「ん、なんだあれ」
ステルク、エスティがレーサーを撃破したのと時を同じくして、エルザ救出を遂げたララン達も黒い光の柱を観測していた。
そこにいる全員が薄々それが何なのか感づいてはいた。ここに来た目標。阻止すべき対象。あの光の柱こそがニルヴァーナであると。
「ニルヴァーナなのか!?」
「先を越された!?」
ヒビキ、ルーシィは光の柱を見て、そう言うだけだった。六魔将軍によってニルヴァーナは復活を遂げてしまった。ニルヴァーナの復活を阻止することが出来なかった。その思いだ。
しかしナツの反応は違っていた。光の柱を見た途端に目の色が変わった。身体からは炎が溢れ出している。それは怒りか憎しみか。ただこれも負の感情の一部であることに間違いは無かった。
「あそこに……ジェラールがいる!」
「ジェラールだと!? 馬鹿な! あいつは俺が……」
「今度こそ俺が潰す!」
「おいこら待て!」
ナツはそう言うと樹海へ走りだす。全員で手を伸ばすもこうなってしまったナツはもう止まらない。一瞬で樹海に消えてしまった。
そしてそれを追うようにグレイも
取り残された俺達はまずは作戦を練ろうとヒビキに声をかけようとした。ニルヴァーナが復活し、更にはナツが消えて、皆動揺している。ここはいったん落ち着いてプランBを考えるべきだ。
「あーーー!!」
「今度は何だ!?」
「エルザがいない!」
考えることが多い中でハッピーの上げた大声にイラつきながらも体を翻すとエルザの姿は既に消えていた。もしかするとナツのジェラールがいるという発言を聞いていたのかもしれない。それでジェラールを追ってということだろう。
「問題は山積みだな……」
「私のせいだ……」
そう頭を抱えたのは弱冠9歳でこの作戦に参加している少女ウェンディだった。ナツとウェンディの話では六魔将軍のボスであるブレインはジェラールの身体を保護しており、その治療をウェンディに頼んだらしい。どうやら俺達にとっては敵であるジェラールはウェンディには大切な恩人であるらしく、葛藤の末に治療を受け入れた。
ナツが到着した頃には既にウェンディの治療は終わっていたらしく、ジェラールは復活を遂げていた。しかしジェラールは暴走し、そのごたごたに乗じてナツ達はウェンディを救出したという。
恐らくブレインはジェラールを手駒として利用しようとしたのだろうが、その当てが外れたというところだろうか。彼等の思い通りにならなかったことは幸いだが、ジェラールが再び敵になることを考えれば総合的にはマイナスかもしれない。
「私がジェラールを治したせいで……ニルヴァーナが見つかっちゃって……エルザさんやナツさんが……」
今はこっちのほうが深刻か。少し思い詰めてしまっているらしい。まだまだ小さな女の子で最年少でこの作戦に参加しているのだ。考えすぎてしまうのも無理はない。
少し励まそうとウェンディの肩に手を置こうとした時だった。ヒビキが突然ウェンディを突き飛ばしたのだ。俺の手は空を切る。
「お、おい何するんだ。ウェンディは少し思い詰めただけだろ!」
「説明は後だ。とにかくナツ君とエルザさんを追うよ。あの光の方へ向かうんだ。ララバンティーノさんはウェンディちゃんを背負ってあげて」
ヒビキはまた突然にもナツが消えた方向へ走り出した。ここで喧嘩をしても埒が明かないし、損をするだけだと怒りを押し潰してウェンディを背中に乗せる。
それにしたってこんな軽いか弱い少女を吹っ飛ばすことはないだろう。納得できる説明をしてもらうぞ。
「驚かしてごめんね。ちゃんと説明するよ」
「ほんとだよ」
「本当のことを言うと、僕はニルヴァーナという魔法を知っている。ただその性質上、誰にも言えなかった。この魔法は意識してしまうと危険だからね。だからレンもイブも一夜さんでさえ知らない。僕だけがマスターから聞かされている」
「どういう意味?」
「意識すると危ない? 精神的に効く魔法なのか?」
「ニアピンってところだね。ニルヴァーナは光と闇を入れ替える恐ろしい魔法なんだ」
光と闇を入れ替える。言葉だけでは意味が分からなかった。精神的な魔法というのがニアピンで光と闇を入れ替える。単純に考えれば悪人を善人に善人を悪人にするということだろうか。
「でもそれは最終段階。ニルヴァーナの封印が解かれるとまず黒い光が上がる。まさにあれだ。黒い光は手始めに光と闇の狭間にいる者を逆の属性にする。負の感情を持った光の者は闇に落ちる。正の感情を持った闇の者は逆に光に導かれる」
「そうか。だからウェンディを」
「手荒な真似をしてすまないと思ってるよ。ウェンディちゃんは自責の念という強い負の感情を抱いていた。あのままじゃ闇に落ちていたかもしれない」
「なるほどな」
納得した。確かにあの時俺が励ましていてもウェンディの自責の念を助長させていたかもしれない。ならば手荒でもその感情そのものを感じなくさせてしまえば、一時的に闇に落ちることを阻止できる。方法はあれだが正しい理論ではある。
「人間は物事の善悪を意識し始めると思いもよらない負の感情を生む。それが全てニルヴァーナによってジャッジされてしまうんだ」
「ニルヴァーナが完全に起動したら、あたし達皆悪人にされちゃうの?」
「でもさ逆に言うと闇ギルドの奴等は良い人になっちゃうってことでしょ?」
ルーシィとハッピーが互いにヒビキに言う。ルーシィの言うこともハッピーの言うことも確かだ。ニルヴァーナを起動させれば、俺達は全員闇に落ちてこの作戦は失敗。しかし六魔将軍の奴等も光の者になるのではないか。ニルヴァーナが善悪を判定し機械的に逆転させるのなら、そういうことになる。
「でもね、ニルヴァーナの恐ろしさはそれを意図的にコントロール出来るところなんだ」
「そんな!」
「例えば、ギルドに対してニルヴァーナが使われた場合、仲間同士での躊躇なしの殺し合い、他ギルドとの理由なき戦争。そんなことが簡単に起こせる」
「じゃあ六魔将軍はそれを操って世界を闇に落とそうとでもしてるのか?」
「否定はしきれないね……」
何やらいつものことながら事が大きくなり始めている。俺達がここで六魔将軍の野望を阻止しなければ、世界は闇に飲まれ、光のギルドはおろか光の人間は全滅し、世界で戦争が勃発する。
「ん、おいあれ! ナツとグレイじゃないか?」
指さす先にはいかだに乗ったグレイとナツがいた。しかしどこか様子がおかしい。いかだという乗り物に乗ったナツはいつもの如く体調不良に陥っているが、グレイがそこに攻撃しようと氷の槍を構えている。
いくら仲が悪いと言っても仲間同士でそんなことをする奴ではない。ルーシィが遠距離から攻撃できるサジタリウスを召喚し、グレイに向けて威嚇射撃を行った。
「何してんのよグレイ!」
「であるからしてもしもし」
「邪魔すんなよルーシィ」
グレイに少し違和感を感じた。声も顔もグレイそのものなのだが、表情や喋り方にどこか影があるように感じる。
これがニルヴァーナの光と闇を入れ替えるということなのだろうか。しかし現在のニルヴァーナは完全ではなく第一段階。光と闇の間にある者の属性を入れ替えるに過ぎない。グレイが俺達と離れてからの短時間で何かあったとは思えないが。
「ハッピー。ナツを!」
「あいさー! ナツ! 今助けるよ!」
ハッピーが翼を広げ、ナツの元へ飛び寄ろうとするとグレイはその造形魔法でハッピーを氷漬けにした。確かにこの魔法はグレイの氷の造形魔法に違いない。
「ハッピーは空を飛ぶ。運べるのは一人。戦闘能力は無し。情報収集完了」
「何言ってんだ?」
ハッピーについての情報だろうが、あのグレイが言ったことは妖精の尻尾の人間ならば分かり切ったようなことばかりだ。闇に落ちると記憶障害にでもなるのか。
いやさっきはルーシィのことを名前で呼んでいたし、ナツの名前も覚えていた。グレイ本人が操られているのかそれ以外の何者か。
「グレイから見たルーシィ。ギルドの新人。ルックスはかなり好み。少し気がある」
「は、はぁ!? 何よそれ!」
「見た目に寄らず純情。星霊魔導士。ほぅ星霊ね。面白い!」
グレイは片手を伸ばし、ルーシィに攻撃をしかけた。氷の造形でもなんでもない。ただの氷の直線的な攻撃だ。これではっきりした。こいつはグレイではない。
ルーシィの前に出てグレイの攻撃を受ける。確かに氷の属性は含んでいるが本人には到底及ばない。
「お前、偽物だな」
さっき気づくべきだったが、まずグレイは片手で魔法を使わない。ハッピーの時も今のルーシィに攻撃を仕掛けた時も目の前にいるグレイは片手で攻撃を行った。
そしてルーシィに攻撃を仕掛けた時、グレイはあんな攻撃はしない。造形魔法ではない攻撃を行ったところは見たことがない。
「グレイから見たララバンティーノ。皆の兄貴分。錬金術士。暑そう」
「そんなこと思われてたのか……」
グレイに化ける何者かはもくもくと煙を発すると、見る見るうちに姿を変化させ、今度はルーシィの姿に形を変えた。
「お前らはこういうのが好きなんだろ?」
偽ルーシィは元々露出の多い服をペロっとめくり、その豊満なバストを曝け出した。いくら他人の姿とは言え、そういうことをするのは恥ずかしくないのだろうか。
いやいやそれにしても16歳でこの胸とは。最近の子の発育というのは存外にも凄まじいものらしい。いやいやそれにしても、うん、そうか、若々しくて、張りがあって、柔らかそうで、うん。良いな。
「ちょっと見すぎ!」
ルーシィの手で視線が遮られる。自分では胸から視線を逸らしていたつもりだったのだが、現実はそうではなかったらしい。
僅かばかりの残念という気持ちを抑えながら、目を逸らした。
「星霊情報収集完了。へぇ凄い、サジタリウス、お願いね」
「ぐあ!?」
突如として後ろから矢が飛来した。直撃を受けた俺とヒビキは膝から崩れ落ちてしまう。その矢を放った犯人は一人しかない。俺達の中で弓を使うのはサジタリウスだけだ。
「ち、違いますからしてもしもし!? そ、それがしは……」
「どうなってる!? とにかくシャルルはウェンディを連れて逃げろ!」
「言われなくてもそうするわよ!」
あいつが誰かは分からないがグレイの姿になれば氷の魔法を使えるように、ルーシィの姿になれば既に召喚されているサジタリウスを使役することが可能なのか。と簡単に言うけどこれって大概に反則だろ。
「サジタリウス強制閉門!」
「そうか。サジタリウスさえいなくなれば……」
「開け、人馬宮の扉 サジタリウス!!」
偽ルーシィはコピーされた鍵を使ってサジタリウスさえも召喚してしまった。サジタリウスも再び現れたはいいものの戸惑いを隠せていない。飛んでいくシャルル達の殺害を命じたがサジタリウスは命令に戸惑い行動に移せないでいる。
「強制閉門!」
「無理よ。あたしが呼んだ星霊だもん」
これが六魔将軍の能力なのか。相手をコピーするというミラーマッチは決して勝負がつくことはない。また厄介な相手だ。
「もういいゾ。ニルヴァーナが見つかったってことはあのガキの役目も終わってるってことだゾ」
「そっかー」
「!?」
後方から女の声が聞こえると突如として偽ルーシィは実体があやふやになり、煙になっていった。最終的には二体の小さな星霊に変化した。
「こいつ星霊だったのか……!」
「は~いルーシィちゃん。エンジェルちゃん登場だぞ」
「六魔将軍……!!」
「その子たちは人間の容姿、能力、思考、全てをコピーできる双子。双子宮のジェミニ。私も星霊魔導士だゾ」
こいつが六魔将軍の一人、エンジェルか。エスティの情報によると心を覗く力を持つと言われていた。心を覗くと言うのは読心術などではなくジェミニのコピーによる情報収集のことだったのか。
こんな相手にルーシィ一人で大丈夫か。だが、俺とヒビキは背中に矢を受けて立つことすらままならない状態だ。ナツは船の上で戦闘不能。ヒビキは既に気を失っている。ギリギリ動けるのは俺だけ。何とかルーシィと一緒に戦わなければ。
この場で唯一無傷のルーシィは腰の鍵に手を当てる。ぶつかってしまった以上エンジェルを倒すしかないという判断だろう。俺としては逃げてほしかった。相手はあの六魔将軍、一人で勝てる相手ではない。
「私、君の持ってる鍵が欲しいの。ルーシィちゃん」
「ここはあたしに任せて! 開け。宝瓶宮の扉 アクエリアス!」
確かにここには川があるからアクエリアスが使えるのは大きい。それでも星霊を使役するエンジェルとルーシィの魔力差が大きすぎる。星霊一人に使う魔力が同じだとすればエンジェルの方が多くの魔力を有する分呼べる星霊も多い。勝つには先手必勝しかないぞ。
「ジェミニ閉門。開け。天蠍宮の扉 スコーピオン!」
「黄道十二門!?」
「ウィーアー!」
なんだかチャラそうな星霊だな。蠍の星霊か。どんな星霊かは知らんが、一撃の強さでアクエリアスを上回る星霊なんてあまりいないだろう。
「スコーピォぉぉん❤」
なんだその猫撫で声は。あの恐ろしいアクエリアスが出すとは到底思えない声だった。まさかのスコーピオンはアクエリアスの彼氏で、猫被りまくりという衝撃展開。二人は腕を組みながら、そのまま星霊界へ帰ってしまった。
「星霊同士の相関図も知らない子娘は私には勝てないゾ」
「きゃっ!」
エンジェルの平手打ちによってルーシィは転倒し、川に沈んだ。まだ魔力は残っているだろうが、あのエンジェルという女は星霊の関係まで詳しいなんて。ルーシィ以外の星霊魔導士に会ったのが初めてだからか、その強さが良く分かる。
「開け。獅子宮の扉 ロキ!」
それは悪手だルーシィ。確かにロキは強い。その力はエンジェルの星霊を上回っているかもしれない。だが今見た奴の星霊の関係を知っているということをもう忘れてしまったのか。それともロキから縁の星霊を聞いていなかったのか。
もしもエンジェルがあの星霊を所持していたなら。ロキですらエンジェルには勝てない。
「クス。開け 白羊宮の扉 アリエス!」
「……最悪だ」
最悪の結果だ。アリエスはロキと共に以前は青い天馬のカレンの星霊だった。カレンが死去してからロキは妖精の尻尾を経て、ルーシィの手に渡ったが、まさかアリエスがエンジェルの手に渡ってしまっているとは。
これではロキすらも奴と戦えない。ルーシィの残りの戦闘型星霊は主にタウロス、何とかキャンサー、バルゴ。だがもう全員を召喚する魔力は残っていないか。
非情だがロキにはアリエスと戦ってもらうのが勝利へは最も近いだろう。だがそんなことがあっていいのか。かつての仲間同士で争うなんて。あまりにも酷だろう。
「どうする……」
「せっかく会えたのにこんなのってないよ。閉じ……」
ルーシィはロキの門を閉じようと鍵を掲げようとした。しかしロキはその手を止める。それはロキの覚悟だった。たとえかつての仲間と戦うことになろうとも、それが星霊の使命である。主人の為なら躊躇なく目の前の相手と戦う。
それはアリエスも同じだった。それが星霊としての誇りだと。目の前で行われる星霊同士の戦いは胸が締め付けられた。かつての仲間なのに今は敵。確かにそういったことが無いとは言い切れない。だが二人の戦いはあまりにも失うものが大きい。
「うーん、流石に戦闘用星霊のレオ相手じゃ分が悪いか。よーし、開け。彫刻具座の扉 カエルム」
エンジェルが呼び出した機械型砲台の星霊カエルムの砲撃はロキはおろか味方であるアリエスすらも貫いた。目の前で起こる惨劇に何もできない無力さを痛感する。
そしてこの鬼の所業にルーシィが猛る。
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