幽鬼の支配者事件が幕を閉じ、妖精の尻尾には一時の平穏が訪れた。代償としてギルドという我家を失ったが、それはもう既に改築兼再建中。直にマグノリアの更なる象徴として復活するだろう。今日にも仕事受注も再開されるらしい。ただ、ギルド間抗争違反は紛れもない事実であり、幽鬼の支配者に非の多くがあると言えども違反は違反。今回はそこまで重い罪として問われることは無いだろうと言われていたが、裁判の結果、妖精の尻尾は無罪という判決が下された。評議員のヤジマ等の擁護によって何とか無罪に漕ぎつけた形であり、評議員の中でも最近の所業は目に余るとされている様子。数人の評議員は妖精の尻尾の解散を求める声を上げている。一方の幽鬼の支配者処分はギルドは解散指令、マスタージョゼは聖十大魔導の称号剥奪が言い渡されている。ガジルやエレメント4などの魔導士たちは次のギルドに所属していくだろう。
一方その頃、妖精の尻尾ギルド内では、仮設のバーカウンターが完成し、今日から仕事の受注が再開されていた。カウンターに座るルーシィはいつも酒を飲んでばかりのメンバーたちが挙って仕事に向かう様子をほほえましく見守っていた。
「ここにいても無給でギルドの再建を手伝わされるだけだからな。息抜きにでも仕事に行くんだろ」
「ララン、来てたのね」
「来いって言われたからな」
「え、誰に……?」
ルーシィの声を遮るようにエルザのけたたましい怒声が響いて来る。
「もういっぺん言ってみろ!」
ギルド中の注目を集めたその声の方を振り向けば、エルザと対しているのは幽鬼の支配者事件には参戦しなかったラクサスだった。怒りの形相を崩さないエルザとは裏腹にラクサスはベンチにどっしりと座り余裕の笑みを浮かべていた。
「この際だ、はっきり言ってやる。弱え奴はこのギルドには必要ねぇ。情けねえなぁオイ。ファントム如きに舐められやがって。つかお前ら名前知らねえや」
ラクサスはジェットとドロイの方を見て嫌味たらしく言う。しかしジェットとドロイはラクサスに何も言い返せず下を向いて拳を握りしめるばかりだった。そして視線はルーシィの方向へ移る。
「そして元凶のてめえ。星霊魔法使いのお嬢様よ。てめえのせいで……」
「ラクサス。それ以上言うなら話は無しだ」
「ちっララン。お前はそのお嬢様の味方かよ。まぁいい。俺がいたらこんな無様な目には合わなかっただろうなぁ」
ラクサスはギルドの全方位から睨まれるが余裕綽々といった様子で弁を述べ続ける。そこでついに我慢できなくなったナツが殴りかかった。しかしラクサスは凄まじい光のようなスピードでそれを躱してしまう
「俺がギルドを継いだら弱えもんは全て削除する。歯向かう奴も全てだ。最強のギルドを作る。誰にも舐められねぇ史上最強のギルドだ。ふふっははははは」
「ラクサス、そのあたりにしておけ」
「あぁ!? 俺に指示すんじゃねえよララン。さっさと行くぞ」
「……」
呼び出した張本人ラクサスと共に別の場所へ移動する。何の用で呼び出したかは知らんが、声をかけてくるのが最近は珍しくなっていた。何か重要な用なのだろう。
移動した先は街の屋敷内だった。ラクサスに付いてきたはいいものの入ってみればラクサスの護衛三人。緑の長髪にサーベルを腰に携えたフリード、チーム1の長身に顔を仮面で覆った男はビッグスロー、そして雷神衆の紅一点エバーグリーンの雷神衆も集まっている。
「お前らもか。フリード、ビッグスロー、エバーグリーン」
「ふん、ラクサスが貴様を引き入れるというから許可しただけだ。俺は反対だったんだがな」
「まぁ座れや。ララン。持ってきたのは悪い話じゃねえ」
「聞くだけ聞こう」
ラクサスは自分達のこれからの企画を話し始める。それを黙って聞いていたが、だんだんと顔が青ざめていくのが自分でもわかった。何という事をこいつらは企んでいるのか。そして何故この話をしてしまったのか。この話に乗るとでも思っていたのか。実行して到底許されることではない内容だ。あまりにも危険を伴いすぎる。
「……でだ。ララン、お前も協力しろ」
「何故協力すると思った。俺へのデメリットしかない」
「まあ待てや。まだ話は終わっちゃいねえ。もしこの作戦が成功したら……」
ラクサスの言うことは想像を超えていた。ギルドと私情、どちらを優先するのか。それは勿論私情だ。ギルドの中でも公言しているはずだ。魔導士ではないと。そう言い続けている。自分は錬金術士、錬金術復興のために魔導士として働いている。錬金術が復興すれば魔導士なんて直ぐに辞める。それは今でも変わらない。もしも夢が叶うとするならば……。
「……汚い奴だ。いいだろう。ただし条件がある」
「いいぜ、交渉成立だ。やってもらうことは決まってる。これだけだ」
1枚の紙を渡される。その紙はラクサス直筆と思われる依頼書。いやその書き方を見れば命令書だ。昔からの友人だから協力するのではない。これは己のためだ。
再びギルドに戻り、バーカウンターに座わる。ラクサスからの命令書に目を通しながら内容の把握をしているとルーシィが話しかけてくる。その内容はやはりラクサスとのことだった。
「呼び出したのってラクサスなの?」
「そうだ」
「何の用だったの」
「まぁ近況報告さ。仲良いからな。さっきは悪かったな。ラクサスがあんなことを言って」
「ラランが謝ることじゃないわよ! あんな人がマスターの孫だなんて信じられないわ!」
声を荒げるルーシィの対処に困ったところでどうにかしてくれという視線をエルザに送る。するとすぐさまエルザが声を挙げてくれた。
「それよりどうだろう。仕事にでも行かないか? ナツ、ルーシィ、グレイ、ラランも一緒にな」
「いっ!?」
「えっ!?」
ルーシィは怒りもどこかへ行ってしまうほどに驚いていた。いつのまにか上半身裸になったグレイも同様だ。ナツとグレイの2人を巻き込んだのは予想外だったが、ルーシィの怒りを治めてくれただけでも感謝しよう。
「鉄の森の一件からずっと一緒にいるような気がするしな」
エルザの言葉に今更かとマカオやワカバからツッコミが入る。確かに一緒にいる気はするが、それはたまたまであって意図していたわけではない。
「この際だ、チームを組まないか?私たち五人で。ハッピーも入れて六人か」
「わぁっ!」
ルーシィは怒りから打って変わって喜びに満ちた表情だ。しかしすぐに考え込んだ顔に変わってしまう。
「でも、私なんかで良いのかな……」
「なんかじゃないさ。ルーシィだからこそ良いんだ。ルーシィがいないと締まりがないだろ」
「ララン……へへっ」
ついに正式に最強チームが結成されるとギルドが沸き上がる。ルーシィは最強かという議論にはアルザックがアクエリアスを出されれば敵わないと言ったり、エルザは言わずもがなの強さ、ナツ、グレイの強さもお墨付き。
「ラランはホムたちとのチームはどうするんだ?」
「魔導士としての仕事はエルザ達と行く。今回の一件でホム達は傷つき過ぎた。もうあんな姿は見たくないからな。二人には錬金術士としての仕事に行くときだけ連れて行くよ」
「なーーんだ。あいつら連れてこねーのか」
ナツは少し不満そうだったが、他の皆は納得してくれた。ホム達と仕事に行く機会は少なくなるだろうが、2人の力はこれからも必要不可欠だ。だからこそ失う訳にはいかない。
「よしまずはルピナスの城下町で暗躍している魔法教団を叩く。行くぞ!」
「「「おおおおーーーー!!!」」」
満月が空に上がる再建中のギルドの屋根の上に裁判を終えて帰って来たマスターマカロフは木製のジョッキに注がれた酒を飲み考え込んでいた。その内容は今回の件を機に評議員ヤジマに引退を勧められたことだ。マカロフも聖十大魔導の一人とはいえ高齢、次世代への世代交代の時期がいつかはやって来ると自覚はしていた。しかしそれをこんなにも急に考えることになるとは思わなかったのだ。満月を眺めながらマカロフは世代交代、次のマスター候補を探していた。
まず一番に名前が挙がるのは実孫であり妖精の尻尾内でも最強と呼ばれるラクサス。しかし数年前からギルドから反感を買うような行動を取るようになり、心に大きな問題を抱えている。次に挙がるのはミストガン。しかし彼はディスコミュニケーションの塊のような男であり、そもそも誰も声はおろか顔すら知らない。更にはエルザ。まだ若いが力量、精神共に優れている。
「もう少しとなればララン……しかしあやつに任せれば魔導士ギルドではなくなりそうじゃ。ラランは妖精の尻尾に心を開いておるようで開いておらん。仲間を心から信頼していながら、自分の目的のためには平気で切り捨てる危うい心を持っておる。困ったもんじゃわい」
「マスターこんなところにいらしたんですかー!」
地上から話しかけてきたのは書類を抱えたミラだった。急いで走って来たのか息が上がっている。マカロフが下を覗き込んでミラの話を聞こうとすると、ミラは続きを話し始めた。
「またやっちゃったみたいです。エルザ達が仕事で街を半壊させちゃったみたいです。評議員から早急に始末書の提出を求められてますよ。あれ? マスター? どうしました?」
大きな事件を起こして世代交代を考えた矢先に交代すべき世代がまた事件を起こしたショックでマカロフは砂となり散ったのも束の間、更なる怒りがマカロフを震わせ月に向かって叫んだ。
「引退なんかしてられるか――――!!」
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