アランヤ村に来てから六日が経った。トトリに錬金術やデュプリケイトを教えたり、ツェツィと一緒に料理をしたり、ギゼラさんと魔物退治に行ったり、グイードさんの船建造を見物したり、実りの多い日々だった。
「ツェツィの料理は本当に美味しいよ」
「ありがとうございます。でもラランさんは本当に料理が下手なんですね。ふふ」
「したことないからな……」
ツェツィさんとの料理は醜態の連続だった。ほぼ初めての料理だったから加減が分からずに失敗続きでツェツィさんの介護によって出来上がった料理も食えたものでなかった。錬金術の料理ならこうはならないのに。
「トトリ、どうだ出来るようになったか?」
「はい! こう、ですよね」
一週間もせずにトトリはデュプリケイトを習得しつつあり、錬金術も上達していた。やはり十代の成長期は全てにおいて伸びが大きいのだろうか。身体の成長はまだ来ていないようだがこれからだろう。
「ギゼラさん、この辺りの魔物は中々強いようですけどいつもお一人で?」
「いやいやもう一人メルヴィって子がいるんだけど今は遠方に出て行っててね」
「じゃあ今日は俺が手伝いますよ」
「それはありがたいね。全く寄る年波には勝てないよ」
ギゼラさんの剣の腕前はピカイチだった。フィオーレよりも狂暴な魔物たちをばったばったとなぎ倒していく。寄る年波には勝てないと本人は言うが、正直俺抜きでも全く問題ない強さだった。これらの魔物は依頼が出されていた地区に証拠として差し出す。それでもって褒賞を貰うのだ。
「漁船はグイードさんが全て作ってるんですか?」
「ああ。だいたいな。ギゼラが毎回壊すから大変だ」
このグイードという男。ギゼラさんの旦那である理由が分かる気がする。普段は温厚で娘たちから認識されないほど影が薄いなよっとした感じの男性だが、いざ船造りとなれば顔から姿勢まで全てが変わり男らしい漢になる。それでいてこの村の造船の全てを請け負っているというのだから凄さは計り知れない。
「それでどう? この村」
「皆本気で生きてる。明日の生活の為や未来の生活の為に。ぬくぬくと育ってきた俺が馬鹿らしいよ」
「あたしもそう思う。でもここでの話を早くギルドの皆に話したいな。皆こういう場所好きそうだもん」
「この村は一つのギルドのようなものなんだろうな。一人一人が助けあって支え合っている」
「ふふ、あたしここにここに来られてよかった。ありがとねララン!」
「ララくーん、ルーちゃーん! 早く帰ってこないとご飯無くなっちゃうよー!」
家の外で星空を眺めて話し合っていた俺とルーシィは、家から出てきたロロナに呼びかけられる。このヘルモルト家で夕食を取る。ここでの生活はギルドとはまた違う家族の形を見せてくれている。夕食を誰かと取るというのはいつぶりだっただろう。さらに言えば誰かがご飯をよそってくれて、また俺が誰かのご飯をよそって、今日あったことを話して、笑顔が溢れる。この空間に生まれた時から憧れを抱いていた。
「あのラランさん。ちょっといいですか」
「どうした」
夕食が済んだ後、ツェツィが皿を洗っている時にトトリに呼び止められた。少し俯き加減で後ろめたいことがありそうな表情だ。俺達は家を出てすぐの井戸まで移動した。
「あ、あの……外の世界の話を聞かせてくれませんか?」
「外の世界?」
「私、昔は身体が弱くて、今もお姉ちゃんに心配されて村と近くの入り江までしか行ったことなくて……いつも眺めている海の向こうや家の高台から眺める大地はどうなってるんだろうって考えるんです。今は村のことが一番ですけど、いつか村を出て冒険がしてみたいんです」
「そうだったのか。外の世界ね。全てが謎に包まれた機械の塔や小麦が生い茂る黄金の平原、常に夜を纏い続ける場所。この世にはそんな場所が実在する。この世は不思議な場所に溢れてるよ」
「わぁ……言葉にするだけで面白いですね! 行ってみたいなぁ……」
「もしもその時が来たら妖精の尻尾に来ると良い。仲間が君を待っている。錬金術は魔法にも負けない武器だ。魔導士にだって勝てる。これをトトリにプレゼントしよう」
俺は背負っていた杖の一本をトトリに握らせた。トトリはその杖を両手に握ると強い眼差しでコクリと頷き、背中に杖を背負った。キラキラと光り輝く杖は純真なトトリを更に引き立てるように彩った。
「その杖は精霊の杖。聖なる力を付与された杖でトトリの強力な武器になるはずだ。今はツェツィやギゼラさんに心配されているかもしれないが、錬金術を駆使してその杖を使えばきっと皆を見返す力になる」
「私の武器……ありがとうございます!」
「外の世界について知りたいなら俺が仕事で行った場所の話でもしようか」
「はいっお願いします!」
「そうだな。まずは住民が悪魔になってしまう島があってな……」
その夜、俺はトトリに仕事で出会った人々の話、珍しい場所の話、アーランドにある場所の話をした。好奇心に胸を躍らせるトトリの目はキラキラと輝いて全てを照らすような明るさを誇っていた。
翌朝、気付けばアランヤ村に滞在する最終日になっていた。今日の昼の定期便でハルジオンに帰ることになる。この一週間、フィオーレとの日々とは全く異なる日を過ごした。こうしてルーシィやロロナと布団を並べて寝て起きるのも最後だ。横にはまだロロナとルーシィが眠っている。起きるにはまだ早すぎたか。だが目が冴えてしまうともう一度寝るというのは難しいもので、俺は立ち上がって階段を降りてリビングに出た。
「あら? ラランさん早いですね」
「こんな早くから朝食を?」
「はい。皆起きた時にすぐに出してあげたいですから」
まだ朝陽が上り始めたばかりの早朝に台所に立つツェツィは一人で黙々と朝食の準備を始めていた。慣れた手付きで材料を切り、調理していく。だんだんといい匂いが漂ってきて、ついこちらの胃も反応してしまう。
「ラランさん達は今日帰るんですよね。一週間早かったなぁ」
「また来るよ。アーランドは俺達の故郷だ。いつかまた大きなアーランドを築くために必ず来る」
「え?」
「いや、こっちの話。少し朝の散歩に行ってきます」
「あ、はい。今朝は霧がかかっているので気をつけてくださいね」
ツェツィに言われたことを気にかけつつ、家を出た。街の中までは薄い霧が覆っている程度だったのだが、入り江に近づくにつれて霧が濃くなっていった。入り江に出る途中の森の中では前が全く見えないほどの濃霧になっていた。流石に危険かと思い、引き返そうとすると前方に人影が見えた。
「ん? 人?」
「おや? 誰かと思えば時期王と名高いジオ様の御子息ではないか」
「アストリッド……!? 生きてたのか! 良かった!」
「む? どうした。そんなに馴れ馴れしく接してくるような仲ではないだろう」
「……?」
霧の中に突如として現れた女性は俺とロロナの師匠であるアストリッド・ゼクセスに違いない。風貌や服装、仕草まで本人である。しかし彼女の言動だけは俺と接していた初期の頃のような態度になっている。
「最近はロロナの手伝いをしているようだが何を企んでいる。まさかロロナに色目を使っているのではないだろうな。それだけは絶対に許さんぞ」
「どういうことだ……」
「そうよ! あんた最近ロロナにべたべたしすぎなんじゃない!?」
「クーデリア!?」
そしてまた背後から現れたのはロロナの親友であったツンデレ貴族お嬢様のクーデリア・フォイエルバッハ。その姿は10年前から変わらず小さいままだ。身長が変わらないのは不思議ではないが顔すら全く成長していない。困惑していると霧から次々に人が現れる。
「全くキャベツ税なんてどうかしてるんじゃないか?」
「イクセル……」
「君たちに振り回されていたら美しい華の声に気が付けないよ」
「トリスタン……」
彼らは俺を囲うように現れ、じりじりと俺との距離を詰めてくる。彼らの声は木魂し、脳に響き渡るように、だんだんと俺を責めるような口調になり、言葉になっていく。まるで心が攻撃され、実際に痛みを伴っているようにすら感じ始めた。
「お前がだらしないからアーランドはああなってしまったんじゃないのか?」
「私の息子として国を守れなかったことは恥ずべきことではないのか?」
「あんたがもっとしっかりしてればアーランドは亡くならなかったわ」
「国民を守れない王子なんて信用ならないぜ」
「美しい国が灰燼に帰してしまったのは君の責任じゃないのか?」
「やめろ……俺は……やめろ!!」
俺は手を振り回して彼らを遠ざけようとしたが彼らはますます迫り来た。彼らの目は赤く光り、何倍にも大きく映って見えた。感じる恐怖も増していき、ついには腰が抜けて尻もちをついてしまった。それでも何とか逃げようと手を振り回しながら這っていく。彼らの声に聞こえないふりをしながら必死に這った。
「助けてくれ! 誰か!」
喉が裂けるほどの大声で助けを請うた。しかし返答をするのは怪しく目を光らせる彼等だけだ。彼らは念仏のように誰も助けない、お前は誰も助けられないと口を揃えて言う。
「うぅ……!」
俺は抜けた腰を何とか奮い立たせ、立ち上がると、来たはずの道を走った。しかし一向に彼等との距離は遠ざからず、そして不思議にも霧も晴れる気配は無かった。
「逃げ場がない。話も通じない。戦うしかないのか……」
剣に手をかけ、ポーチを探る。彼等と相対した時その手はだらんと下に垂れた。勝てないのだ。俺がどう工夫して機転を利かせた所で剣では父に勝てず、錬金術ではアストリッドに勝てない。体術のトリスタンとイクセルが近接でクーデリアは遠距離から銃でこちらを狙うだろう。勝てるビジョンが全く見えない。
「お前は私たちを救わなかった救えなかった。誰もお前を助けない」
「一人だけ助かってのうのうと暮らす気分はどうだ?」
「うっ……俺はそんなつもりじゃ……」
尚も迫り来る彼らを前に俺は一歩を踏み出すことが出来なかった。それどころか後ろに一歩後ずさりしてしまった。俺にはまだ彼らと向き合う勇気が無かった。彼らに対する罪悪感とこうして生きていることの後ろめたさが心の根底にへばりついたまま生きてきた。俺はこのまま生き続けてもいいのかと考える日もあった。
「俺は……俺は……」
「ララーーン!」
「ルーシィ!?」
背後から霧を突き抜けて飛び込んできたルーシィはすぐに腰の鍵に手をかけてバルゴを召喚した。それに続いてロロナとギゼラさんが霧の内部に侵入してきた。
「この辺りでは極稀に幻覚を見せる霧が発生するのさ。霧を払う方法は幻覚を全て消すことだけなんだよ」
「幻覚……?」
「うん。あの師匠はくーちゃんは偽物だよ。はやくやっつけちゃおう!」
「やっつけるって俺が勝てる訳ない……」
「逃げちゃダメだよ! もうララ君は弱虫じゃない」
「俺は……そうだ……俺はもう弱虫じゃない……!」
俺は決意を持って、彼らと向かい合った。そして三人と共に戦闘の末、幻覚に勝利し、霧を振り払うことが出来た。三人が来てくれなかったら俺はどうなっていただろう。最悪命を落としていたかもしれない。
家に帰った後、ツェツィさんには申し訳なかったが食事を取る気分になれず、家の外の井戸の淵に腰掛けて潮風に当たっていた。しばらく切っていない伸びた髪がそよぐ。風が目を乾燥させる。思わず瞬きをした時には涙が零れる。そこへ食事を済ませたルーシィが駆け寄って同じく井戸の淵に座った。
「あの四人ってラランの知り合いなの?」
「あぁ。眼鏡の女性は俺とロロナの師匠のアストリッド。ナツに似たピンクの髪はイクセル。ロロナの手伝いを一緒にしていた。帽子のイケメンはトリスタン、任務でロロナの邪魔をするように命じられたんだが、いろいろあって手伝いをしていた。そして髭のコートの男は俺の父。ジオ」
「話には聞いてたけどあんな見た目なんだね。あんまりお父さんと似てないのね」
「昔から言われたよ。ジオ様の息子なのにって……」
「あっごめん。そういうことじゃなくて……」
「ロロナと話してたの聞こえてたろ。俺は弱虫だ」
俺は王であるジオの息子として生まれた。だが母の顔は知らない。俺を生んだ共に亡くなったと聞いている。母のことは聞くなと父に言われていたから特に聞いたことは無い。俺は父の息子として、王の一人息子として重大な責任をもって育てられた。礼儀作法から教養、剣術や槍術の武術を教え込まれた。
「だが俺には天賦の才も努力の才も無かった。礼儀作法はぎこちなく、教養の覚えは悪い。武術は父と比較され、勿論足元にも及ばない力量だった。それでも父やエスティ達は俺を愛してくれた。俺はそれに感謝しながらも、重圧を感じていた。俺は権力にすがるしかない弱虫だった」
「そんなこと……」
国の再開発方針によって大臣主導でアトリエの取り潰しが決定した後、アトリエの存続をかけてロロナが3年間の任務をこなすことになった。俺とステルクが審査の担当になったが、俺は弱さを見られるのが怖い余り、高圧的に接していた。その時の俺は自分は偉い、強いと思い込むことでしか自我を保つことが出来なかった。
だがロロナ達と接することで俺は初めて自分の意思で動くようになった。極めつけは錬金術だ。初めて自分からやりたいと思えることだった。だから楽しかった。レシピを覚えようと、新たに開発しようと必死になれた。だから今もやめられない。
「あれから十年だ。十年経って幻覚とはいえ彼らと対峙して俺は助けを請い、地を這い、逃げることしか出来なかった。俺はまだ弱虫だ……」
「そんなことない! ラランは何回もあたしを守ってくれた! 皆を守ってくれた。身を挺して、危険を冒して。ハルジオンで初めて会った時は船まで助けに来てくれた。ハコベ山では連れ去られたあたしをバルカンから守ってくれた。エバルーの所ではエバルーに捕まったあたしを助けてくれた。幽鬼の支配者との戦いでは誘拐されたあたしを助けてくれた。ロキが死んじゃいそうな時はあたしに魔力を貸してくれた。エンジェルとの戦いではあたしを庇って最後の一撃を受けてくれた。たくさん助けてもらってるの。ラランは弱虫なんかじゃないよ!」
「ルーシィ……ありがとう」
「っていうかあたしピンチになりすぎかも」
「いいんだよ。ピンチになったら絶対俺が助けてやる」
この日、俺達は再びアーランドを出発する。この小さいながらも活気に溢れる村を。トトリという少女は将来強くなるだろう。彼女はあの時の俺より既に強い。逸材だ。
そして森で見た幻覚たち。トラウマを思い出すような体験だったが、俺の決意はさらに強くなった。俺達は定期便に乗って、ギルドへの帰路に着いた。世話になったトトリやツェツィに手を振りながら。トトリの背中には授けた精霊の杖が光っている。
「くるっぽー」
「鳩?」
アランヤ村からハルジオンへ帰る船上。一羽の白い鳩が俺の腕に止まった。その鳩は手紙を運ぶ伝書鳩で足に手紙を巻きつけていた。そんなことをする人物と言えば一人しか思い浮かばない。ステルクだ。白い伝書鳩といえばというようなイメージすらある。そして肝心要の手紙の内容はというと。
『お譲りするものがございますのでお気を付けてクロッカスまでお越しください』
譲るもの。頭を傾げる内容だが俺は手紙をポケットにしまい、ロロナとルーシィにそのことを話した
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