今日はアランヤ村からハルジオンへ移動した翌日。流石に三週間の移動を終えた後にまたすぐクロッカスに移動するのは酷だったのでハルジオンに宿を取り一泊した。
次はどこへ向かうのか。先日も仕事や所用で赴いたクロッカスだ。フィオーレ王国の首都であり、その街や王宮の絢爛さから華の都とも呼ばれる大都会だ。フィオーレでは地方都市レベルのマグノリアとはレベルの違う都市である。
ではなぜ向かうのか。それは何とも言い難い。ステルクからの手紙によれば譲りたいものがあるから来てほしいとのことだった。とすれば、その譲りたい物というのを貰いに行くというのが正しいのだろう。
宿までは一緒だったロロナとルーシィは一足先にギルドへ帰っていった。というか目を覚ましたら既にいなかった。俺が起きたのが既に昼を回っていたというのが原因の一つかもしれないが。
何はともあれ、準備を整えて、ハルジオンの駅へ向かった。ハルジオンからクロッカスへは列車を使って移動する。一人の旅は楽でいい。寝ていれば勝手につく。ナツの乗り物酔いの面倒も見なくていい。少し寂しいこともあるが。
列車を待つ間は荷物が重く感じられる。そんなに多く荷物を詰めている訳でもないのに。しばらくして列車が到着すると、それに乗り込み、座席に腰を降ろす。ここから数時間の列車旅だが俺は眠っているだけだ。
「ふぁ~あ。よく寝た」
目を擦りながら列車を降りる。駅の時計を見ると確かに移動した時間が経過している。何故寝ている時間というのはあんなに早く時間が過ぎるのだろう。
それにしてもクロッカスは人が多いし駅も大きい。どの人も早歩きで目的地へ向かっていく。駅も幾つもの出口から成り、どこから出ていいか分からない。以前は列車を降りたところでエスティが出迎えてくれたから道に迷うことも無かったのだが、今回はそうもいかない。
何とか出口まで辿り着き、辺りをぐるっと見回した。あれだけ大きな王宮なのだからすぐに見つかるだろうという考えだ。実際すぐに王宮は見つかった。しかし俺が出た出口は王宮へ向かう為の出口とは反対側の出口だったようだ。
「あ、お待ちしてましたよ」
ようやく王宮の門前まで辿り着くとエスティが待っていた。王宮に入るには許可がいるらしくエスティが案内をしてくれた。廊下を暫く歩き、応接室に案内された。
それにしてもエスティはこの王宮でもそれなりの地位を築いているのか、それともただ恐れられているのか、すれ違う兵士や職員たちに頭を下げて挨拶をされていた。
「お待ちしておりました」
応接室に入ると憂い気な顔をしていたステルクが立ち上がって頭を下げた。俺はステルクに対するように席に着き、エスティはステルクの横に座った。ステルクはずっとため息をついている。
「さて……譲りたい物というのは?」
「はい……こちらです」
ステルクは一振りの刀を机に置いた。どこかで見たことがあるような無いような。やはり見たことがあるような気がする。
「この刀は名刀具羅無。アーランド最高の一振りで、ジオ様が所有者でありました。数年前のアーランド調査で発見された物です」
「……!?」
「本当は六魔将軍討伐の前に渡そうと思っていたのですが、王子の精神状態を考えた時と私たちの中で踏ん切りがつかなかったということもあって遅れてしまいました」
この時、俺の中で一つの諦めがついた。あれだけの大災害を受けて、全員が生きているとは現実的には考えにくい。特に俺の目の前で災害そのものとも呼べるあの竜に立ち向かった2人については信じるだけで、心の隅では諦めの気持ちもあった。だが彼等が言葉に出さずとも、その俯き加減やたどたどしい言葉の繋ぎでそういうことなのだろうということは分かる。そして父上が使っていた刀がこうして発見されたということもまた一つ。
「見つけてくれてありがとう……」
「具羅無が発見された時からいつか王子と再会できた時に受け渡そうと思っておりました。しかしこの刀は大業物であり、妖刀でもあります。使う際はお気をつけて」
「妖刀?」
俺は具羅無を手に取る。するとまるで魂が吸い取られるような感覚に襲われる。恐怖にも似た感情に思わず刀を放り投げるように手放してしまう。これが妖刀と呼ばれる由縁らしい。全ての物を切り裂く代償として使用者の精神を蝕む。強靭な精神力を持った父にしか使用できなかったのも頷ける。
「発見した調査員たちがこの刀を持った途端に眠る様に倒れ込むなどと報告されており、消耗の激しい力が秘められているようです」
「だが父が持っていたならば、俺が継ぐ。この刀は貰っていくぞ」
「元より譲るべきものですから。今日は王宮に泊って行かれますか?」
「あぁ。そうだな。移動の連続で少し疲れた」
俺は具羅無を杖と同様に背中に引っ提げ、ステルクとエスティに案内されるまま宿泊室に足を運んだ。荷物を降ろし、具羅無と向き合う。普段は仕込み杖を武器としていた父が所有していた数少ない刀だ、それも最上級のもの。鞘から抜き、刀身を露わにすると力が更に持っていかれるのを感じる。刀身は刃毀れの様子もない。あの竜と戦った時には使用していなかったのか、それとも誰かが手入れをしているのか、はたまた竜と戦って尚刃毀れしないほどの刀なのか。
「この力があれば……」
輝く刀身を見て笑みがこぼれる。新たな力を得るのは悪い気分ではない。明日の出発に向けて、具羅無を仕舞い、ベッドに入った。
「じゃあな。また来る」
「王子もお気を付けて」
「また会いましょうね。今度は皆で来てください」
ステルクとエスティの見送りを受けて列車に乗り込んだ。また眠って居ればすぐに着くからと俺は列車が汽笛を鳴らして出発した数分後には目を閉じていた。
「……なんだ?」
けたたましい音が鳴り響いている。乗客も何やらざわついている。無理に起こされて若干不機嫌だったが、列車のカーテンを開けて窓を開けると強い風が吹き込んできた。ゆっくりと目を開いて景色を見て見る。
「なんだ……これ……?」
目の前に広がるのは真っ白で何もない平原だった。止まった列車がこれから進むであろう線路も途切れている。はっとして時計を確認するとクロッカスからマグノリアまでの移動時間は既に過ぎている。隣の乗客にここはどこかと尋ねると、マグノリアだった場所という回答が返ってきた。
「どうなってるんだ」
俺は窓から列車を飛び降り、マグノリアの門があった場所に辿り着いた。マグノリアだけが綺麗に刈り取られたように消え去っている。街から少しでもずれた場所には変わらず草木が生い茂っているのがまた不気味だ。
「ん?」
ふと上空を見上げると、マグノリアの上空だけ雲が無く、螺旋状に渦巻いている。まるでマグノリアを吸い込んだかのような形状だ。この街からは建造物のみならず人までもが全て消え去っている。これだけの規模を突然消し去るというのは不自然極まりない。どこか違う場所に転移させたと考えた方がまだマシだ。
「魔力も感じられない。この街から魔力が消えている」
怪しいのはやはりあの雲の上だ。ポーチから絨毯を取り出し、あの雲へ一直線に向かった。全魔力を注ぎ込んで全速力を出して目を瞑って雲に突っ込んだ。雲に身体がぶつかった感触がした、しかし次の瞬間にはとても硬い物に頭からぶつかっていた。目を開けると薄暗い独房にいた。
状況から言えば、俺はあの雲を突き抜けて、何故かこの独房の天井から落ちてきて、床に頭をぶつけてた。目の前の鉄格子の前には看守が2人。驚いた様子でこちらを覗いている。そりゃいきなり独房に人が現れたら驚くだろう。でもなぜ誰もいない独房の前に看守がいるんだ?
「お、おい本当に来たぞ」
「お、俺、報告してくる!」
看守の一人は慌ててどこかへ行ってしまった。もう一人はそれを待つ間、俺の顔をじっくりと見ている。
「ここどこですか?」
「そ、それは言えませ……言えない! もうすぐ出してやるから大人しく待っていろ!」
「えぇ……」
俺は独房にあったベッドに腰掛けて大人しく待つことにした。どうやら彼らの中で俺の登場は決まっていたことらしい。未来予知のような魔法が使える人間がいるのだろうか。そうして待つこと数分、先ほど出て行った看守が戻って来て、もう一人の看守と話し込むと、独房の鍵が開かれた。
「出ろ。王がお待ちだ」
「王……?」
「一応だが手錠と目隠しを付けさせてもらう」
一方的に為されるがまま手の自由と視界を奪われた。王というのは王様という意味であっているのだろうか。だとすればここはどこかの国の独房ということになる。フィオーレ以外に考えられる国などほとんどない。だがあの雲を突き抜けたらフィオーレの独房に繋がっているとも考えづらい。
看守が部屋の前で立ち止まると、連れられている俺も一度止まる。部屋に入り、俺は強制的に地べたに座らされる。正座のような状態だ。もちろん錠をかけられている手も地面につけられている。
「ヘルメス王。例の者をお連れしました」
「そうか。下がっていろ」
「はっ」
看守が敬礼をして下がっていくと王と思しき人物が近づいてくる。音の遠さや響きからしてそれなりに大きい謁見室。そして階段を下る音だ。
「まずは目隠しを取ってやろう」
王は背後に回ると、結ばれた布を解いてくれた。そしてゆっくりと目が開かれ、正面にいた王の姿に俺は一粒の汗を流した。
「俺……!?」
「こんにちは。もう一人の私。そしてようこそアーランド王国へ。私はアーランド王国第19代国王リードルック・ヘルメス・アーランドだ」
目の前に現れたのは俺と同じ顔と体を持つ人間だった。頭には王冠を付け、国の紋章が刻まれたマントを羽織っている。まさに絵に描いたような王の様だ。
困惑する俺とは反対に余裕綽々と言った様子で目隠しの布を捨てると階段を登って玉座に座った。足を組み、肘置きに肘を置いて頬杖をつく。俺は彼に触れられた時から何故か身体が動かない。その為両手、両膝を地面につけたまま、彼を見上げることしか出来なかった。
「まぁ束縛は必要ないと思うが一応だ。さて君は大変混乱しているだろう。ララバンティーノ・ランミュート・アーランド。知りたいことには全て答えよう」
「……ここはどこだ。どうして俺と同じ顔をしているんだ。どうして名前を知ってる」
「一気に聞くんじゃない。一つずつだ。ここはアーランド王国。私と君は同一人物だからだ。そして君のことはずっと監視していたからだ」
「アーランド王国は亡くなったはずだ」
「亡くなった? あぁ君の世界ではね。ここは君の世界とは違う世界だ。君たちの世界はアースランドと呼ばれるが、この世界に名前は特にない。ただ、この世界には既にエドラス王国とアーランド王国が世界の実権を握っている。
君はマグノリアの街の上空に現れた穴を突き抜けただろう? そしてこの世界に来た。本来アニマを通じて世界を移動すればこちらのアニマの場所に移動するが、君を監視していた私は君がここの地下牢に移動するように仕掛けをしておいたんだよ」
「悪い。もっと分からなくなった。アニマって何だ」
「そうかアニマも分からないんだった。アニマとは君の世界からこの世界に魔力を吸収する超亜空間魔法のこと、君が突き抜けた穴はアニマの残滓だ。隣国のエドラスという国が国策として実施している」
「そのアニマってのがマグノリアごと吸い取ったってのか? てか何で魔力を奪うんだよ」
「端的に言えばそうだな……世界の仕組みが違うからだ」
「世界の仕組み……?」
「そう。この世界には空気中に魔力がない。故に人が魔力を持つことも無い。この世界でいう魔法とは体内の魔力を消費して炎や氷を出すことではなく、魔力を含有したラクリマを武器と組み合わせた魔法武器のことを言う。だがそれは使えば使うだけ無くなっていく。魔力は有限なんだ。それとアースランドの人間もこの世界では魔法が使えなくなる。魔力の生成が出来ないからだ。
そしてこの世界では既に魔力は失われかけている。枯渇し始めた魔力を補うには別世界から奪うしかない。そこでエドラス王は6年前からアニマを実施していた。がしかし思ったような成果は出ていなかったらしい。それはある人物がアニマを塞いでいったからだ」
「随分勿体ぶった言い方だな。誰が塞いで回っていたんだ?」
「君のギルドのミストガンという男だ」
「ミストガン……!? あいつは……こっちの世界の人間だろ」
と言いつつもミストガンのミステリアスな部分を考えると、納得をせざるを得ないような気もしてくる。
「ミストガン、それはアースランドの名前だ。あいつの本名はジェラール・エドラス。エドラス王国の王子だ。奴も体内に魔力を持っていない。事実どんな魔法を使うのか知らないだろう」
「確かに……」
「奴は私と協力関係にある。そこで君を呼び出したわけだ」
「お前の駒になれって?」
「その通り。私の野望は現エドラス王体制の崩壊とジェラールによる新エドラスの建設。そして新エドラスとアーランドの同盟締結による世界平和だ。魔力無き世界を私は目指している。そして君はラクリマとなって魔力を吸収される運命にある妖精の尻尾の皆を助けなければならない」
「皆がラクリマに!?」
「あぁ。確かな情報筋からついさっき届いた情報だ。君を動かす為の餌ではないが、伝えておいた方が良いと思ってな」
「早く言えそれを! でも一つ気になることがある。俺達の世界から魔力を奪うまでしてるエドラスにアーランドはどうやって張り合ってるんだ」
「アーランドは錬金術と機械の国。必要なのは魔力ではなく知識だ。機械兵の導入によって民を守り、錬金術により生活は便利に、そして豊かになった。それこそエドラスに負けないくらいに」
「なるほどな。とにかく俺は仲間を助けに行かせてもらう」
「それは助かる。君以外にもアースランドからの侵入者を確認している。三名ほどだが既にエドラス王都に向かっているようだ。上手く合流できることを祈っている」
「分かった! どこから行ける!?」
「お前が来た地下牢のベッドの下にトラベルゲートがある。そこを抜ければエドラス近郊の森の小屋に出る。そこから大きな街が見えるはずだ。もしもエドラス王都に潜り込むことが出来たら中央広場のラクリマを目指せ。そこにもう一人の私の協力者がいる」
「分かった。最後に一ついいか?」
「あぁ。何でも」
「俺はアースランドでは王子で父が国王だった。だがこの世界では俺が王になっている。父はどうしたんだ」
「父上は私が追い出したよ。王の責務も果たさずフラフラとしている父に王は任せられない。確かに武力は超一流だが国王としては三流も三流だったな」
「……そうか。もう行く」
ララバンティーノ・ランミュート・アーランドよ。私の駒となりエドラスを駆けろ。他のアースランドからの刺客はナツ・ドラグニル、ウェンディ・マーベル、ルーシィ・ハートフィリアか。それにエクシードが二匹。父上、そっちの3人と2匹は頼むぞ。
まだ巨大ラクリマから魔力が抽出されるまでは十分に時間がある。あとは彼らの力量次第だ。エドラス王都の隊長クラスと渡り合えれば十分。特にパンサー・リリーとエルザ・ナイトウォーカーは危険だ。一人で立ち向かわなければいいが。
「行かれましたか」
「ステルク。もう一人の私はやってくれると思うか」
「アースランドのヘルメス王ならば必ず。それにしても父を追い出したなんて何を言い出すかと思えば」
「勝手の良い嘘だよ。国から追放された父が偶然にも仲間の補佐をしており、さらにまた偶然にもエドラス王都にて父と感動の再会。全く私は何という脚本家だろう」
「貴方という人は……王とは違った意味で問題児ですよ」
「アニマによる巨大魔力の吸収は私たちに大義名分を与えてくれた。この機に乗じて世界を一つにするのだ。後はジェラールや私の活躍に期待しよう」
「すべての話を聞いていたわけではないのですが、エクスタリアの話はされましたか?」
「あっ……私としたことがもう一人の私と会ったことに興奮して忘れていた」
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