少し時は遡って、ナツとウェンディもアニマの魔力吸収から難を逃れていた。そして彼等もまた失った仲間、街を取り戻すためにハッピー、シャルルの翼の魔法によって、エドラスに突入していた。
「ここがエドラス……」
「ここがシャルルとハッピーが生まれた場所なんだね……」
島が浮き、未知の木々が生い茂るまさに異世界に立ち入った彼らはそのまま翼で移動をしようとしたが、突入した直後、翼はパッと消えてしまった。空を飛ぶ手段を失った彼らはそのまま急転直下、地面に叩きつけられた。
「いたたた」
「この世界で魔法は使えないって言ったでしょ。でもちょうどどこかの倉庫みたいね。変装衣装を貰っていきましょ」
シャルルの進言により、二人と二匹はこの世界に紛れ込む為の衣装を身に纏い、倉庫を出た。辺りは一面を背の高い木々が覆っており、右も左も分からない状況であった。
「でも私たちここからどこに向かえばいいんでしょうか。シャルル、何か分からない?」
「私もこの世界に来たことは無いし分からないわよ。でも歩き始めなきゃどこにも行けないわ」
「あ、ねぇナツ、あっちから誰か来るよ」
ハッピーが指さした方向を皆が一斉に振り返る。その方向からは杖をつきながら歩く壮年の紳士の姿があった。マントを靡かせ、堂々と闊歩する姿には気品が溢れ出していた。
「おや? 君たちのような年端もいかない少年少女と……猫かな? がこんな森の中で何をしているのかね。ここは危ないぞ」
「あ、あの私たち、道に迷ってて……妖精の尻尾って知りませんか?」
「妖精の尻尾……? なるほど。付いてきなさい。案内してあげよう」
「やったね! シャルル! あのおじさん知ってるみたいだよ」
「こんなホイホイ付いて行っていいのかしら。まぁ他に当ても無いけど」
くるりと踵を返して、歩き始めた紳士にウェンディとシャルルが付いていく。ハッピーもナツのズボンの裾を引っ張ったがナツは紳士の後姿を見つめたまま動かない。
「どうしたのナツ?」
「あのおっさん。滅茶苦茶強えぞ……」
「え?」
「きゃああああ!!」
ナツがそう言った直後、木々の合間を縫って巨大な獣が現れる。ウェンディは思わず悲鳴を上げて、尻もちを突いてしまった。腰が抜けた挙句、恐怖のあまり、動けずにいた。
「ふむ。この場所ももう危ういか……」
紳士は獣を睨みつけた後、杖に仕込まれた剣を抜き、目にも止まらぬ斬撃で獣を伸してしまった。あまりに一瞬の出来事だった為にウェンディも何が起こったのか分からず、ただ茫然と差し伸べられた紳士の手を取るだけだった。
「おっさん、何者だ」
「私か? 私は世界を放浪する隠居の身だ。それ以外の何者でもない。さぁ行こう。そう遠くはない」
戦闘を終わらせた紳士はナツの方を向いて、その蓄えた髭を触りながら言った。尻もちをついたウェンディに手を差し伸べ、立ち上がらせるとまたすぐに歩き出してしまう。
「さぁ着いたぞ」
紳士が立ち止まった先に会ったのは巨木と住宅が融合したような建築物だった。大きな扉の上部にはナツやウェンディには馴染み深いマークが見えた。それは踊る妖精のマーク、正しく妖精の尻尾のギルドマークだった。
「妖精の尻尾だ!」
「ん? 君たち知っているのかね。まぁ最近は少々有名になったから知っていても不思議ではないな」
紳士は妖精の尻尾のマークを携えた建物の玄関扉を開けて中に入っていった。続いてナツとハッピーが紳士を追い越す勢いで中に入っていく。しかし余りにもおかしい状況にシャルルが2人を後ろから押し倒した。
「ちょっと待って! 様子がおかしい!」
紳士はギルドの中で他の人々と親しげに話している。そしてそこに広がる人々はナツ達がよく知る面々ではあったもののどこか奇妙な様子が見えた。
「どうなってんだこれ……」
厚着のグレイ、グレイを足蹴にするジュビア、泣き虫のエルフマンにその彼を叱責するジェットとドロイ、アルコールが苦手なお嬢様のカナ、他にも公衆の面前でいちゃつくアルザックとビスカや仕事に追われるナブ。
ナツ達が知る面々とは外見は一致すれど中身は正反対になってしまったようだ。正面から入ったナツ達はその様子を暫く見ていたが、玄関近くだったこともあり、視界を遮る様にナツ達の前に人が現れ、声をかけられた。
「おい、誰だてめーら」
いわゆるヤンキー座りでナツ達を出迎えたのは、またしても中身が変わってしまったルーシィだった。
「ここで隠れて何コソコソしてやがる」
「る、ルーシィ!?!? ……さん!?」
「これは一体どうなって……」
変装をしたナツ達は傍から見れば不審極まりない恰好である為、ギルドの面々が怪しがるのは至極当然である。そこへ助け舟を出したのは例の紳士だった。
「彼らは私が森の中で拾った子たちだ。そう怪しむことはない。それにギルドのことも知っているようだ。君たちの知り合いではないのかね?」
「……ん? よく見たらナツじゃねーかお前!」
下から覗き込んできたルーシィに対して目を背けるナツだったが、ついに正体がバレてしまう。ルーシィからの熱い抱擁を受けたナツはフードが脱げ、顔が露わになった。ギルドのメンバーもナツだナツだとナツの登場を喜んだ。
「今までどこ行ってやがったんだよ……心配かけやがって……」
しんみりとした雰囲気からはこの世界のナツに何かあったのではないかと思わせたが、彼女らにとってはこの世界のナツが帰ってきたという認識であり、すぐに活気が戻った。ルーシィはナツのこめかみを拳でぐりぐりと押し込みながら捻る必殺技を繰り出していた。
「ルーシィ! またナツをいじめて。ダメじゃない! ジェットとドロイもエルフ兄ちゃんをいじめないの!」
奥の扉から出てきた女性にナツは目を奪われ、点にした。彼女の名前はリサーナ。リサーナ・ストラウス。ミラジェーン、エルフマンらストラウス家の末っ子であり、アースランドでは不慮の事故によって既にこの世を去った人間である。
「リサーナーーーー!」
数年ぶりの再会に感極まったナツとハッピーはリサーナに飛び付いた。驚いてたじろいたリサーナだったが、2人はルーシィに取り押さえられてしまい、感動の抱擁とはならなかった。
しかし何故リサーナが生きてここにいるのか、皆には疑問が残った。そこでシャルルがある仮説を披露する。
ルーシィら大多数が性格が反転したようになっているが、ミラなど変わっていない人物もいる。そして決定的だったのはウェンディだった。ここにいたウェンディは背が高く、グラマラスなスタイルでアースランドのウェイディとは対局の存在である。つまり彼等は逆になった訳では無い。そもそもこの世界に存在する全く別の人物なのである。
シャルルは続けて説明した。
「有り得ない話じゃないわ。パラレルワールドみたいなものよ」
「じゃあ皆はどこにいるんだよ!」
「分からないわよ!それをこれから見つけるんだから」
「でもちょっと待ってよシャルル」
ウェンディがシャルルを止めて案内をしてくれた紳士を見つめた。
「あの人、私たちのギルドにいないよね」
「そういえばラランもいねーな」
ナツが当たりを見回して言った。ここにいるギルドの面々もラランという名前に心当たりはないらしく、頭を傾げていた。
「てことはこのおっさんがラランなのか!?」
「ララン? そんな青年の名前は知らないな。力になれなくて申し訳ない」
「もうこれ以上ここにいるのも面倒ね。全部解決してくれるところに行くわよ!」
「シャルル! どこへ行くの!?」
「王都よ! そこへ行けば自ずと解決するはずよ!」
ナツたちがギルドを後にしようとした時、ギルドの玄関が勢いよく蹴り開けられた。そして大きな声で叫んだ。
「妖精狩りだーーーー!!!!」
場所は移り、ララバンティーノはエドラス王都に潜り込んでいた。フードを深く被り、街の様子を探る。もう一人の自分が言っていた通り、この世界では魔法は有限であるらしいことは人を見ればすぐに分かった。彼らはラクリマから魔法を使用している。
「中央広場のラクリマを目指せって言ってたな……あれか……にしてもここは……」
エドラス王都は遊園地と言う他ない。街には笑顔が溢れ、便利で豊かな生活が広がっている。これではこの体制を崩壊させようとしているヘルメスの方が悪のようにすら思える。だが明らかに魔力を必要以上に使っているようにしか見えない。まるで私たちにはこれだけの魔力があると誇示するかのようだ。実際にはそこまでの余裕は無いだろうに。だが民衆の満足度や王政への支持率は高いのだろう。それを追求する為の娯楽都市だ。
再び深くフードを被り直し、目的地を確認した。マグノリアそのものを吸収したラクリマは想像以上に大きく、少し上を見上げれば、建物の隙間から容易に確認することが出来た。あくまで一般人が好奇心からラクリマを見に行くように歩いて目的地へ向かう。
「なんだ、騒々しいな……」
中央広場に着いたものの、とてつもない人混みで自由に身動きが取れるような状態では無かった。民衆は多くの魔力に喜んでいるようだ。まさか別の世界から人を犠牲にして奪っている魔力だとは知らないのだろう。巨大ラクリマの近くには護衛兵と恐らく王と思われる老人が立ち、演説を行っている。周囲の陛下万歳という声からして奴が王で間違いないだろう。あまりに遠いので内容が完璧には聞き取れないがあまり好ましいものでないことは分かる。
「ちょっとすみません」
「ん?」
前に割り込もうと一人の男が無理やり身体をねじ込んできた。しかし次の瞬間、俺は腕を掴まれ、そのまま路地裏にまで連れ込まれた。
「な、なんだお前。まさか……」
「まさか……? いえいえ僕は貴方をどうこうしようというつもりではございませんよ。僕はただの記者。それも他国のね」
「他国……じゃああんたがアーラ……むぐっ」
「その言葉はこの国では禁句ですよ」
「す、すまない。あんたが俺の協力者ってことか」
「その通り。立ち話も何ですから私の仕事場へ参りましょう。そこの方が安全だ」
記者とだけ名乗った男は俺を仕事場に連れて行ってくれた。あれだけの人数がいて的確に俺を狙った辺り、こいつが俺の協力者で間違いないらしい。それにしてもどこかで見たことのある顔な気がするのだが。
「すみません。手荒な真似をしてしまって」
「いや良い。俺も奴からあんたの情報を聞いてなかったしな。ああしてくれないとどうしようもなかった」
「そう言っていただけるとありがたい。ああそうだ。申し遅れました。僕はガジル。ギヒッ」
「ガジル……!? じゃああんたがこっちの世界のガジルか!?」
「アースランドの僕がどういう人物かは知りませんがその通りです。私はヘルメス王の指示を受けてこの国で王政の悪政を糾弾する記事を書いているのです。まあハッキリ言って効果はゼロですね」
「だが王都でも協力者がいるのはありがたい」
「まず僕に出来るのはこの国の内情を教えることです。王からは何か聞かれましたか?」
「この世界ではアーランドとエドラスの二国が世界を握ってるってことくらいしか。国の内情はあまり知らないな。ああでもアニマのことは聞いた」
「なるほど。確かにアニマはこの世界を知るのに重要なキーワードです。アニマを使用し魔力を得ることで楽で便利な生活を得るエドラスとアニマを否定し錬金術と機械を駆使するアーランド。しかし現在は少々、いやかなりエドラスの天下が近い」
「そうなのか? ヘルメスは拮抗してるとか言ってたが」
「まず人口が違うのですよ。エドラスにはアーランドの倍近くの人口がいて最近は軍備拡張も行っている。マンパワーだけでは圧倒的にエドラスが有利です」
「じゃあ何故エドラスは一気にアーランドに攻めない?」
「それは賢王ヘルメスの存在です。王としての器量はエドラス王よりも大いに高い。それをエドラス王は完膚なきまでに叩き潰したいのですよ。太刀打ちの出来ない力によってアーランドを叩き潰すことによってエドラスの天下を完成させたいのです。だからエドラス王は定期的にアーランドに小競り合いをしかけては徐々にアーランドの戦力を削っています」
「あいつ、というか俺だが割と出来る奴なのか」
「割となんてものではありません。自ら古代文献の錬金術を復興させ、基からの武器であった機械というものに生命を与えることで機械兵を生み出し、魔力無しで魔力を武器とするエドラスに対抗している。エドラスの全勢力をもってしてもアーランドを滅ぼすことは出来ないでしょう。出来てもエドラス軍も相当の痛手を負う。それを考えればエドラスの天下は目前と言ったところからかなり持ち直しているだけでも評価に値するでしょう。しかし魔力は錬金術や機械よりも強力な物です。機械兵は壊されれば修復にコストがかかる一方で魔力は有限と言えどもアースランドから奪ってくることでどうにかなる。要するにジリ貧なんです」
「じゃああいつが俺をここに寄こしたのは」
「貴方が来たこと自体は全く持っての偶然です。しかし王はもしもあなたがこの世界に来た時の為にずっと目を付けていた。そして今あなたがここにいるのはアーランドが滅ぼされてしまう前に貴方を使って内部からエドラスを崩壊させるためでしょう」
「そうか。じゃあ俺はまず何をすればいい」
「そうですね。貴方にしていただくのは軍隊と戦っていただき勝っていただくことです。戦うには理由が要りますが、貴方には仲間と街を取り戻すという理由があります。大丈夫です。成功すればこの国は一度滅ぶのですから」
「ま、まあそうだな。だがあのラクリマはどうする」
「あのラクリマに関しては僕に任せてください。では行きましょう」
「行くってどこに?」
「貴方たちと同じアースランドから来た侵入者のところですよ」
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