「……」
「だんまりか。それは正解って意味でいいんだな」
「ラクサスはどこだ」
「カルディア大聖堂だ」
「そうか……」
ミストガンはカルディア大聖堂の方角とは違う方向に歩き出した。ラクサスのところへ行く前に他の目的があるのだろうか。ただ、俺に彼を止める気はなかった。直接やりあったところで勝てるかどうか分からない。それならば確実に勝てるラクサスに任せた方がいい。
「行きたいなら行けよ」
「……」
辺りに霧が立ち込める。これがミストガンの魔法か。ギルドに来る度に起こす集団睡眠もミストガンの魔法だと考えると五感に影響を及ぼすタイプの魔法らしい。あの魔法を考えれば俺達は完全に眠らされているのではなく、自分は眠っているという幻覚を見せられている、つまりは催眠という表現に近い。そしてギルドを出る時に魔法が解け、起き上がると何も覚えていない、眠っていたという事実だけが残っている訳だ。
「止めないのか?」
「行ったところでラクサスには勝てない。今この街にいる魔導士の中で一番強いのはラクサスだ。マスターよりもな」
「賢明な王子だ」
「は?」
立ち込めた霧と共にミストガンの姿が消えた。しかし街に来たミストガンが増えた二人の内の一人だとして、もう一人は誰だ。他にも街に入ってきた奴がいるのか。その時通信ラクリマに情報が入った。戦闘開始の知らせだ。エバーグリーンとエルザ!? エルザは石にされていたはずではないのか。エバーグリーンが戦闘不能になっていないのに解除されたとはどういうことだ。ポーリュシカの元に向かっていたリーダスはフリードが止めた。増えた人数を見ても解除されたのはエルザだけだ。今はどうなっているか考えるよりもエバーグリーンの増援に行かねば。それにしても王子ってどういうことだ。ミストガンとは話したこともないはずだが。
「場所は……クソ、真反対じゃねえか」
二人の元に向かう途中、再び通信が入った。エバーグリーン対エルザ、勝者はエルザ。エバーグリーンとはいえエルザとタイマンは厳しかったか。エバーグリーンが敗北した時点で石化は解かれ、女性たちは解放される。ラクサスはどうするのか。それによってここからの行動が変わる。
「カルディア大聖堂に行くか。ん?」
ラクリマにラクサスからの通信が入る。すぐにカルディア大聖堂に来いとのことだ。ラクサスはまだ諦めていないらしい。恐らく俺に作らせた神鳴殿を発動させるつもりだ。神鳴殿は上空に凡そ300のドナーストーンを仕込んだ雷ラクリマを環状に浮かび上がらせる。そしてこの街を雷の降る宮殿に仕立てるというもの。少しでもラクリマに傷が入れば、たちまち傷つけた人物に雷が降る生体リンク魔法が仕掛けられている。一つでも食らえばドナーストーンを生身に食らう。人間には一撃で戦闘不能の大ダメージだ。まさか本当に発動させるとは思っていなかったが、ラクサスがやると言うならそれに従う他ない。
「ラクサス!」
「来たか、ララン。これからギルドと通信を繋ぐ。神鳴殿を発動させろ」
「いいんだな? 本当に」
数秒、ラクサスと睨み合う。これを発動させれば、もう俺達は本当にギルドの敵と見做されるだろう。逆に言えば、ここで俺達が負けを認めれば、まだ踏みとどまれる。だがラクサスの意地はもうそれすら届かないところにまで達している。
「待て! ラクサス、ララバンティーノ!」
「何故戻ってきたフリード」
「俺達の負けだろう。人質が解放されたらマスターはもう動かない。そこまでやることは無いだろう」
そう言ったフリードをラクサスは睨み付け、威嚇するようにフリードのすぐ横に雷を走らせた。当てなかったから良い物の当たっていればフリードとはいえ大怪我を負うレベルの強力な攻撃だった。自分に逆らう奴は許さない。そういった表れすら感じさせる。
「終わってねえよ。ついてこれねえなら消えろ。俺の妖精の尻尾には必要ねえ」
「ラクサス……」
「フリード。もう覚悟決めるしかねえんだ。ラクサスはもう止まらない。俺達はどうする。ここで止めるか。ラクサスと心中するか」
「……」
「ララン、やれ」
「……分かった」
ラクサスはギルドとの通信を繋いだ。これでもう俺達は妖精の尻尾には戻れない。どのような結果になろうとも。
「聞こえるかジジィ、そしてギルドの奴等よ。これから新たなルールを追加する。バトル・オブ・フェアリーテイルを続行する為に神鳴殿を起動させた。残り1時間10分。俺達に勝てるかな? それともリタイアするか? マスター。ははははっ!!」
ラクサスの声はきっとギルドの届き、皆が怒りに震えているのだろう。本当に起動させて良かったのか。自分の野望の為とはいえども、ギルドの皆だけでなく、町衆までも巻き込んで良かったのだろうか。そんな気持ちが心の片隅に芽生えた。必死に自分を正当化しながら、ラクサスと向き合う。
「ここまでやることは……」
フリードが言う。雷神衆の中でも最もラクサスへの忠誠心の強いフリードでさえ、ラクサスの行動に疑念を持ち始めている。
「これは潰し合いだ! どちらかが全滅するまで戦いは終わらねえ!」
ラクサスはもう訣別の意思を固めていた。弱きギルドとマスターと訣別し、新たなマスターとなり強きギルドを作ること。その野望の為に意地を張り続けている。それは俺も同じ。どこでも引き返す場所はあった。神鳴殿の作成の段階で断っていれば、こんなことになることもなかった。神鳴殿を発動させなければ、こんなことになることもなかった。心の中で善悪の感情が渦巻いている。
「何をしている。ララン、フリード。ビッグスローは妖精狩りを続けているぞ」
「ララン、お前はエルザをやれ。ミストガンは俺がやる。フリードはカナとファントムの女だ。俺の妖精の尻尾にはいらねえ。殺してもいい」
「殺す!? 仲間を殺せってのか!?」
「そ、そうだ! 今は敵でも同じギルドの……!」
「俺の命令が聞けねえのかぁ!!!」
俺とフリードの言葉はもうラクサスには届かない。一滴、冷や汗を流して、俺もフリードも決心をした。ここで退かず、一線を超える。たとえこの線の先が地獄だったとしても、ラクサスに付いていく。
「ここまでやってしまった以上、どの道戻れる道はない。任務を遂行しよう。本気で殺る。後悔するなよ」
「……エルザをここには来させない。命に代えても」
俺とフリードはカルディア大聖堂を出て、それぞれのターゲットの元へ向かった。ラクリマに表示される残り人数はナツ、ガジル、エルザ、ミストガンの他に石化から介抱されたミラ、レヴィ、ビスカ、カナ、ジュビアの五人が追加されて9人のはずなのだが、先ほどビスカが神鳴殿のラクリマを一つ破壊し戦闘不能になった為、8人と表示されている。
「見つけたぞララン」
「見つけたのは俺の方だ」
「もう……引き返す気は無いんだな?」
「あぁ……もう戻れる線は越えてしまった。戦う魔剣」
「ほぅ、私に剣で挑むとは覚悟は出来ているようだ」
剣を握る右手が震えている。その震えを抑える為に左手で右手首を握る。エルザも換装を終え、転輪の鎧と背後に大量の剣を従えた。
「行くぞ!」
「来い!」
襲い来る剣の大群。右手の魔剣とアイテムを駆使して必死に弾いていく。剣の嵐の中からエルザ本人の強襲。強い腕力から繰り出される一撃を魔剣で受け止めると右腕が手首から持っていかれそうになる。
「ふんっ!」
エルザの剣を無理矢理弾き、距離を取る。すぐさまバックに手を突っ込み、アイテムを取り出す。
「メテオール!」
再び迫り来る剣の大群を空から降るメテオ―ルの星々によって打ち消す。そして今度はこちらから仕掛ける。
「瞬閃!」
「速いっ!」
刹那のスピードで繰り出す斬撃。父から教わった技の一つだ。それをいとも簡単に受け止めてしまうエルザは末恐ろしい。力勝負では少々分が悪い。受け止められたならすぐに距離を取る。
「これならどうだ! 魔剣展開!」
エルザの転輪の鎧にも負けない数の魔剣を背後に展開させる。そもそも戦う魔剣は自動戦闘のアイテムだ。それぞれが意思を持ち、敵と認識した相手を襲う。
「行け! 魔剣よ」
魔剣が一斉にエルザの方へ向かう。回転しながら向かう剣、直線的に向かう剣、蛇行しながら向かう剣。そしてそれに交じり俺も攻撃に加わる。
「転輪・循環の剣!」
「ちっ」
エルザの剣によって、こちらの剣の一部が撃ち落とされる。だが、数の上ではまだ負けていない。そのままの勢いで突っ込んだ。
「瞬閃!」
「甘い!」
「がっ!?」
エルザは飛び込んでくる魔剣を全て紙一重で躱し、俺の瞬閃をもいなしてカウンターの斬撃を入れた。身体が真っ二つになるかのような衝撃だった。
「お前の技術は素晴らしい。だが私には勝てない」
「勝たなきゃいけねえ」
手に握るを自動戦闘の一角に加え、新たな魔剣を取り出す。その魔剣は普通の物よりも三周りは大きく、振るだけでもスタミナを消費するような代物だ。この大きさの剣はステルクがよく振るっていた。それをモチーフにして作った剣でもある。
「ほぅ攻撃力重視か」
「グランドパイル!」
剣を地面に刺し、這うような衝撃波を放つ。エルザは上空へ舞い、難なく避けていくが、それは悪手というものだ。
「何っ!?」
衝撃波から全方位への放電が行われる。流石のエルザも上空にいたのでは直撃は免れず、地面に落ちた。この魔剣は雷の属性を秘めている。
「くっ……換装! 雷帝の鎧!」
「雷耐性の鎧か。じゃあ持ち替えだ」
「何?」
握っていた魔剣を仕舞い、また新たな魔剣を取り出す。次の魔剣は先ほどとは打って変わって細身の剣を二本。これも俺の教育係だったエスティという女の剣をモデルに作った剣だ。
「ローゼンラバー!」
「ふっ!」
目にも止まらぬ多方向からの連続攻撃。だがそれをエルザは次々に捌いていく。剣の腕でエルザに勝とうだなんて思っていない。だからこうして手の内を全開にして手数の多さで押し切る。エルザが本気を出す前に倒す。
「くそっこれならどうだ!」
二振りの細剣をエルザへ向けて投げつける。その隙に手元に大剣を戻し、細剣の後に続くようにして波状攻撃を仕掛けた。それに対しエルザはまず当然のように細剣を二つとも弾く。そして既に振りかぶり、振り下ろされた大剣の攻撃を片腕で受け止めた。
「お前がここまでやるとはな。近くにいすぎて分からなかった」
「4つも5つも下の奴がよく言ったものだ」
「はぁ!」
力強い腕の振りによって無理やり距離を取らされる。舞い上がった砂煙を目晦ましにエルザが突撃してくる。一瞬気づくのが遅れた。鎧を換装している。あの鎧は一撃の破壊力を上昇させる黒羽の鎧だ。
「クイックデュプリ・神秘のアンク!」
攻撃が当たる寸前で神秘のアンクを発動させ防御力を上昇させた。しかしすぐさま強烈な一撃を腹部に与えられ血が噴き出す。
「ヒーリングサルヴ……」
開いた傷口に薬を塗りこむ。こちらはあれだけ攻めているのにエルザに目立った傷はない。多少息が荒立っている程度だ。それなのにこちらはたった一度のチャンスを与えただけでこの有様だ。
「さぁ降参するか?」
「まだまだ……」
「……もう手加減は出来んぞ!」
エルザは剣を握りしめ、超スピードで突っ込んでくる。これまでは剣を駆使して戦っていたが、それは近接戦に優れるエルザを相手に無理に距離を取り、いつもの戦い方をするのは悪手だと捉えていたからに過ぎない。だがそれすらも間違いだったようだ。近接戦だろうが遠距離戦だろうが俺がエルザに勝る部分を引き出すのは至難の技だ。だが手の内をすべて晒して勝つ。それだけだ。
「ドナーストーン!」
「雷帝の鎧!」
投げたドナーストーンに反応して、エルザは雷帝の鎧に換装する。常に相手から優位を取って戦うのがエルザのスタイル。弱点の少ない相手に対しても力負けしない実力もある。
「エーテルインキ!」
「むっ!?」
エルザの斬撃を紙一重で躱しながら、インクをエルザに振りかける。その効果にエルザも動きを止めた。黄色と白のコントラストが特徴だった雷帝の鎧はインクを被ったことによって真っ黒に染められていた。
「なんだこれは……」
「エーテルインキは属性耐性を下げるアイテムだ。雷帝や炎帝の鎧の追加効果は面倒だからな。対策だよ」
「くっ……天輪の鎧!」
「貰った!」
一瞬の怯みと換装の隙間を縫って、魔剣を手に取った。そして我が必殺の剣技をエルザに向けて放つ。
「アインツェル・カンプ!」
凄まじい斬撃の連続攻撃。一撃必殺の剣劇を受けてはエルザとて立ってはいられまい。この勝負、俺の勝ちだ。と思っていた。しかし気が付けば地に伏していたのは俺の方だった。何が起こった。エルザにアインツェル・カンプを放った瞬間までは俺が勝利していた。そこから何が起こった。アインツェル・カンプが効かなかった。もしかは弾き返された。この場にあるのは先ほど受けた傷の場所と同じ場所に深く切り込まれた痛みと地にうつ伏せる俺の首に剣の切っ先を宛がう勝者の姿のみだ。
「終わりだ。お前は強かった」
このタイミングでラクリマに通信が入る。エルザと交戦中にジュビアとカナのコンビにビッグスローが敗北。フリードはそのジュビアとカナを倒したが、今この瞬間にミラに敗北した。何らかの原因でミラに魔力が戻った。もしここでエルザに勝っていたとしてもミラが相手となれば、どの道勝つことなど不可能だったわけか。
「雷神衆は全滅した。残るはミラ、ナツ、ガジル、エルザ、ミストガン。この5人を相手にラクサス一人じゃ流石に勝ち目はない」
「そうか。これで終わりだ。そうラクサスに伝えろ」
これで終わり。その言葉を聞いた時に感情が揺らいだ。エルザに圧倒的な実力差を見せつけられて負けた。俺はこうして地に這いつくばり、恥辱を受けている。だがこの恥辱を受けてなお、どこかで闘志が消えずにいた。それほどまでに執念は強かったのかと自分でも驚く。
「む?」
ポケットから卵の形をした黒い石を取り出す。石に描かれた赤い紋様が光り始める。これは隠し通してきた奥の手だ。恐らくギルドの誰も知らない。マスターでさえも。俺はラクサスに言った。命に代えてもエルザを止めると。ならばその言葉の通り命を懸けよう。石を強く握り砕いた。
「精霊石!」
「くっ!」
まばゆい光を放ってエルザの目が眩む。エルザは危険を察知し距離を取った。そして光が収束していき、立ち上がった俺の背後に現れたのは赤い目に緑色の髪。そして身体には羽を生やし、結晶輪と4本の結晶柱を背負う妖精の姿だった。
「星霊……!?」
「負けられないんだ……命に代えても勝つ!」
「や、やめろララン!」
「テイク・オーバー!」
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