東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
「この建物、人が住んでるのか?」
建物の中はまるで人が生活しているようだった。
玄関にはマットが敷いてあり、リビングのテーブルの上には大量の本が積まれている。
内容は全て魔導書。魔法使いでも生活しているのだろうか。
キッチンには冷蔵庫――動力は奥に取り付けられた氷の結晶――が置いてあったり、フライパンやら鍋やらが置いてある。
間違いなくここは誰かの家だ。
ナギ「たまに人が帰ってくるわよ。怖いからいつも隠れてるけど」
「どんな奴だ?」
ナギ「さぁ……いちおう人間だと、思う」
曖昧な言い方だが、妖怪ではないらしい。
オレは椅子に腰を掛け、テーブルの魔導書を開いてみる。
「グリモワール……有名な魔導書だな」
ナギ「知ってるの?」
「話だけ、魔法使いが魔法のノウハウ的なものを記した奴だ」
といっても、最近魔理沙が持ってきた魔導書で知ったのだが。
へぇー、とナギは反対側に座り、別の魔導書に手を伸ばす。
ナギ「ミナトは魔法使えるの?」
「もちろん、使えるぞ」
オレは意識を集中させ、火属性の魔法を発動する。
掌からは小さな炎が出た。
ふぅん……とナギは舐めるようにしてその炎を見る。
ナギ「私も炎とか出せるかしら」
「その答えは、イエスだ」
ナギ「え?ほんと?どうやって?」
ここでオレが師になる時が来るとは。
もちろん教えるのは、霧雨式直感伝授型魔法だが。
「バッと手を出してピタっと意識を集中させ、グググっと魔法のイメージを練ってドバっと開放する」
ナギ「?……よくわからないけどやってみる」
ナギは目を閉じた。
何をイメージしているのかは分からない、炎のイメージだろうか。
「まぁいきなりは難しいだろうから、焦らず」
ナギ「…………」
彼女が両手を突き出す、ふわりと髪の毛が浮いた。
何やら飛んでも無いことを考えていそうだ、というのも、彼女の取り巻くオーラは中々に濃いもので、オレの肌に突き刺さってくるのだった。
俗に言う、いやなよかん。
「おい、ナ――」
ナギ「――ヤッ!!」
オレが声を掛けようとした瞬間、魔法は発動した。
「は――うッ!?」
肌を焦がすような熱量。
否、爆発だった。
掌から発生した巨大な炎が、ナギの手を離れて跳んでいき、壁に激突する。
するとどういうことか、炎は突然爆ぜ、火の粉をまき散らした。
「…………」
ナギ「……ふぅ…」
風の切る音がする。
向こう側に深緑の茂みが覗いていた。
驚いたようにこちらを見るナギ、その口元は吊り上がっている。
ナギ「……出来た?」
「……出来過ぎだ」
さすが天才だ。
彼女は頭が非常に良く、大学においても常に成績優秀者であった。
そんな才能もあり要領も良い彼女が、魔法を使えないはずがない。
驚きと羨望と嫉妬を交えながら、オレは苦笑する。
(こいつは間違いなく魔法使いになるだろうな……)
今度魔理沙に紹介してやろう、オレよりも凄い人間が現れたぞ、と。
ナギ「……これ、どうしよう?」
ナギが恐る恐る指をさした、穴の開いた壁。
どう見ても完全に修復することは出来そうにない。
「まぁ、直すしか」
オレは意識を集中させ、岩を生成する。
その岩を、隙間なく埋め込んでいき、壁の応急処理を施す。
ナギ「あ。あたしも手伝う」
「ほいよ」
ナギの協力の元、壁は風が漏れない程度に埋まった。
ひと段落した所であたりを見渡す、今の魔法で妖怪が寄って来てはいない。
ホッと一息ついた所で、オレの腹の虫が鳴った。
ナギ「ご飯、作ろうか?」
「出来んのか?」
ナギ「あっちの方にパンがあったから」
というと、ナギはスキップがてらにパンを取り出し、こちらに投げつけた。
人差し指を突き出すジェスチャーをする、恐らく魔法で温めろということだろう。
彼女はキッチンに立って、フライパンを温め始めた。
仕方なく炎の魔法を出し、火先でパンを温める。
「……なんでこんな事してんだ、オレらは」
魔法の森に来て、モンスターに襲われて、ナギと合流して、建物に逃げて、飯を食べる。
異世界ファンタジーじゃあるまいし、間違っても王道的小説チックなフラグを立てている訳でもない。
卵を割る音、油が跳ねる音、卵を焼く音。
それらは外の世界でも聞いた事のある音だった。
和洋折衷――外内折衷といった具合か、音と景色の記憶が一致しないのが不思議だ。
ナギ「出来たわよ」
目の前に皿とコップが置かれる、半熟加減が絶妙な目玉焼きと紅茶。
ここまでこの家を使いこなすナギ、相当窮地の中でお世話になったのだろう。
「さんきゅ」
まるで夫婦の朝のようなひと時だ、と余計な感想を抱く。ナギに言えば叱咤が帰ってくるだろう。
紅茶を啜り、卵を咥え、パンを頬張る。
疲れた身体にそれらは染み渡り、全身にエネルギーがみなぎってくる。
ナギも同じようにパンを頬張った。
「それ喰ったら行くぞ」
ナギ「え?ちょっと待って、まだ洗い物が終わってないわ」
「……そうですか」
彼女は根っからのお嬢様なのだ。
§