「おはようございます。マスター」
いつものようにホムが朝起こしてくれる。今日は週刊ソーサラーの取材日だ。そういえばルーシィが家に泊まっているんだった。ロロナと同じ部屋のもう一つのベッド。ロロナに部屋を貸すときには無かったものだ。ロロナ曰く師匠が帰って来た時にベッドが無いと私が危ない、だそうだ。確かにアストリッドは昼寝が好きだった。睡眠を邪魔する者には怒りをぶつけていた。そして事あるごとに自分のベッドにロロナを引き込もうとしていていた。それを思い出したんだろう。そしてロロナはアストリッドが生きていて、いつでもここに来られるように準備をしている。
「ホム、二人が起きてきたら朝食を出してくれ。暫く起きなかったら、起こしてやってくれ。俺は少し散歩をしてくる」
「かしこまりました」
ホム達がロロナの部屋へ向かうのを見て、俺はローブを手に取り外に出た。差し込む朝日が眩しい。身体の中の暗い物が全て洗われるようだ。俺は一つ伸びをして、歩き出す。まだ朝早いのもあってあまり人は出歩いていない。家の前を掃くおばさんや俺と同じく散歩をするおじいさんぐらいだ。彼、彼女らに挨拶をする。この付き合いも10年になる。もうすぐアーランドで過ごした日々よりマグノリアで過ごした日々が長くなると考えるとなんだか少し寂しいような、そんな気持ちだ。
「おや、ラランくん。今日はラクサスくんはいないのかい?」
「あ、あぁはい。今日は一緒じゃないんです」
「そうかぁ。昔はいつも二人で一緒じゃったのになぁ。最近はラクサスくんは顔見とらんのぉ」
少しボケが入っているのか、俺とラクサスがチームを組んでいた頃を懐かしむおじいさんが、昔はこのくらいの背で、と昔の俺達の背の高さぐらいに手をやる。もうしばらく前だ。五年くらい前になるか。その頃はラクサスは頭角を現し始めた時期で、次期マスターとして期待も受けていた。マカロフの孫、マカロフの孫と持ち上げられていた。そんなラクサスとチームを組んだ俺もそこそこ名を上げていった。
「ファンタジアには顔出してほしいねぇ。マカロフさんのお孫さんだろう? マカロフさんも悲しむよ」
「そう、ですね。俺からも来るように言っておきます」
俺は半ば強引に話を切り上げて再び歩き出した。おじいさんも言うようにラクサスはマスターの孫だ。だが、それがラクサスには重荷だった。ラクサスはマカロフの孫ではなく一人の魔導士ラクサスとして認められたかった。以前にラクサスの父でマカロフの息子であるイワンがギルドを追放になったこともあって、ラクサスへのマカロフ後継者としての期待は大きかった。そしてラクサスはそのプレッシャーに耐えかねて今ではすっかりグレてしまった。
「ただいま~」
「おかえひ~」
「おかえりララン」
散歩からアトリエに戻ると、ロロナとルーシィが朝食を取っていた。もはや自分の家のような寛ぎようだ。まあその方が気を使わなくていいのだが。
「飯食ったらギルドに行こう。取材は昼かららしいが、どうせ皆来てるだろ」
「そうらね~」
「あたしも賛成」
俺も二人と混ざって朝食を取った。その後、五人揃ってギルドに向かう。いつもの道を通って辿り着くのは装い新たに大きくなったギルド。これはまだ見慣れない。古いギルドが良いという訳では無いが、見慣れた景色が変わるというのは少し寂しさもあるというものだ。
「お、結構来てるな。ていうか」
「ごちゃごちゃしすぎ」
ルーシィがそう言った。昨日マスターに怒られたぐらいで反省して大人しくしてるような優等生はこのギルドにはいない。問題児集団、それが妖精の尻尾だ。綺麗に並べたはずの机や椅子は既にがたがたに崩れており、酒や料理の臭いが充満している。
「まあいいじゃないか。この方が妖精の尻尾らしくていいじゃないか」
「エルザ、鎧変えたのか」
「あぁ、ハートクロイツの新しいモデルだ」
ギルドに入った俺達にエルザが話しかけてきた。エルザが変わったのは鎧だけではない。以前ならば、このように乱れたギルドを粛清しようと怒声を上げていただろう。そのことを聞くと今は新装パーティのようなもので、ハメを外すのも若者の特権、ということだそうだ。
「Oh! ティターニア! やっべ! 本物だ」
「あ?」
大きな声に振り返ると、カメラを首にかけた尖った金髪の男性がこちらに走ってきた。
「クール! COOL! クーーーール!! 本物のエルザじゃん! クゥゥゥール!」
やけにテンションが高い。有名な雑誌記者と言えど本物のエルザを見ると興奮するのだろうか。
「すまないな。こんな見苦しいところを」
「ノープロブレム! こういう自然体なところを期待していたんです!」
「あたし、ルーシィって言いまーす。エルザちゃんとはお友達でぇ」
ルーシィが媚びへつらうような猫なで声で記者に自己紹介をした。しかし、記者はルーシィには目もくれず、エルザへの取材に移行していた。つまりは眼中にないということである。
「くぅぅぅ。あたしの知名度ってやっぱこんなもんかぁ……」
「最近、妖精の尻尾に入ったんだ。仕方ないさ」
「」
ルーシィの横に座り、そう慰めた。記者がエルザへの取材を終えるとまた違う人へ取材をしようと辺りを見回し始める。するとこちらを向いた。ルーシィは自分と目が合ったと思ったのか、出来る限りの笑顔を見せた。記者は一目散にこちらに向かってきて、ルーシィを吹き飛ばして、俺の手を握った。
「ほ、本物のララバンティーノだ! 世界で一人の錬金術士に会えるなんて最高にクゥゥーール!!」
「あ、あぁ。喜んでもらえて嬉しいよ」
「いくつか質問いいかい?」
「どうぞ」
「錬金術のレパートリーっていうのはどのくらいあるんです?」
「数えたことはないが、300くらいはあるんじゃないか。これからも増えていく」
「クゥゥゥール!! 君の後ろにいるのはもしかしてホムンクルスって子たちかい!?」
「何で知ってんだ。まぁそうだよ。ホム、挨拶しなさい」
「ホムと申します」
「ホムと申します」
「二人とも同じ名前なんてクールだね! 三人揃って写真良いかな。ララバンティーノさん真ん中でホムさんたちが脇を固める感じで」
「写真か。すまない。もう一人一緒にいいか?」
「え、構わないけど。どうしたんだい?」
「さっき記者さんは世界に一人の錬金術士って言ったけど、実は一人じゃないんだ。ロロナー」
「あ、はーい」
手招きしてロロナを呼んだ。記者はぽかんと訳がわからないままカメラを構えている。先ほどの構図にロロナが入り、左からホム君、俺、ロロナ、ホムちゃんと並んだ。
「じゃ、行くよー!」
こうしてどたばたと週刊ソーサラーの取材が終わった。あの後も結局、ルーシィは取材されることなくブチ切れ。バニーガールの衣装まで着て、あの記者、ジェイソンの気を引こうとした。しかし、ミラジェーンを拘束し、白スーツにグラサン、ギターを携えたガジルがステージに登壇。突然弾き語りを始め、ルーシィはそのバックダンサーにされてしまった。ガジルのギターと歌声は酷いものでギルド内からもヤジが飛んでいたが、その前の語りは中々いいことを言っていると俺は思った。ジェイソンが帰る時に知らされたが、俺達の写真が表紙の最有力候補だそうだ。これで俺達の居場所が少しでも広まればと思う。
そして夜が明けた。
「……」
場所は大きな木の聳える広場。この場所は幽鬼の支配者時代のガジルがシャドウギアのレヴィ、ジェット、ドロイを襲撃し、磔にした場所でもある。俺はたまたま通りかかっただけだったが、偶然にも修羅場に居合わせてしまったらしい。ガジルとジェット、ドロイが睨み合っているのだ。確かにマスターがガジルの加入を許可したとしても、シャドウギアの心情は穏やかじゃないだろう。レヴィは後ろの木に隠れて様子を伺っている。俺もここは様子を伺うのが吉だろう。
「何する気だあいつら……」
何やら話し込んでいるのが聞こえる。どんな内容かまでは聞こえてこないが断片的に聞こえる言葉を摘み取っていけば、あまり穏やかな話し合いではなさそうだ。するとジェットがガジルに向かって仕掛けていった。続いてドロイも。正直二人の実力ではナツと大暴れするほどの力を持ったガジルには二人係でも敵わない。止めようとした時だった。二人の攻撃は躱されることなくガジルに命中した。ガジルには避ける意思が無かったようにすら感じた。もしかして償いのつもりなのだろうか。報復も仕方ないと考えているのだろうか。
「こりゃいったい何のいじめだ。あ?」
後ろから現れたのはラクサスだった。街に帰ってきていたのか。ラクサスはガジルを見つめると、いきなり雷魔法をぶつけた。追い打ち仕掛けるラクサスは手刀でガジルを吹き飛ばした。というかガジルが俺の隠れている方に飛んできている。
「ととっ。おい大丈夫か。ガジル」
「てめぇ……」
ガジルはぐったりとしてはいるが、ちゃんと意識はあり、立ち上がる意思を見せた。ラクサスの攻撃を受けてこんな闘志を見せる奴は久々に見る。強力なラクサスの魔法相手に一撃でK.O.なんてことはザラだ。ただ、ジェットとドロイの攻撃も真正面から全部受けて、ガジルに戦う力はほとんど残っていない。この戦いはもう終わりにしたかった。しかしラクサスは尚もガジルへの攻撃をやめようとはしなかった。俺、もろとも吹き飛ばしても構わないと言ったような雷を放ってきた。
「いい加減にしろよ! ラクサス! ドナーストーン!」
前方に放ったドナーストーンが避雷針となり、雷は俺達へ届くことなく爆発し消滅した。
「そいつをこっちへ渡せ。ララン。そいつのせいで俺達は舐められてんだぞ! 死んで詫びさせんだよ! 妖精の尻尾に逆らう奴ぁ全員殺してやる!」
「お前……」
「俺はお前を認めてるんだぜ? ララン。昔みたいに仲良くやろうぜ」
「お前に協力した俺が馬鹿みたいだよ。オーラブリッツ!」
「今更降りるは無しだ」
「分かってる。でも今はお前を殴らないと気が済まん」
「やれるもんならやってみろ」
ラクサスの雷と俺の杖から発せられた魔導波が衝突し相殺され、一瞬の静寂が訪れる。次の瞬間、一瞬で踏み込んだ俺とラクサスの拳がぶつかり合う。
「もういいやめろ! ラクサス! ララン!」
ジェットの声が聞こえるが、今、手を抜けば確実にラクサスは俺を潰しに来る。手を抜こうにも抜けない状況にある。もしここで俺が退けば、ジェットやドロイ、レヴィ、そしてガジルに更なる被害を与えることになるのだ。
「ララン。さっさと俺に付いた方が得だろ」
「ぐぁっ!?」
ラクサスの頭突きが直撃し、俺は大きく後ろに仰け反った。その隙にラクサスはとどめの一撃を打ち込もうと腕を大きく振りかぶる。
「もうやめて!」
決死の覚悟で隠れていたレヴィが飛び出して叫んだ。それがラクサスの逆鱗に触れた。俺に飛んでくるはずだった雷は反転してジェット、ドロイを抜き去りレヴィへ飛んでいく。
「レヴィ!」
しかし、雷がレヴィに当たることはなかった。息も絶え絶えだったガジルが身体を呈してレヴィの前に割り込み、雷を受け止めたのだ。ガジルは立つのもやっとの状態でふらふらと揺れながらラクサスを見つめる。
「もう、いいか。仕事があるんだ」
そのままガジルは街の門の方へと歩いて行った。ガジルを心配したレヴィが引き留めたが、ガジルは放っておいてくれとそのままふらふらと荷物を持って街を出て行った。ガジルが消えるとラクサスも興味が失せたのか、どこへ歩き去っていった。その場に残った俺達にはどこにも向けようのないもやもやが渦巻いていた。
三人には暴れてすまなかったと詫びを入れて、俺はふらふらと街を歩いた。どこも収穫祭の準備で忙しそうにしている。活気に溢れる街がいつも以上に賑わっている。ファンタジアには毎年参加している。だがラクサスと一緒に出たのはもう数年前が最後だ。
気づけば日も落ち始めていた。採集へ向かう気力もなく、仕事へ気力もなく、ふらふらと一日を過ごしていた。アトリエに帰る途中、ルーシィの家の前を通りがかった。
「ルーシィ、いるかな……」
ルーシィの家の扉を叩くが反応はない。仕方ないので中で待っていることにした。しばらくしてうとうとしていると玄関の扉が開く音がして、上下に振れていた頭を上げた。
「あ、おかえりルーシィ」
「た、ただいま……じゃないの! ここあたしんち!」
「ごめん……」
「あ、いや、別に嫌って訳じゃないし。いいよ。何かあった?」
ルーシィは立ったまま、こちらを覗き込んでくる。
「今日さ、ラクサスと喧嘩したんだ。最初はジェットとドロイがガジルにケジメ付けようとしてたのを見つけただけだったんだけど、ラクサスも入って来てガジルに魔法を使いだしたもんだから、見てられなくってさ」
「えっ!? 大丈夫なの!?」
「俺は大丈夫だけど、ガジルがな。あいつ多分悪い奴じゃない。ジェットとドロイの攻撃も抵抗せずに正面から受けて、ラクサスの攻撃も受けて、俺らの喧嘩止めようとしたレヴィを庇いもしてた。早く仲間って認めてほしいのかもな。ぼろぼろのまま仕事に行ったから少し心配だ」
「へー、あのガジルがね。歌とかギターとかやってたし、意外と面白い奴なのかもね」
「まぁそれはいいんだ。近く街の収穫祭、ファンタジアがあるのは知ってるな。勿論、俺達妖精の尻尾も参加する。毎年ファンタジアの為の大道具を俺が作っているんだが、いかんせん材料が足りなくてな。俺からの仕事としてルーシィに依頼したい。報酬は7万ジュエル。ロロナとホム達を連れて行ってほしい」
ルーシィの顔が晴れやかな顔に変わった。ずいっと身体を寄せてくる。
「え、それほんと!?」
「あぁ。その代わりちゃんと収集を頼むぞ。依頼書はもうミラに出してある。場所と取ってくるものはこれだ。頼んだぞ」
「頑張ります!」
敬礼をするルーシィを背に家を出た。ファンタジアまであと一週間。それまでにルーシィとロロナ、ホム達が帰ってくることはないだろう。いや帰ってこられては困る。
妖精の尻尾は大事に思っている。人生の半分近くを過ごしている第二の故郷であり家だ。だが、それが無くなるわけではない。少し違う形に生まれ変わるだけだ。そしてそれ以上に俺には大切なものがある。錬金術とアーランド王国の再興。俺はそれを成すためにラクサスをギルドのマスターにしなければならない。
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