東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
ガタン、ゴトン…。
窓の外は宝石を散りばめた満天の星空が広がっている。
さっきまで曇っていた空はすっかりと晴れ、上弦の月が顔をのぞかせていた。
(ここは…どこだ?)
オレは辺りを見渡す。
木目の床、鶯色の座席、年季の入った窓ガラス、色落ちした広告など――。
まるで電車のような内装をしていた。
しかし今日の電車ではなく、まるで地方で走っているSL列車の車内のようだ。
乗客はオレ以外にちらほらといるものの、下を向いていて誰一人として顔は見えない。
「…………」
ガタン、ゴトン…。
夜空を駆ける列車は、さながら昔読んだ小説のようだった。
その物語は、少年が銀河を駆ける汽車に乗り、美しい大地を、煌びやかな夜空を親友と駆け巡るお話。
幻想的な生物、植物、風景の描写に取り込まれた思い出がある。
(その本は誰から借りたんだっけ…)
そんな昔の事を懐かしんでいると、
?『お向かい、いいかしら?』
声をかけられる。とても落ち着いた女性の声だった。
見上げると、そこには帽子から金糸のような金髪を溢した、紫色のワンピースを着た女性がいた。
ただの女性ではなく、それはもう、絶景の美女だった。
(うほっ、いい美人…)
美女はスカートの端をつまんでお辞儀する。
その洗礼された動きが貴族を彷彿とさせる。
しかし、その微笑みはどこかあどけない。
一瞬にして心臓を鷲掴みにされていたオレだが、ふと我に返り、
「ど、どうぞ」
冷静に返事をした、つもりだ。
(…これじゃあ美人相手にドギマギしているDT野郎じゃないか!)
紳士たるもの淑女に悠然と対応すべし。
しかし、デカイ…あぁ、デカイ、デカイさ…。
「デカイな…」
?『…何か?』
「いえいえ、どうぞ」
?『どうも』
女性はこれまたふわりと風がふいたように軽く言い、オレのななめ前の席に座る。
そして届いてきた、女性の香り。
花の甘い香り、また、甘酸っぱい柑橘の香り――良い香りだった。
(おぉう、眼福…いや、嗅福か?)
相席、というものは素晴らしいものだ。こんな美女と同じ空間で過ごす機会を与えてくれるのだから。
ビバ相席!サンキューAISEKI!
?「アナタ、面白いのね」
「……え?」
突如、そうお褒めいただいたことで、身体がビクリと反応する。
膨らんだ妄想を消し、オレは女性をみる。
ガタン、ゴトン…。
揺れる社内、赤ん坊のような白い肌、お菓子のようにツンと立つ鼻、紅く輝く唇がオレに向く。
?「探し人を見つける為に[幻想郷]に行くだなんて…不思議な人」
アメジストのような瞳を妖艶な笑みとともに細める女性。
オレは聞き逃さなかった。
確かに今、この女性が【幻想郷】というワードを出したことを。
「アンタ…げんそうきょーを、知ってるのか!?」
?「知ってるも何も、この列車はそこへ向かっているのよ?」
「…なん、だと…!?」
心臓がまた大きく爆ぜる。
いつの間にか乗っていた、この謎で不思議な列車が、【幻想郷】に辿り着く列車。
この列車の行きつく先は、失われた物が流れ着く、オレの父親がいるかもしれない、幻想郷。
「…なぁ、アンタ、もしかして――」
?『切符を拝見いたします』
と、言いかけたところでオレたちに黒い影が差しかかった。
手を差し伸べているのは、駅の車掌さんのような恰好をしている、長身長の男性。
乗車券を切りに来たのだろう。
?「いつもお疲れさまです」
車掌「ありがとうございます」
向かいの美女はにっこりと笑い、ねぎらいの言葉をかけながら【乗車券】を差し出している。
(って、やっぱり乗車券必要なのか!?)
そんなものは買ってないし貰ってもない。
無賃乗車って結構罪が重かったような気がする。
(…乗車券を探したフリをして「あれ~すいません失くしましたぁ~」とか言えばいいか)
ポケットに手を突っ込んで、探すフリを――
「……あれ?」
ポケットに突っ込んだオレの右手は、硬い物を捉えた。
そのままそれを引っ張り出してみると、それは4つ折りになった茶色の紙。
車掌『…確かに、幻想郷行きの切符ですね。悠久券なので、そのままお持ちください』
――あった。え?なんで?いつから入っていた?
狼狽しているオレを後目に、車掌さんは帽子をかぶり直し、去っていった。
改めて切符を見てみる。
茶色の紙に青い文字で[幻想郷行]とだけ書かれている。
?「よかったわね、切符持ってて」
カンカンカンカン…。
踏切の音が遠ざかっていく。
列車はどのあたりを走っているのだろうか。
窓の外には、黒い静かな海が広がっている。
「…アンタが入れてくれたのか?」
?「まさか。アナタが始めから持っていたのよ?でなければこの列車はアナタの前に現れなかった」
「へぇ…冥土の片道切符ではない、よな?」
?「今すぐ路線変更する?」
「Go straight!!」
謎が謎を呼ぶ展開だが、ひとまず乗車する権利は得られたらしい。
オレはもう一度幻想郷行の切符を見る。
確かに[幻想郷行]とは書かれている。にしても、その文字は手書きだった。
まるで、青色のクレヨンで子どもが書いたみたいな、そんな字で――
(…クレヨン?)
頭の片隅で何かが引っかかる。
そういえば、昔どこかでクレヨンを貰ったような。
かなり前に貰ったものだったから、今じゃクレヨン本体は捨ててしまったが…その周りの紙は取っておいといたような。
そして、その茶色の紙とこの切符が似ているような…。
(…だが、あれは実家のオレの部屋に…)
?「…ほら、もう準備しなさいな」
「え?」
オレの思考を遮り、豊満な身体を揺らしながら静かに立ち上がる美女。
準備、とは降りる準備の事だろう。
もうじきに[幻想郷]に着くのだろうか?
?「初めに言っておくわ」
「?」
美女がオレを見る。
その美貌は、美しいというより、美蛇の如く妖艶さ。
?「アナタの父親は、幻想郷にいる」
「……え?」
今、この女性は何と言った?
?「…聞こえなかったのかしら?ですから、アナタの父親は幻想郷にいるのよ」
「……」
凍り付いた車内。
掛け時計の音。
翔ける心臓の音。
駆ける車輪の音。
女性の声は、凛として響く。
?「すぐに会えないだろうけど、それでも探しなさい」
淡紫色の扇子を取り出し、横に差し出す美女。
すると、何もなかった所から一筋の”糸”が伸び、それはぱっくりと口を開いた。
奥に広がる、黒い空間――その中に犇めく、無数の[赤色の目]。
?「求めるならば、全てを収めるまでね」
「――ッ!!」
オレに向けられたアメジストの瞳。
まるで肉食獣が目的物を見つけ、捕食せんとするが如き、冷徹な目。
オレは動けなかった。
?「一之瀬ミナト…夢は、現へと変わるのよ」
美女の姿が生み出した黒い空間に飲まれていく。
微笑を浮かべた美女は、黒い空間が閉じると同時に、忽然と姿を消した。
ガタン、ゴトン…。
緊張から解放された社内、オレの身体が動くようになる。
(……危なかった)
あのまま見ていたら、なんだか戻れない場所まで連れていかれそうな気がした。
彼女はいったい何者だったのだろう?
(アイツ…オレの名前を呼んていたな)
名乗った訳ではない、にも関わらずオレの名前を知っている。
そこから推測するのは難しいが、恐らく彼女はオレの目的地――幻想郷で生きている人。
再びどこかで出会うだろう。
しかしその前に――
(…信じても、いいのか?)
――アナタの父親は、幻想郷にいる。
根拠のない言葉であり、会って間もない人の言葉。
そんな信憑性の無い言葉、普通なら信じないだろう。
だが、今のオレには信じる以外の選択肢はない。
なぜなら、それ以外に信じる物が無いのだから。
「…やってやろうじゃねぇか」
これまでも、そしてこれからもおそらく謎は続く。
[幻想郷]という未知の領域。
忘れられたモノが流れ着く世界。
果たしてそこに広がる景色は、一体どんなものなのだろうか?
「待ってろよ、親父」
扉が開き、息を吸い込んでオレは一歩を踏み出す――。
車掌『幻想郷――幻想郷、でございます。現世にお忘れ物がございませんように』
§