「先輩、奴の魔法の正体が分かってきました」
「あらやっとなの?」
「え?」
「私はナツ君たちが通りかかった時から分かってたわよ」
「何ごちゃごちゃ話してんだ!」
防御力の高いステルクにエスティを守られ、大したダメージを与えられていないレーサーはストレスが溜まっていた。普段の冷静な判断力は鈍り、語気も強まる。
一方で二人がかりで対するステルク、エスティには余裕すら感じられる。単純な戦闘能力ではステルクに軍配が上がるこのマッチングではレーサーの魔法が唯一のストロングポイントとして、その優位を保たせていた。
目にも止まらぬ速さで突進してくるレーサーに対して、ステルクは防御の構えを取る。レーサーの理論ではその速さを持ってすれば、強力な武器なぞ無くとも十分に敵を殺めることが出来る。確かにレーサーの推進力から生み出される拳の強さは決して攻撃力、決定力に欠けるとは言い切れない。
しかしステルクにはその攻撃を受けきるだけの防御力、そして力を受け流す技術があった。これによってレーサーの理論は儚くも崩れ去ることになるのである。
レーサーは己の攻撃がステルクに弾かれ続け、一度距離を取った。彼にはどんな直接攻撃すら弾かれるのではないかという不安すら覚え始めていた。
「なるほど。私の仮説と同じですね。奴の魔法の正体、それは……」
「あら、なら貴方一人で十分ね。私は他の所へ援護に行くわ」
「ええ、ここは私が処理します。先輩は王……ララバンティーノの元へ」
レーサーは猛った。気高き六魔将軍の自分が力を見極められ、一人で十分と言われる。これほどプライドを傷つけられることは他になかった。
任せられた仕事すら遂行できない己の力にも腹が立った。精々この地域の魔導士ギルドの寄せ集め如きに負けるなど今生の恥である。
「待てぇ!」
猛るレーサーがエスティを追おうとステルクの横を追い抜いて行く。それを見たステルクは笑みを浮かべていた。
「意外と速かったわね。ステルク君ちゃんと足止めくらいしなさいよ」
「待て女!」
「女なんて名前じゃないし、そう呼ぶならそちらのレディくらい言いなさい」
エスティはレーサーの声を遠くに感じながら逃げていた。こちらから攻撃を仕掛けることはない。そしてまだ向こうから攻撃を仕掛けてくる様子もない。
「え?」
何か音が聞こえた気がした。少し後ろを振り返ってみた。そこには数秒前まで姿すら見えなかったレーサーが拳を振りかぶる姿があった。
突然の事に場慣れしているエスティも対処できなかった。レーサーのスマッシュに吹き飛ばされてしまう。さっきまでの戦いでは力を抜いていたという情報だけが脳で整理される。
あばらをやられた。折れてはいないがダメージは大きい。さっき貰った攻撃よりも遥かに。じんじんと痛む箇所を手で抑えて、走り出す。とにかくレーサーから逃げるのだ。ステルクとレーサーの距離を離すのだ。
「どこへ行く気だ!?」
「きゃぁ! 他の所の応援って言ったでしょ! この鶏冠頭!」
少しの挑発も織り交ぜながら、レーサーが追ってくるように仕向ける。ステルクを忘れるように、自分だけに集中してくれるように。
その作戦は嵌っていた。事実レーサーの脳には既にエスティを殺すという思考のみが走っていた。ステルクの事は忘れた訳では無い。頭の片隅にはいるが、意識的に忘れようとしていた。
エスティとステルク、どちらが簡単に殺せるか。それを考えた時にステルクは後回しでいいと判断したのだ。か弱そうなエスティを先に殺し、ステルクはその後でいい。
しかし後で殺すというのは、あまり現実的ではないとレーサー自身感じていた。ステルクの防御力は本気を出した攻撃でも貫けそうにないことを薄々感じ取っていた。だからこそエスティを優先した部分があった。
エスティを殺した後でステルクの事は考える。それが今のレーサーだ。
「あらレディだからって舐めないでよね!」
背を向けて走るエスティはくるっと振り返って猛スピードで迫るレーサーに幾本ものナイフを投げつけた。投えげたナイフの速度、レーサーの速度、二つを計算したうえでのタイミングだ。この距離なら避けきれずにヒットするはずだと。
「ふん!」
レーサーは避けようともせず、迫り来るナイフを薙ぎ払った。これにはエスティも予想外。だがこれはこれで最悪ながらもエスティに利があった。
ナイフが当たってくれてダメージが入れば一番。だがもし避けようとすれば更に速いスピードが必要になる。今のレーサーは避けようとはせず、力でナイフを弾いた。考えうる限り最悪の対応だったが、レーサーの操れるスピ―ドはこれが最高であるということが理解できた。
「なるほどね」
「そろそろ諦めろォ!」
レーサーについに追いつかれたエスティはその連続攻撃に為す術なく、受けに回らざるを得無かった。そして最後は岩山に衝突し、レーサーにマウントを取られてしまう。
「てめえらなんかこの小型のナイフ一本あればいい。俺のスピードを持ってすれば、てめぇが何かしようとする前にナイフで喉を掻き切れる」
「なら早くやればいいじゃない。ステルク君がいつ来るか分からないわよ。彼には手も足も出てなかったじゃない」
「ふん。若いうちは増長するのも悪くねえが、相手が良くなかった。俺は六魔将軍だ。六つの魔、六つの祈り、決して崩れねえ六つの柱だ。その柱を揺らす者には死あるのみ」
「若いって言ってくれて嬉しいわ。でも若い、いえ青かったのは貴方ね。ナツ君たちが上空を通った時、とんでもないスピードで飛んでいくのを見ておかしいと思ったわ。貴方の魔法は自分の速度を上げる魔法じゃない。一定範囲にいる者の速度、正確には体感速度ね。それを下げる魔法。つまり範囲外に出た人からは貴方はただの的でしかないのよ」
エスティ達の後方遥か上空、ステルクの姿が舞い上がった。それがステルクかどうかも肉眼では確認できないほどの距離が離れている。そこから何が出来るのか、レーサーは即座にそう思った。ステルクの武器は剣のみ。
だがステルクには何かしてくる気配があった。それだけにレーサーは何もしてくるな。何もしてくれるなと個々の中で願っていた。
「これで終わりだ。限界を超える力を見せてやる。我が剣は大地を空を海を星を! 全てを断ち切る刃となる。切り裂けええええ!」
ステルクの必殺技ガイアブレイクはこの距離を超えてレーサーを切り裂いた。正しく惑星すら切り裂く最強の剣。そのすぐ近くにいたエスティは少しは加減しなさいよと木の後ろに身を隠していた。
「やりましたね。先輩」
「もうレディに傷をつけるなんて酷いわ。ステルク君」
「そ、それは先輩が言い出したことでは……!?」
「ま、いいから王子の所に帰りましょ」
ステルクはレーサーを仕留めた後、エスティの元まで駆け寄った。傷を受けたエスティは服の汚れを払いながら立ち上がろうとする。手を貸すステルクの好意に甘え、手を取ってようやく立ち上がった。
六魔将軍を破った二人は、この後どうするかを話しながら一旦王子の元へ戻ろうという案で一致した。何かと二人も過保護というのがいつまで経っても抜け切らないことを気にしてはいるようだが、治る様子もない。
「まだだーー!!」
和やかなムードが一変する。倒したはずのレーサーが突然立ち上がり、血を吐きながらも敵意を見せた。これは既に精神力で動いている。六魔将軍としてのプライド、そして六魔将軍として規則。それがレーサーに植え付けられた精神だ。
身体に仕込んだダイナマイトのラクリマを露わにし、エスティに向かって突進してくる。エスティは既に体を痛めつけられ、その場から動けない。動かそうとしても動かない状況だった。
そこでステルクが動いた。エスティを突き飛ばし、レーサーの抱擁を受ける。場所は崖。レーサーの突撃を受けたステルクは共に崖底に落下し、爆破された。
「ステルクくーーん!!」
エスティの悲痛な叫びが木魂する。崖下に伸ばす手には虚しくも爆風の生ぬるい風が当たるだけ。こんなはずではなかった。そう後悔の念が押し寄せた。
この仕事が無事に終わって、また他愛もない話が出来たり、ちょっとからかってみたり、ロロナちゃんとの仲を取り持ってみたり、まだまだやりたいことがたくさんあった。
「嘘……でしょ?」
信じられなかった。それだけに痛む身体に鞭を打って崖の下に降りようと立ち上がった。だが、本当に死んでいたらどうしよう、誰のせいだろう、自分のせいだ。負の感情の螺旋は止まらなかった。
「私のせいだ……」
その時、まばゆい光の柱が樹海から伸びた。その直後、エスティの身体には黒い流砂のような気が流れ込んでいく。樹海の木々は白く、もしくは黒く、変色し、白い木はエスティと同じく黒い不気味な気を吸収し、黒い木は逆に気を排出している。放出された気は光の柱の方へ伸びていく。
「私のせいだ。ステルク君は私のせいで……」
頭を抱え込んで、苦しむエスティに闇が語りかける。他への攻撃衝動が駆り立てられる。自らへのストレスを発散する為の破壊衝動が抑えられなくなっていく。
「あいつだ。あの鶏冠頭を殺さなきゃ……死んでいても殺さなきゃ……」
破壊衝動の対象はレーサーへ。エスティの目は白目が大きく、黒目が極端に小さくなる。首がこてんと横に倒れ、歩く姿も何かに取り憑かれたようだった。
かくしてステルク、エスティは六魔将軍の一人、レーサーを撃破するが、レーサーの決死の一撃により、ステルクを道連れにする。
そして突如現れた光の柱により、ステルクを失い、動揺していたエスティは闇に落ちてしまった。すべての元凶と認識したレーサーを始末すべくエスティは二人が落ちた崖の下へ向かう。
ステルクは生きているのか、それはエスティの思考には既になかった。ステルクは死んだ。だから仇を取る為にレーサーを死んでいても殺す。それだけしか考えられなくなっていた。
時を同じくしてララン達も光の柱を観測し、ニルヴァーナについての事実を知ることになる
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