ついに六魔将軍のボスであるブレインを倒した俺達はコードネームホットアイことリチャードからの情報で得たニルヴァーナを動かす制御室王の間へと向かおうとしていた。
「ラランさーん! ルーシィさーん!」
そこへエンジェル戦の際に逃がしたウェンディとシャルルが再び合流し、このニルヴァーナが化猫の宿へ向かっていること情報を持ってきた。しかし俺達は既にブレインを倒し、残るは王の間にて制御装置を止めるだけだったので、ウェンディにその旨を述べ、安心させた。
「こいつがニルヴァーナを操ってたんだ。あとは王の間で起動停止させればいい」
俺達はウェンディも連れて、王の間へ入った。しかしここで予想だにしない問題が発生した。
「何もないな……」
王の間には何もなかったのだ。だだっ広い何もない空間が広がっているだけでニルヴァーナを制御する装置は無かった。王の間には何もなくブレインを倒しても何も起きない。リチャードが嘘を憑いていたとは考えづらいし、ブレインは他の六魔将軍にもニルヴァーナの動かし方や止め方のことは話していなかったのか。
「あ、あのラランさん。ナツさんに解毒の魔法が効かなくて……」
「ナツのこれは毒じゃないからじゃないか? ただの乗り物酔いだ」
「乗り物酔い? だったらバランス感覚を養う魔法が効くかも。トロイア」
ウェンディが両手をナツの胸に当てると、ナツはパチッと目を覚まし、乗り物の上であるにも関わらず元気に動き出した。正直そんなに楽観的にいられる状況ではないのだが初めて何かを克服した時の幸福感はよくわかる。
「うぅむ……止め方が分からぬな」
「あんたたち、止めるとかどうとか言う前にもっと不自然なことに気づかない訳!? 操縦席は無い。王の間にも誰もいない。ブレインは倒れた。なのに何でこいつはまだ動いてるのかって事よ!」
「まさか自動操縦か!? 既にニルヴァーナ発射までがセットされていると!?」
「面倒なことになったな……」
だがそれ以外に考えられるか。残る可能性を考えてみよう。
一つ目、ニルヴァーナを止める鍵はブレインの撃破ではなく六魔全員の撃破である可能性。ブレインがボスであることに変わりはないが、ニルヴァーナを止める鍵になるのは六魔全員である可能性はある。現状リチャードとミッドナイトが残っているからニルヴァーナが止まっていないことも頷ける。
二つ目、ニルヴァーナが止まるのに時間がかかっているだけでまだ停止していないだけ。ブレインを倒したことでニルヴァーナへの停止信号は働いているが、これだけ大きいのだから止まるのに時間がかかっているだけ。これは希望的観測だ。確実に間違っている。
ううむ、どれだけ考えても悪い方向にしか思考が向かない。現状ニルヴァーナが動いている以上は早急に手を打たなければ。事が起こってからでは遅いのだ。
「……私たちのギルドが……」
「大丈夫だウェンディ。化猫の宿はやらせない」
「って言ってもどうやって止めたらいいのか分かんないんだよ?」
ハッピーに話の腰を折られる。恰好よく決めていたんだからそっとしておいてくれ。
「やはりブレインに聞くのが早そうだな」
「ジェラールなら……私、ちょっと心当たりがあるから探してきます」
「あっおい!」
ウェンディはそう言ってとてとてと走っていった。こんなところで個人行動なんて褒められたものじゃない。止めようとはしたのだが、ここにいる人達を置いて行って挙句ウェンディも見つからないという最悪の状況になるわけにもいかない。そんな中シャルルだけは慌てて追って行ってしまった。
「どうしちゃったんだろう」
ウェンディが消えたことに戸惑っている俺達の頭に直接声が聞こえてくる。その声の主はホットアイことリチャードだった。
内容はリチャードはミッドナイトとの戦闘の末敗れた為、戦闘不能になった。そして尚健在であるミッドナイトを俺達に倒してほしいとのことだった。ミッドナイトを倒せば、ニルヴァーナへの魔力供給が止まり、この都市が停止するはずらしい。ミッドナイトの居場所は王の間の真下。奴は六魔将軍でもかなり強い魔導士のようだ
「生体リンクで動いていたのか。とにかくこれを止めるにはミッドナイトを倒すしかない。行くぞ!」
俺達はニルヴァーナを止めるべく、すぐに王の間を降りていった。
「あそこか! よーし!」
ナツが勢い良く扉を開けた。その時既に俺達はミッドナイトに奇襲をかける為に前のめりで、目の前で扉を開けた途端に光った何かを確認することすら出来なかった。
「罠だ―――!!!!」
ジュラさんの声が響いた時には爆発は始まっていた。圧縮された爆発が解き放たれ、俺達は成す術なく罠に嵌ってしまった。
爆発が終わったが、爆風が煙を巻き上げて、何も見えない。だが幸い死んではいないようだ。身体のあちこちが痛む。まさかリチャードが裏切ったのか。
「ルーシィ?」
「あたしは大丈夫よ」
「ナツ?」
「おう!」
「ハッピー?」
「あい」
「ステルク?」
「……」
「ステルク?」
「……」
ステルクからの返答がない。その後ジュラさんの名前を呼んだがやはり返答は無かった。煙が徐々に晴れていき、俺達が無事な理由が判明した。
「ステルク!」
「おっさーーん!」
俺達の前に仁王立ちをしたジュラとステルクがいた。こんな爆発を間近で受けて無事なはずがない。俺を守ってくれる騎士のステルクがいなくなったら俺は誰を頼ればいいんだ。
「王子……ご無事で何よりです……」
「ステルク! どうして……」
「王子を護ることが私の役目。最期に役目を果たせて本望です……どうか先輩と無事に……」
最期なんて言わないでくれ。その言葉は最も聞きたくない言葉だ。その言葉を放った人達は皆俺の前を去っていった。せっかく再会できたのにこんなにも早く別れるなんてあんまりだ。
「お前は死なせない! 生きてアーランドに帰るんだ!」
「仰せのままに……」
ステルクは気を失ってしまった。ジュラも同様だ。身体の傷は酷く、助かるかは希望的観測をもってしても分からない状況だ。俺に出来るのはとにかく無事な場所に運んで二人の治療を急ぐことだ。
「手伝ってくれ! 王の間まで運ぶぞ!」
「おう!」
俺達は王の間まで二人を運んだ。そして救急治療ではあったが、傷を塞ぎ、止血を施した。それでも血が完全に止まっているとは言えない。このままでは命の保証は出来ない。
「お気遣いありがとうございます……」
「喋るな。まだ危ないんだ」
「やれやれ……ブレインめ、最後の力を振り絞って、たった二人しか仕留めれらんとは」
後方から声が聞こえてくる。ブレインの声でもなく、ミッドナイトの声でもない。怒り心頭の俺達は殴りかかる勢いで振り向いた。
しかし、そこに人の姿は無かった。全員に声が聞こえているので、幻聴などという訳では無い。どこを探しても敵の形は見えず、きょろきょろと見回しているとハッピーが上空を指差した。
「あそこ!」
指の差された方向を見ると、そこには人の姿ではなく、後光の差す杖が浮かんでいた。一般的な木の材質に先端にはインディアン風の飾り付けがされた髑髏。他に見回っても敵の姿はない。やはりこの杖が喋っているのだろうか。
「まぁミッドナイトがいる限り、我らに敗北はないが、貴様らぐらいは我が片付けておこうか」
杖が喋るという奇想天外な展開に困惑した俺達はこの杖が何をやらかすのか怖くて動けずにいたが、ただ一人人間とは少し違う感性を持ったナツだけは例外だった。
「あっこら何をするか!?」
「オラオラオラオラオラオラ!!!!」
「狂暴な小僧め。私は七人目の六魔将軍。クロドア」
ナツは杖の柄の部分を握ると力の限り叩きつけた。それも何度もだ。ニルヴァーナを止めるまで止めないと言わんばかりに叩きつけている。それより先に杖の髑髏が壊れてしまいそうな力強さだ。クロドアの自己紹介も聞かず叩きつけ続けている。六魔なのに七人目というのはよくわからない。というかどこからツッコめばいいのかわからない。
しかし隙を突いてナツの手中から抜け出したクロドアは再び定位置に戻り、ニルヴァーナの進行方向に目線を合わせた。
「そろそろ奴らのギルドが見えてくる。早めにゴミを始末しとかんとな」
「それって化猫の宿!?」
「その通り。まずはそこを潰さなければ始まらん」
「どういうことだ」
「貴様らもどうせ死ぬ運命。冥途の土産に教えてやろう」
クロドアから語られた化猫の宿の正体。それはこの古代魔法ニルヴァーナを作った古代部族ニルビット族の末裔で組織されたギルドであるというものだった。生み出したということは封印する術も知っているということであり、それを防ぐ為にブレインは真っ先に化猫の猫を破壊しようとニルヴァーナを差し向けたのだ。
ということはウェンディもその一族の末裔なのか。だが部族の末裔ならニルヴァーナを止める方法を知っているはずだし、全くの部外者なのだろうか。部外者だからその術を知らないまでは良いとしてもギルドの人たちはニルビット族の末裔であることを秘匿にしていたのだろうか。
「ニルビット族にニルヴァーナを照射し、奴らの心を闇に変える。そして殺し合いをさせるのだ。そこから我々の野望は始まる」
「下劣な……」
「何とでも言うがいい。もはや時間の問題なのだからな」
時を同じくしてエルザはミッドナイトと対峙していた。ジェラールと合流したエルザだったがミッドナイトに挑んだジェラールは呆気なく敗北。一人で立ち向かうも一方的な戦いは変わらず状況は劣勢であった。
そしてララン達と同じく化猫の猫の正体についてミッドナイトから聞かされていた。彼等の目的を下劣と断じたジェラールだったが、ミッドナイトはジェラールにその言葉を返す。
ジェラールこそ闇の塊であり、汚く禍々しい邪悪な男であると。操られていたとはいえ、子どもたちを強制的に働かせ、仲間を殺そうともした。ジェラールが不幸にした人間の数はどれだけいる、怯え、恐怖し、涙を流した人間がどれだけいると問うミッドナイトはジェラールに手を伸ばした。これは勧誘である。ミッドナイトからジェラールへの新たな六魔への誘いである。
その手を振り払うように言葉を刺したのはエルザだった
「私は……ジェラールの光を知っている」
「まだ立てるのか。噂通りだね。エルザ。壊しがいがある」
「貴様らのくだらん目的は私が止めてやる。必ずな!」
強い眼でミッドナイトを睨みつけるエルザ。その後方から一本の苦無がエルザの首の横をすり抜けてミッドナイトに向かっていった。しかしミッドナイトの魔法"屈折"により、その直前で苦無の軌道が変わり、通った道を帰るように反射された。
「あらやっぱり駄目ね」
「あ、貴方は……」
「私にも手伝わせない。この男がいるのは見逃してあげるわ」
「……ありがたい」
姿を現したのはニルヴァーナの反転現象から復帰したエスティだった。跳ね返された苦無を手に持った彼女はエルザの横に立つとミッドナイトを指さす。
「貴方の魔法。エルザちゃんたちとの戦闘で見ていたわ。向かってくる物、触れる物全ての角度を変えてしまう。確かにタネが分からなければ無敵の魔法ね。でも貴方の魔法には二つ弱点がある」
直後、エスティは自慢のスピードでミッドナイトとの距離を詰め、双細剣の一方でミッドナイトを切りつける。しかし当然ながらミッドナイトは動かずして剣の軌道を変え受け流してしまう。
エスティの本領はここからだった。剣が軌道を変えているうちに、左手に握るもう一つの剣を使い、右手の剣を振り切った勢いのまま回転切りの要領でミッドナイトの首を狙った。ミッドナイトは慌てて、仰け反る様に避ける。エスティはさらに回転し、右足から繰り出されるキックがミッドナイトの鳩尾を穿った。そのまま吹き飛ばされたミッドナイトは訳が分からないといった表情で壁にぶつかり、尻もちをついた。
「なに……?」
そこまでのダメージではないようだが、ダメージを与えられたというショックに震えるミッドナイト。対照的にしてやったりといった表情のエスティ。
「どう? 分かったかしら。エルザちゃん」
「……そういうことか。換装!」
にやりと笑うエルザはふわりとゆったりした装束に換装した。
「じゃあ答え合わせね。貴方の魔法の屈折は私の投げた苦無や剣は曲げられるけど人体は曲げられない。だから私のキックは受け流せなかった」
「そうだとしても本気を出せば衣服で君を絞め殺せるんだよ」
ミッドナイトはエスティの方に手を伸ばすとエスティの衣服がぐにゃりと曲がり、エスティを締め付けた。
「あいたたたた。エルザちゃん!」
「はぁっ!」
「ぐぁ!」
エルザは上空から大量の剣をミッドナイトに降り注がせる。ミッドナイトならば難無く屈折させ無傷でやり過ごすはずだが、攻撃は直撃した。
「これが二つ目ね。貴方が曲げられるものは一つだけ。だから私の二撃目は避けて躱した。ちなみに私痛がったけど、これ王子に作ってもらった伸縮自在の服だから全く痛くなかったわ。これを含めると弱点は三つかしら」
「ぬぅ……あと少しだったのに」
「もう勝負は着いたわ」
「あと少し早く死んでいたら恐怖を見ずに済んだのにね」
「え?」
不気味なミッドナイトの言葉に一瞬の静寂が広がる。そして何処からか鐘が鳴り響く。それは真夜中を告げる鐘。
エスティはそこで気づき、汗が一滴、こめかみを滴った。何故ミッドナイトという名を冠しているのか。そしてもう少し早く死んでいたらという言葉。真夜中を告げる鐘。全てが繋がった。
「真夜中に僕の歪みは極限状態になるんだ」
正しく闇と同化していくミッドナイトの姿はもはや人間ではない異形に変貌していった。鐘が鳴る度に巨大になっていく。腕に闇が流れ込み、脚に身体にと留まることなく大きくなる。
「ハハハハハハハハッ!!」
ミッドナイトは怪物と化した。エスティ達の四倍はあろうかという巨躯は見る者を圧倒する。あまりにも強大な魔力を前に立ち尽くすしかないエスティ達は一生懸命に一歩後ろに下がった。
ミッドナイトは右手を振りかぶって襲い掛かってくる。ニルヴァーナの一部が損壊するほどの強力な一撃で吹き飛ばされたのも束の間、太く伸びる爪にジェラール、エスティ、エルザの全員が身体の中央から貫かれる。そこからは蹂躙するような死が三人を待ち受けているのだ。
「ハハハハハハハハ!!!!」
次の瞬間、ジェラールは目を覚ました。素っ頓狂な声を上げるミッドナイトが真っ先に目に入った。その姿は身体をX字に斬られている。そしてミッドナイトの後方には斬り捨てたエルザ、エスティ両名が納刀した姿があった。
「僕の幻覚が効かないのか……」
「幻覚なんて見飽きたわ」
「私に目から受ける魔法は効かない」
「そ、そんな。僕は最強なんだ……父上をも超える最強の……六魔。誰にも負けない……最強の魔導士」
その言葉を最後にミッドナイトは遂に倒れた。最後は天に助けを求めるように手を伸ばしていた。
「誰にも負けたくなければ、まずは己の弱さを知る事だ。そして常に優しくあれ」
「やったわね。エルザちゃん」
「助かりました。エスティさん。見事な洞察力でした」
「大人だからね!」
場所と時は少しだけ戻り、ララン一行はちょこまかと動き回るクロドアに振り回されていた。ナツの手をすり抜けた後は誰にも捕まらずに動き回り、男たちの頭を叩いたり、ルーシィのパンツを覗いたりしていた。しかしある時ぴたっとその動きが止まった。
「む……六魔が……」
実はこの時、エスティとエルザがミッドナイトを倒したのだ。つまりこれで六魔将軍は全滅した。クロドアはそのことに気づくと途端に震えだした。
「なんだよ」
「あわわあわ……ブレインにはもう一つの人格がある」
クロドアは喋り始めた。
知識を好み、ブレインの名を冠する表の顔と破壊を好み、ゼロの名を冠する裏の顔がある。それは余りに強大すぎた為、ブレイン本人が六つの鍵として封印した。それが六魔将軍。ブレインの顔の紋章はそのカギであり、魔が一人倒れるごとに一つ消えていた。生体リンク魔法により、封じられたゼロの人格は六つの魔が崩れる時再び姿を現す。
そして気を察したクロドアは地面に頭を擦り付けた。
「おかえりなさい! マスターゼロ!」