、拘束から解放した、その優しすぎる行動にジュビアは更にグレイに惹かれる。
「し、仕切り直しだ」
「ダメよ。やっぱりジュビアには貴方を傷つけることは出来ない」
「はぁ? 勝ち目はねえって認めちまうのか」
「ジュビアはルーシィより強い。ジュビアなら貴方を守ってあげられる」
「守る? 何で俺?」
「そ、それは貴方のことが、す……」
恥ずかしがって声が小さくなっていくジュビアとは裏腹に、降り注ぐ雨の強さはどんどんと強くなっていく。それを煩わしく思ったグレイはジュビアの言葉を最後まで聞かずに声を発してしまう。
「てか、雨強くなってねえか? 鬱陶しい雨だな」
「この人も、同じ。今までの人と同じなのね。ジュビアもう恋なんていらない!」
その『鬱陶しい』という言葉がジュビアの琴線に触れた。膝から崩れ落ちたジュビアは更なる怒りを持って立ち上がり、先程よりも高温の熱湯でグレイを飲み込んだ。凍らせようとするグレイだが熱湯の高すぎる温度に凍り付かせることが出来ずに流されていった。
ジュビアの記憶が蘇る。幼い頃から超が付くほどの雨女。雨が降るから遠足には来ないでほしいと同級生からは陰口を言われ、てるてる坊主を作っても意味はなく、足蹴にされてしまう始末。成長しても雨女は治るどころか拍車をかけて激化する。付き合った男性には出かければいつも雨で何もできない、楽しくない、鬱陶しいと振られ、周りのカップルにも鬱陶しい雨だと言われ、ハイキングに行っても鬱陶しいと言われ、ジェラシーを感じていた。
「どうせジュビアは鬱陶しい雨女。でも、こんなジュビアでも幽鬼の支配者は受け入れてくれた! ジュビアはエレメント4、ファントムの魔導士!」
「負けられねえんだよ! ファントムになんかによぉ!」
ジュビアの熱湯攻撃を氷の盾で防ぐグレイ。次第に溶けていく氷に更に魔力を注ぎ足すように拳を打ち付ける。その瞬間、熱湯はグレイの方から凍り付いていく。ジュビアは熱湯の噴射を止めて避けるが、グレイの氷は降り注ぐ雨にまで及び、雨を雹に変化させてしまった。
「雨までも氷に、なんて魔力……」
「アイスゲイザー!!」
地面に打ち付けられたグレイの拳から魔法陣が描かれ、空中にいるジュビアの真下から巨大な氷が間欠泉のように噴き出し、ジュビアを凍り付かせた。氷が割れ、落下していくジュビアは敗北を悟る。ここは魔導巨人の右肩部、ここから落ちればいくら身体が水で出来ているジュビアと言えどもひとたまりもない。このまま死んでいくのだ、この鬱陶しい人生から解放されるのだとジュビアは安らかに感じていた。しかしジュビアの手は掴まれる。敵だったはずのグレイはジュビアの手を掴み、安全な場所まで死の淵から引き上げた。
「何故、ジュビアを……」
「さあな。いいから寝てろ」
疑問に思うジュビアは寝かされたまま、空を見上げる。すると、降り注ぐ雨は止み、雨雲は晴れて行った。ジュビアにとって初めて見る青空だった。
「これが青空……初めて見た」
「初めて……いいもんだろ。青空ってやつは」
「えぇ、綺麗。とっても」
「で、まだやんのかい?」
「ジュビーーン」
グレイの顔を見たジュビアは胸の高鳴りとともに気絶してしまった。グレイによってジュビアを撃退。残るエレメント4はアリア一人となった。グレイが気絶したジュビアの介抱をしているとソルを破り、合流を目指していたエルフマン、ミラ姉弟がやってきた。
「あと一人、あと一人倒せば煉獄破砕を止められるわ」
「え?」
「この魔法や巨人はエレメント4の4人が動力だったんだ」
「まだ間に合う。いけるわ!」
――巨人内部 大広間――
「お前、エレメント4だな?」
「いかにも。我が名はアリア。エレメント4の頂点なり」
エレメント4の頂点のアリア。マスターの魔力を奪った張本人か。出来れば強い奴とは当たりたくなかったが、こいつを倒さなければ明日はない。他のエレメント4に負けたのに最強の奴と当たって勝てる見込みは少ないがやるしかない。
「戦う魔剣!」
剣を取り出し、アリアに切りかかる。しかし攻撃がアリアに当たるどころか掠りもしない。アリアは避ける素振りを見せていないのにも関わらずである。避けるのではなく明らかに消えている。
「空域・絶」
「くっ……ずああああ!」
背後を取られた瞬間に魔法を打たれる。風の魔法だ。しかも打ち出した魔法空間にいればいるだけ魔力を吸い取られる。
「どうですかな。我が枯渇の魔法は」
「面倒くさい魔法だな」
剣を消して杖に持ち変える。アリアは再び空域を展開させた風の衝撃波を飛ばしてくる。この空域に少しでも入れば魔力を持っていかれて戦闘不能。かといって逃げ続けてもジリ貧で決定力不足。フィニッシュは一撃で沈められるレベルの強い一撃を叩き込むしかない。
「風操り車!」
「空域・絶」
2つの風がぶつかり合い、相殺される。しかし魔力の限り打てるアリアの空域魔法とは裏腹にこっちの風操り車は有限。オリジナルで互角ならばデュプリケイトで対抗できる理由はない。まだまだ本気ではないといった様子でもある。
「噂の錬金術士の実力がこんなものとは。悲しい」
「錬金術は人を倒すのが目的じゃないからな。ドナーストーン」
不意打ちでドナーストーンを投げるが、やはりアリアは風を纏って消える。攻撃の速度、回避能力、遠距離からの攻撃はほぼ当たらないと見ていい。かといって近距離で戦えば、空域として展開されている枯渇の魔法を直接喰らって魔力を吸い取られる。
「なるほどな」
一つ、策を思いついた。リスクもあればリターンもある策だ。今は誰も周りにいない。助けを求めるには絶望的な状況だ。だからこそアリアは倒さねばならない。
「戦う魔剣」
再び剣を取り出す。しっかりと両手で握りしめて、アリアに飛びかかる。ここまでは最初の手と全く同じ。このままではアリアは風に消えてしまうだろう。
「またそれですか」
「神秘のアンク。スピードアップ!」
「むっ!?」
速度を上げた攻撃でアリアが風に消える前に切り裂く。父と共に振り続けた剣。もう生きた内の半分以上前のことだ。今では型もぐちゃぐちゃで見るに堪えない剣捌きだろう。しかし役に立つ時が来るものだ。
「ぐっ……ふふふ」
ダメージを受けても風に消えない。この近距離で戦う上で気を付けるのは直接の枯渇攻撃。アリアは今から枯渇の魔法で魔力を吸い取ろうとしてくるだろう。その瞬間を狙う。アリアが魔法を唱えた瞬間だ。一瞬のうちに決める。
「私にダメージを与えた褒美だ。貴方もマカロフと同じ苦しみを与えてやろう。空域・滅」
アリアの空域魔法が発動した。マスターの魔力を奪った魔法と同じ魔法。魔導士は魔力を吸い取られることで魔法が使えなくなるどころか動くことすら出来なくなる。しかし魔導士と錬金術士の身体の作りは違う。枯渇で魔力を奪われるならまだしも、錬金術士から魔力が無くなってもただ疲れるだけのこと。だから吸い取られる前に他に移してしまえばいいだけだ。
「む……? 魔力が……」
「残念だったな。俺の魔力はもう空っぽさ。魔力は全部こっちに注ぎ込んだ。さぁ捕まえた。もう離さんぞ」
「そ、それは……」
「ブリッツ・シンボル!」
魔力を限界まで注ぎ込んだシンボル・ブリッツはアリアの目の前で大爆発を起こした。逃がさないように腕を掴んでいたため、その爆発は自分にも降りかかる。我ながら凄まじい威力だ。
「魔力がないと流石にきついな……」
「……悲しい……」
「まだ立ってるのか!?」
決死のブリッツシンボル作戦はアリアを撃退するまでには至らなかった。アリアもかなりの傷を受けているが立ったまま。今まで閉じられていた目が覆っていた白い布が爆発によって飛んだことで露わになり、赤く不気味な目がこちらを覗いている。
「私の目を解放したこと、本気を見たことを貴方は後悔するでしょう。空域・滅!」
「ぐああああああ!!!」
まさしく絶体絶命。魔力は無く、相手がやっと本気になった。助けもない。全くもって自分の弱さに腹が立つ。年長者だ何だって上からぶってたけど、エルザ、ナツ、グレイ。皆年下なのに俺より強い。同い年のラクサスには埋められそうもない差を付けられた。器用貧乏とはよく言ったものだ。前線でガチンコ戦闘は向いてないと自分で自覚してたが、こうして負けてると悔しさが込み上げてくる。山やら壊すのは得意なんだが、人を倒すというのは難しいものだ。人と戦うということを習ったのは剣技の時だけだ。生まれてからのたった13年間、大陸一の剣士と呼ばれた父から教わった必殺技。まだ習得はしていないが、教わったことは脳裏に刻み込まれている。威力は十分、速さもある。ここで完成させる。
「私の本気の魔法。死の空域・零発動。この空域では全ての命を食い尽くす」
「命、か。人の命ってのは、そんな簡単に奪っちゃいけない。てめえらは命を何だと思ってんだ!!」
空域魔法の中でも最大の暴風が吹き荒れる。ボロボロの身体に鞭を打って両手に戦う魔剣を持つ。正真正銘最後の攻撃。しかも成功するかどうかも分からない。そんなギャンブルに賭けるほど勝ち目の薄い戦いだ。でも人の命を簡単に奪うような人間には負けられない。身近な命を奪われた経験の無いような奴が軽々しく口にしていい言葉ではない。
「貴方にこの空域が耐えられるかな?」
確かに今までの空域とは比べ物にならない強さだ。それでも空域を切り裂いてでも、近づく。アリアに向かってアリアを倒すためだけに今は剣を振るう。
「馬鹿な空域を切り裂いて!?」
まだだ。まだ何か足りない。もっと速くコンパクトに正確に剣を振る。無駄な動きは要らない。最短で。父の動きを思い出せ。目で追えないほどの高速の剣技。圧倒的な斬撃の数で圧倒する。
「この剣技、見切れるか! アインツェルカンプ!」
「ぐ、ぐああああああ!! きゃ、きゃなしぃ……」
アリアを下すと、魔導巨人の動きが止まった。他の皆が既にエレメント4を倒していたのだろう。しかしまだマスタージョゼが残っている。柱に背中を預けてヒーリングベルとメンタルウォーターで傷と魔力の回復に努める。しばらくするとグレイとエルフマン、ミラが走ってやってきた。
「おい、大丈夫か!」
「こ、こいつは……エレメント4か!?」
「あぁ、何とかな」
立ち上がろうとしたその瞬間だった。周囲に異質な魔力が漂う。死の気配と形容するのが最も正しいかもしれない。感じているだけで寒気が吐き気がするような邪悪な魔力だ。そんな魔力を発することが出来るのはたった一人しかいない。
「おいおいマジかよ……」
「いやいや見事でしたよ。妖精の尻尾の魔導士の皆さん」
手を叩きながら、現れたのは幽鬼の支配者マスタージョゼ。これまでの戦いの中で最高に勝ち目のない戦いが幕を開けようとしていた。
登場した錬金アイテム
シンボルブリッツ
魔力を注入して射出する攻撃アイテム。大量の魔力を消費するが、威力は十分。火、雷、土など様々な属性のバージョンがある。
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