事件から一週間。あの後すぐに評議員の兵隊たちに取り囲まれ、仮説のテントでずっと取り調べを受けていた。だから一週間はあっという間に過ぎ去っていた。聴取を終えて、事件における罪は後ほど発表されるということだが、住民たちの証言も幽鬼の支配者からの侵攻だと一致しており、妖精の尻尾の罪はあっても軽度の罰で済むだろうと言われていた。聴取が終わった後は、ギルドの再建が始まった。マスターの考えでせっかくだからもっと大きく改築しようとのことで、ミラの完成図を見た時はその表現力豊かな絵に先が思いやられたが、なんとかギルドの全員で一つ一つ建築を始めていた。
「じゃ、行くか」
「うん」
そして今日はルーシィとハートフィリア家に行く約束の日。この事は妖精の尻尾の人々には内緒と言うことで誰にも言っていない。皆はギルドの改築で忙しなく働いているが、今日だけは少しお休みさせてもらってもいいだろう。最近は木材を作るために釜をギルドまで運んでずっと錬金漬けだったから腕が若干痛い。今日は作業をホム達に任せているが、あれだけの作業量をこなせるか心配だ。
「で、どうやって行くんだ?」
「列車で行くの。ちょっと遠いけどね」
マグノリア駅から列車に乗り、移動すること一時間ほど。家の最寄り駅だという駅に到着した。駅も小さく、のどかで小さな町という印象だ。国有数の資産家だと聞いていたが、一等地に住んでいるのではなく、意外と田舎の方に住んでいる。家もまだ見えないし、お金持ち特有の大量の土地を持っているというわけではないようだ。
「自然豊かだな。マグノリアの街が都会に見える」
「でしょ? ここは庭だけどもうすぐ家が見えるわ」
「庭……?」
前言撤回。いや庭って。目の前には平原が広がってる。庭とかいう大きさじゃないし、金持ちとかいうレベルじゃない。別次元の何かだ。確かに昔は王宮住まいだったし、王宮内では王族の衣装を着ていたが、王族と言うのは何も大きな敷地を持っているわけじゃない。基本的に王宮だけだし、王宮から出ないし。
「ラランのお家も持ってるんじゃないの?」
「いや……こんなのは……ないな」
「あっ、あれ。家見えたよ」
でかい。住んでた王宮くらいでかい。門もでかい。こんなでかい門を作っても開けるのが大変なだけじゃないか。ルーシィが先に歩き、門を通って家の中の庭に入っていく。すると庭の掃除をしていた家政婦さんと思われる人がルーシィを見つけると、涙を流して駆けよって来た。
「お嬢様ーーー!!」
「スぺットさん!」
感動的な再会と抱擁。それを見たハートフィリア家で働く人たちが続々と庭に駆けつける。父を嫌っていたルーシィだが家政婦さんや執事さんたちとは良好な関係を築けていたようで少し安心した。この家には敵だけではなかったのだなと。
「で、この男性は?」
「あ、この人は妖精の尻尾の魔導士で……」
「お嬢も良い年頃なんじゃい。彼氏の一人も作るわ」
「ちょ、ラランは……」
「皆さん初めまして。ララバンティーノ・ランミュートと申します。お嬢様にはいつもお世話になってます」
「ちょっと! ラランまで!」
「お嬢様の相手が聡明な方で安心しました。お嬢様をお願いします」
お嬢様も結婚だとか、お婿さんだとか。騒がれたが、一人の家政婦が急いで駆け寄ってくるのを見て静まる。父親の伝令だ。家出した娘が帰って来たにも関わらず、出迎えもなく、謝罪もなく、家の中にいるとは。愛がない父親だ。
「お嬢様! 旦那様が本宅の書斎まで来るようにと」
「じゃ、行くか」
家の中に案内されると、まずは着替えから始まった。貴族でも住んでいるのかと思うほど芸術的なシャンデリアやインテリアに見合うようなドレスに着替えたルーシィ。恐らくこれが家の中での正装だったのだろう。お嬢様が連れてきた賓客と言うことで、こちらにも男性用の正装を用意してくれた。こういう恰好をするのは何年振りか、昔のことを思い出してしまう。
「久しぶりだな。何だかくすぐったい気分だ」
「似合うじゃない。流石ね」
「ルーシィもよく似合ってる」
「ふふ、ありがと」
「あの、ララバンティーノ様もどちらかの名家のお生まれで?」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
家政婦さんからの質問に応える。嘘ではないだろう。既に家は亡いから。もし帰る家があったのなら、どんな気持ちだったのだろう。父と母が出迎えてくれて、家政婦さんたちもステルクやエスティさんも喜んでくれたのだろうか。いや父はまた放浪していて家にいないという可能性が大きいかもしれない。今はどこで何をしているのか、もはや生きているのかも分からないが、また会えたならその感動を味わいたいものだ。いやきっとどこかで生きている。彼らとはどこかで会える、そんな気がする。
「ここか」
「えぇ」
ルーシィは書斎の扉の前で立ち止まり、深呼吸をする。
「じゃあ行ってくるね。ここからは一人で、頑張るから」
「あぁ。ガツンと言ってこい」
「うん」
改めて顔を扉の方へ向けて中にいる父に挨拶をする。
「ルーシィです。ただいま戻りました、お父様」
「入れ」
中から声がする。そしてルーシィは書斎に入っていった。ここからはルーシィの戦い。この扉一枚隔てたところから見守ろう。書斎の扉が閉じられると後ろで見守っていた家政婦さんや教育係、料理人達が一斉に扉の前まで駆けつけ、中の話を聞こうと聞き耳を立てた。
「どれどれ、俺も」
『ようやく帰って来たか、ルーシィ』
『何も告げず家を出て申し訳ありませんでした。それについては反省しております』
『お前にしては賢明な判断だ。あのままお前があのギルドにいたのなら、私はあのギルドを金と権威の力で潰さねばならなかった。やっと大人になったな、ルーシィ。身勝手な行動が周りにどれだけの迷惑をかけるのか身をもって良い教訓となっただろう』
『……』
『お前はハートフィリアの娘だ。他の者とは違う。住む世界が違うのだ。それを知ることが出来たのは幸運だったなルーシィ。そしてお前を連れ戻したのは他でもない。またもう一つの幸運、ジュレネール家の御曹司との縁談が纏まったからだ』
『はい、恐らくそのようなことだろうと』
『うむ、ジュレネール家との婚姻によりハートフィリア鉄道は南方進出の地盤を築ける。これは我々の未来と幸運を決める結婚となるのだ。そしてお前は男子を生まねばならん。ハートフィリアの跡継ぎをだ。話は以上だ、部屋に戻りなさい』
全てを黙って聞いていた。横にいる家政婦さんの中には泣いている人もいる。この父親はルーシィをなんだと思っているのだろうか。幸運を運んでくる人形だとでもいうのか。政略結婚だとか男子を生まなければならないとか、親に利用されるのが子どもの使命ではない。もう我慢できずに書斎の扉を蹴飛ばしそうだった。
『勘違いしないでください。お父様』
『む?』
『あたしはお姫様に戻るために家に帰ったのではありません。あたしの決意を伝えに来たのです』
扉を蹴飛ばす寸前でルーシィが言葉を紡いだ。そして父親を畳みかけようとするところで言葉が詰まった。どれだけ嫌おうと生みの親。訣別するには覚悟が必要だ。
前にルーシィの家に行ったときに見てしまったものがある。母親への手紙だ。しかし何故かその手紙はこの家へ送信されず、箱の中にぎっしりと詰まっていた。それはつまり送り届ける相手がいないということだろう。つまりはルーシィの母親は既に故人。あの手紙は母への手紙という形の日記だった。この家に来た時も敷地内に一つ大きな墓があった。恐らくは母親の墓だろう。
父と訣別することは望んでも、母や横で泣くスペットさんら家政婦さんとの思い出が詰まったハートフィリアと言う家と訣別する覚悟がまだ定まらないのだろう。今、この扉を開けて彼女の横に立ち、背中を押すことは簡単だ。だがそれでは彼女の邪魔をしているのと変わらないだろう。今こそこの家から一人立ちする時だ。
「ルーシィに勇気を。祈りましょう」
扉に耳を擦り付けて話を聞いている家政婦さんたちに話かけると皆は涙ながらに祈り始める。この人たちはどちらかと言えば親ルーシィ派。父親のルーシィに対する接し方に直接は言えずとも心のどこかで不満を持っているのだろう。ルーシィと離れることは悲しい、その悲しみに代えてもルーシィを解放してあげたい気持ちを彼ら彼女らは持っている。
『確かに何も告げずに家を出たのは間違ってました。それは逃げ出したのと変わらない。だから今回はきちんと自分の気持ちを伝えて家を出ます』
『る、ルーシィ……』
『人に決められる幸運なんて無い。自分で掴んでこその幸運よ! あたしはあたしの道を進む。結婚なんて勝手に決めないで! そして妖精の尻尾には二度と手を出さないで! 今度妖精の尻尾に手を出したら、あたしが、ギルド全員が貴方を敵とみなすから!』
幽鬼の支配者の事件によって決定的になってしまった親子の溝。どこから亀裂が入ってしまったのか、恐らくは母親、妻の死だろう。扉一枚を隔てて聞くルーシィの言葉は悲しみに満ち溢れていた。父と和解の道もあったはずだ。あの事件さえ無ければ。ただ彼は間接的にとはいえ、妖精の尻尾というルーシィにとって二つ目の家族を傷つけすぎた。それはもう許されることのないラインを越えてしまったのだ。
『あたしに必要なのはお金でも綺麗な洋服でも用意された幸福でもない。あたしという人格を、ラッキーなルーシィじゃなくて、ただのルーシィとして認めてくれる場所。妖精の尻尾はここよりずっと暖かい家族なの。短い間だけどママと過ごしたこの家を離れることはとても辛い。スペットさんたちと離れるのもとても辛いけど、もしもママがまだ生きていたら、貴方の好きなことをやりなさいって言ってくれると思うの』
『……レイラ』
『さよなら、パパ』
その言葉を最後にルーシィは書斎から出てきた。入っていくときに来ていた綺麗なドレスが破られて出てきた時は何があったんだと焦ったが、ルーシィの気持ちが入りすぎて自分で破ったらしく、それは妖精の尻尾のルーシィらしいと感じた。
その後、別れを惜しむ家政婦さんたちと挨拶を交わし、家を出た。するとルーシィがどうしても最後によっておきたい場所があると言うので、一緒に寄り道をする。それは来る途中に横目に見ていた墓。近づいて墓碑に刻まれた文字を見ると、レイラ・ハートフィリアと読めた。やはり母の墓だ。もうこの家を訪れることは暫く無いだろう。最後に愛していた、そして愛してくれた母の墓参りをしたいと願うのは当然のことだ。
「よし……!」
「母親に言いたいことは言えたか? ギルドに帰ったら皆と一緒に建築の手伝いだ」
「うん!」
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