全て春の悪戯。
春の獣は相当に
こんな非現実を受け入れる事ができるほど俺は寛容じゃない。ファンタジー入り混じるこの現状はきっと俺の腐った目が写した幻影だ。そうでなければ説明がつかないだろう。
ここ最近こいつらと行動を共にしたが、やはり慣れない。
「どうした比企谷。目が腐ってるぞ」
「はっつんの目が腐ってるのはでふぉると?だよじんたん!」
地底人と印刷された真っ赤なTシャツに身を包んだ少年と、あどけない顔をしたワンピース姿の銀髪少女。俺はこいつらをよく知っている。なんなら未来まで知ってる。
はぁ。なんでこんなことに。
* * *
数週間前
「めんばああぁあああああっ....ぐすッ.....うううぅ....」
俺は今「あの日みた花の名前を僕達はまだ知らない」を一気見し終えた。
高校に入り一年が経ち絶賛春休み中。
高校1年生でも2年生でもない微妙な時期に俺がすることと言えば本を読むかアニメを見るか小町のアイスを買いにコンビニに行くかである。春休みに入りまず始めたのが宿題だ。最初の三日間で全てを終わらせ残りは自堕落に過ごす。楽をするには苦労をしなければいけない。本当世の中腐ってやがる。腐ってるのは俺の目だけで十分だっつーの。
宿題が終わったら見るアニメの厳選だ。
有名どころから中堅アニメ、昔懐かしい名作と色々リストアップした。
そして最終的に選ばれたうちの1つが「あの花」ってわけだ。理由はなんとなく見返したくなったから。アニメを見返すタイミングは内容を忘れてきたら見るようにしている。そうすることによって失われた記憶が徐々に埋まっていくような、パズルのピースをはめていく感覚になり、楽しいからだ。いい作品は何度見ても面白いものだ。ラストを知っていると感動も薄れるのでは?と思う人もいるかもしれないが、ラストを知った上で物語の人物たちがもがき苦しむ姿もまた乙なのだ。知ってはいるものの別の展開を期待してしまう、なんて事もあるだろうがこれもこれでいい。その淡い気持ちがなんともたまらない。
「あの花」を最後に見たのは去年の夏。
今回のも合わせると計5回見たことになる。本物のファンや猛者達は何十回も見るというのだから作品に対する愛を感じる。
あの花は何度見ても名作だ。特にじんたんがめんまを認識できなくなった時の「ここにいるよ」と絞り出すような声でめんまが訴えかける場面はエンディングへのカウントダウンが始まったのだと痛感させられる。
そして何と言っても最後の手紙のシーンだ。超平和バスターズの一人一人にめんまが思いの丈を告げるシーンは涙なしでは見られない。あそこでめんまにとってじんたんは特別な存在なのだと改めて確認できる。
手紙のシーンと同時にシークレットベースの「君がくれたもの」が流れるタイミングも絶妙すぎて今までのEDがこの為の伏線なのではと思うほどだ。ラストのめんまの「見つかっちゃった」では涙腺が崩壊し目からしょっぱい液体が流れ出て、鼻からは粘っとした粘液が滝のように溢れ出てティッシュ箱は必須アイテムと化す。それ程までに「あの花」は名作なのだ。
俺は初めてあの花を見た時から決めてたことがある。そして今回あの花を見終えたことで心の準備が整った。資金もたまった。本当ならこの後別のアニメを見て残りの春休みを費やすつもりだったが、居ても立っても居られなくなった。アニメを見終えた後の喪失感、虚無感が一気に押し寄せてきて、今までならお金がないからと自分に言い聞かせ抑制してきたが、今回はすぐにでも実行できてしまう。
思いたったらその後は早かった。
「よし、秩父に行こう。」
そう口に出し、再度決意した。
***
秩父。埼玉県の北西部に位置する人口約6万人程、埼玉で最も広い市町村だ。(wiki調べ)
ここ数年その秩父が熱い。「あの花」が秩父をモデルにしたことで聖地巡礼を目的に観光する客が一気に増加したのだ。夏となれば秩父市内は巡礼者で賑わう。秩父の自治体もアニメ効果にあやかろうと「あの花」と絡めた商品を売りだしその恩恵をうけている。ただのお菓子に「あの花」のイラストをラベリングし「あの花菓子」と名をつければ効果は抜群だ。それに加えて去年は「心が叫びたがってるんだ」の舞台にもなり観光客の足数は絶えないどころか、さらに増え続けている。
俺が秩父に行く為にクリアしなければならない条件が3つある。資金と時間と移動手段だ。
やはり聖地をすべて回るには体力的に1日じゃきつい。何処かで宿を借り二泊三日する予定だ。それに秩父市内は広い。歩いて全部回ろうとすればきっと足が悲鳴をあげて秩父に俺の墓石が立つことになるだろう。
調べた所に依ると自転車のレンタルをしている店があるらしい。一台借りればなんとかなるだろう。
最後に資金。交通費と宿泊代に飲食代、自転車のレンタル料金に加えて小町へのお土産代も必要となってくる。これは今までの貯金と高校一年の時少しだけしていたバイトで稼いだ金で十分足りる量だ。
今までだとこの資金が無いために気持ちばかりが先走りるだけで、現実に秩父へ行くことは叶わなかった。ほんとお金貯めといてよかった。
貯金は偉大だ....
そういえば親の許可もしとかなければ。旅館で年齢確認をするのこはあるにはあるらしいが、それも少数派だろう。だが、念には念を入れて親に宿泊許可書を書いて貰おう。宿泊に法的な年齢規定はない。が、宿泊手続きで年齢を理由に断られたら元も子もない。切り札は用意しといて損はないだろう。
まぁ、この目つきも合間って服装次第では実年齢以上に見られるからあまり心配はしてないが。くそッ、喜ぶべきか悲しむべきか迷う。
珍しく昼間から家にいる親の元へ足を運ぶ。
「おーい!親父ー!」
ドンドン、と少し強めに親父の寝室のドアをノックする。別に日頃の恨みとかそういうのじゃない。ただ単にこうした方がすぐ反応してもらえると思っての行動だ。他意はない。
決して先月のおこずかいを忘れられたからとかそんなんじゃない。
「.......」
反応がない。やっぱ寝てるのか?俺も大概だが、親父の惰眠貪り症候群は呆れるレベルだ。休日は趣味にでも没頭すればいいものを、ひたすらベッドで横になることしかしない。身体を休めるのが理由なのか?と一度聞いて見たことがあるが、どうやら好きで寝てるらしい。変なとこまで遺伝しちまった。
「おーい!今すぐ開けないと内緒でダッツのアイス週一で食ってる事小町にチクるぞ!」
親父への必勝ワードはすなわち「小町に言いつけるぞ!」だ。ちなみに俺への効果も抜群である。
幸い小町は塾で外出中だ。聞かれる心配はない。さて、どう出る親父?
「あー、いいんだな?小町が知ったら最低でも半年は口聞いてもらえないけいいんーー「っだーわかったよ!!!」っおう。」
いきなりドアが開けられ、途中で言葉が遮られる。ドアが開く事見越して数歩下がっといてよかった。クソ親父め、絶対俺の顔にドアぶつけようとしてワザと本気で開けたろ。汚ねぇ。
「明日から3日ほど埼玉の秩父行ってくる。旅館の宿泊許可書かいてくれ」
「はぁ〜?秩父だあ?お前金あんのか?あげないぞ?」
ふっ。と勝ち誇った顔の親父。いや、別に競ってないんだが。
「貯金だよ貯金。ほらこれ紙、書いてくれ。一応電話来た時は口裏合わせてくれればそれでいい」
「.....お前俺が旅行許可する前提で話進めてないか?」
「昔俺が家出した時気づかなかった挙句『俺は放任主義だからな!ガハハハ!』とか言って誤魔化したアホ親は何処のどいつで?」
「それを言われると痛いな。よし、許可する」
あっさりすぎだろ。あと数手は粘ってくると思ったが。
「でも大丈夫なのか?この時期は旅館どこも埋まってるだろ?」
「.......」
「まさかお前、今さっき行こうと決意して親に啖呵切ったはいいものの宿泊先すら確保してないってか?」
「しょしょんんあことないじょ?」
「......腐った目が泳ぐと本格的にアレだな」
ちなみに「アレ」とは比企谷家代々使われる侮蔑の表現だ。もう1つの「ソレ」はお袋がよく親父に使ってる。哀れすぎる....
「キャ、キャンセル待ちを探すさ」
「はぁ〜。場所は秩父だったよな?」
「お、おう。」
「ちょっと待ってろ」
そう言って親父は一旦部屋の中へ戻っていった。何処かに電話をかけてるようだ。
にしてもモチベだけが先行して宿泊先を忘れるとは。最悪野宿でもすればいいが精神的に気持ちよく巡礼したい。それに未成年の俺は夜は補導対象だ。警察にでも見つかれば即確保だ。
明日から泊まれる宿、ないだろうなぁ。
こりゃ夏休みに持ち越しか。あと少しで最高の休日を手に入れることが出来たのに、それが遠のいてく感覚は最悪だ。こんな気分で残りの春休みを過ごさないといけないのか。
「はぁ......」
思わずため息が出てしまった。
すると電話を終えたのか親父が出て来た。
「よかったな八幡。宿泊場所決まったぞ」
「ふぇ?」
「だから決まったぞ。秩父での宿泊先」
「マジで?」
「マジで」
思わぬ展開に息を飲む。
あれ、血の気が引いてくる。
「八幡!帰ってこい!息が止まってるぞ!」
驚きのあまり呼吸することを忘れてしまった。そんなことあんのかよ....
「お、おお親父何したんだ?」
「何もしてねぇよ。ただ秩父に偶々知り合いが居て頼んだだけだ。居候って形だからあんま迷惑かけんなよ?」
「.....何が目的だ?」
正直言ってありえない。あの親父が俺の為にここまでしてくれるなんて。
「お前は人を疑いすぎだ。昔の俺を見てるみたいだな。」
「余計なお世話だ」
「親くらい信じろ。まぁ〜なんだ。お前には小町の件で色々恩がある。小町が家出してからずっと早く家に帰ってたろ?他にも色々思うところがあってな」
「息子に恩を感じるのもどうかと思うが。それにあれは単に友達が居なかったからだ。小町は関係ない」
「学校の帰りの本屋が唯一の楽しみだったくせにか?」
「........」
「もういい。一度くらいは親らしいことさせてくれ」
くそ。思わずカッコいいとか思っちまったじゃねぇか。
確かにあれは小町の為だ。友達が居ない俺は近所の本屋が唯一の憩いの場だった。店主は優しいお婆ちゃんで好きなだけ立ち読みさせてくれた。その代わりに休日はそこで本を買うってのがお約束だったが。
小町が家出した原因はなにも親父やお袋だけじゃない。1番側にいなきゃいけなかったのは兄である俺だったんだ。それは当然の義務なのに、陰鬱な学校生活に嫌気がさし、家での居場所も見出せなかった俺は本というフィクションに逃げていた。1番近くにいてやれたはずの俺が、小町の側に入れなかった。それが罪悪感を大きくさせた。自分自信を苛立たせた。自己嫌悪に苛まれた。無論親にもいかりを憶えた。だが、すぐその怒りはお門違いだと気付いた
あの頃からだっけな。兄としての自覚ってのを持ったのは。
まぁ、何はともあれ。親父も親父なりに色々と考えてたんだな。そう思うと胸の奥が暖かくなる。
「その。なんだ。ありがとな。親父」
細切れの言葉を発する。側から見たら凄い仏頂面なんだろうな今の俺。
「おう。さっさと明日の準備でもしてろ」
そう言い残し再び親父は自室に戻って言った。
* * *
リュックに最低限の着替えと財布を入れ準備完了。早すぎだろ。歯ブラシなどは途中のコンビニで買うとする。おっとデジカメも入れとくか。
「後は行く場所のリストアップと大まかな行動内容を....」
やべぇ。クソ楽しい。中学の修学旅行は余り物として他のメンバーが決めたルートに従う事しかできなかったが今は全て決めるのは自分だ。それも今回行けるのはあの花の聖地だ。楽しくないわけがない。
聖地巡礼以外にも美味しいご当地名物を食べたり温泉に行ったり存分に楽しめる内容にしたい。
「ふむふむ。豚みそ丼か。こりゃ美味そうだ」
豚バラ肉に味噌を塗り、それを炭火で焼いてご飯に載せる。シンプルに見えて、味は絶品に違いない。"絶対行くとこリスト"に追加っと。
後は巡礼スポットか。
旧秩父橋は必須だな。あの花で1番印象に残ってる場所の1つだ。この橋が実在したと知った時の興奮はやばかった。SNSで「秩父 巡礼」と検索をかけると必ずと言っていいほど旧秩父橋の写真が出てくる。めんまの真似をして橋の上を歩こうとする連中もいるそうだが、迷惑なのでやめてほしい。そう言った輩の所為で昨今のアニメオタクのイメージがダウンしてるんだ。自重しろまじで。
おっと思わず愚痴ってしまった。
ヘイトは俺の十八万!八幡だけに、ってやめよ寒すぎる。
旧秩父橋の次に有名なのは羊山公園だろう。あの花のOPでぽっぽが丘の上から木の柵に座り秩父市内を一望してるシーンがある。そこが羊山公園だ。
ぽっぽと同じとこに座り、同じように写真を撮るのが巡礼者の間では流行ってるみたいだ。
それと花火のシーンの場所に神社だろ?後は公園にそれと....
色々と候補を挙げていると部屋がノックされた。と同時にドアが開けられる。
ノックの意味あったのか今。
「おい八幡。許可証と明日お前がお世話になる先方の連絡先と住所だ。話はつけてあるから大丈夫だ。それとこれも渡しとく」
諭吉はんや!
「マジかよ親父!やけに景気がいいな!」
「おっと勘違いするな。これで秩父の銘酒買ってこい。あと先方への手土産代だ」
まじかよ親父....
「余ったぶんはやる。余らないだろうがな」
そう言い残し部屋を後にした。
期待した俺が馬鹿だった。
もう準備はできたし寝るか。明日早いし。
* * *
朝の6時に家を出た。ここから秩父まで2、3時間の道程だ。迷う事を想定して早めの出発だ。
まずは池袋駅まで電車で行く。後は西武特急に乗り換え1時間半電車に揺られるだけだ。
チケットが買えなかったら飯能方面へ行き別の電車で行こうと思っていたが、運良く当日券を買うことができた。
ホームで電車を待機してるとポッケに入ってるスマホが小刻みに揺れだした。
取り出し画面を見ると「小町」の二文字。
「げっ。興奮しすぎて秩父行くって言うの忘れてた。」
出るのコエェ...
とりあえず通話に出るか。
『お兄ちゃん!どゆこと!?小町話聞いてないんだけど!なんで連れてってくれなかったのさ!バカ!ボケナス!八幡!』
ツーッ、ツーッ、ツーッ。
言うだけ言って切りやがった。
それに八幡は悪口じゃねーだろ。
お土産奮発しないと機嫌治らないパターンだな....
果たしてこれは兄妹喧嘩に入るのだろうか。なんて考えてると目的の電車が到着していた。開かれた扉から中へ入る。
「結構空いてるな。」
まぁ巡礼シーズンは夏だしそれ以外に秩父へ行く人ってのはあんまり居ないってことか。
暫くすると電車が出発した。
窓の景色が都会から徐々に田舎に変わっていくのは心を落ち着かせてくれる。
里帰りする人はこんな気持ちなのか。羨ましい。1時間半の間で泊まるのは5駅だけだ。忙しなく止まったり出発したりしない分寝るには十分な環境だった。
そのまま意識が沈んでいくのを感じ、眼に映る山の景色が、下げられた瞼によって見えなくなる。
「まもなく西武秩父駅、西武秩父駅に止まります」
車掌さんのアナウンスで眼が覚める。どうやらあのまま寝てしまってたらしい。
気づけば周りはちらほら家やら建物が見える。
荷物をまとめ降りる準備をする。
忘れ物がないか最終確認をしたと同時に電車が止まる。ずっと座ってたから早く身体を伸ばしたい気分だ。
電車の外に出た瞬間、とんでもない違和感が俺を襲った。
「は?あっつ。」
......これじゃまるで真夏じゃねぇか。
季節は春だ。暑い時もあるが春風のおかげで実質そこまで暑さを感じることはあまりなかった。けど、これは異常だ。紫外線の量が違う。いや、実際に量を測定したわけではない。直感的に、そう感じるのだ。それに周りの景色の彩度がやけに高い。有り体に言えば春らしくない。
それにこの音.....
「セミか?幾ら何でも早すぎやしないか...」
おかしい。絶対におかしい。
とりあえず此処にいては埒があかない。駅の外に出よう。
思考を冷ますため駅付近を散歩する。
數十分歩くと見覚えのある公園が見えてきた。どこのシーンで使われてたかは忘れたが。
休憩できそうな日陰を見つけ寝っ転がる。
暑い熱いアツイあつい。
しんど過ぎるだろ。普通なら徐々に夏の暑さに身体を慣れさせてやっと我慢できるレベルなのだ。それが急にこの気温。引きこもりの俺にはキツイ。さながら季節酔いだな。
今朝買ったお茶を口に流し込む。
「やべぇ。意識が...」
そこでまた俺の意識はきれた。
夜風がきもちい。
鈴虫の音で目がさめる。
空のオレンジ色が消えかかってる途中だ。19時くらいか?公園の時計を見ると短針が7を指していた。
「てかまじで夏だな。」
疑う余地がない。今現在この秩父市内は完全に夏だ。セミに鈴虫に日没時間。
この非現実的な出来事に混乱してると遠くの方から忙しなく此方へ向かってくる足音が聞こえてくる。と思えば公園の入り口あたりでその音が止まる。
野次馬精神で少しのぞいて見ることにした。
「ハッ?」
目をこすりもう一度見る。
今俺の目が捉えてる光景が幻影でなければあれは間違いなく...
片方は地底人とプリントされた真っ赤なTシャツを着た伸びきった髪が印象の同い年くらいの男。そしてもう1人は小柄な体型にワンピースで身を包んだ銀髪の少女。どっかで見たことあるもくそもない。
「じんたんと、めんま.....か?」
あの花の登場人物だ。
春の悪戯はこうして俺を別の物語へと