東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
『引っ越し?』
男の子の言葉に、小さく頷く女の子。
彼女の世界に、小雨が降っていた。
いつもの公園は青色から茶色へと変わり、まれに赤や黄色が混じってざわざわと揺れている。
『……さみしくなるね』
出来る限り男の子は声を湿らせないように、そう言った。
本当は心が張り裂けそうな想いだったけれども、今ここで泣いてしまうと、この女の子を逆に心配させてしまう気がしたから、男の子は慣れない笑顔を作った。
夕日が傾く、いつも二人で絵を描いていたジャングルジムの下。
『…ねぇ、――くん』
女の子は湿った声で、男の子の名前を呼んだ。
『…なぁに?』
『私たち、もう、会えないのかな?』
『……そんなことないよ』
『だって、東京だよ?ここから300キロメートルも離れてるんだよ?もう、会えないようなもんだよ』
『……そんなこと、ないよ』
そうとしか言えなかった。
もっと他に言葉はあったはずだ。
オレも一緒に君のところへ行くよ、大きくなったら必ず君に会いに行くよ、十年後にまた会おうよ――
しかし、その言葉たちは過去の記憶に消えていく。
男の子はまだ多くの言葉を知らない子どもだった。
『……私ともう会えなくなるの、悲しい?』
『…………』
無言で頷いていた。
突然世界が水で包まれ、空間がゆがむ。
突然の大雨。
ノアの箱船。
世界の終り。
女の子よりも大粒の涙を流してなく男の子を見て、女の子はたまらず微笑んだ。
彼女の目尻からも、大粒の涙が零れ落ちる。
『…泣かないでよ。私も、泣いちゃうじゃん』
『だって……だって……悲しいよ。もう、君と、絵を描けなくなるなんて…』
『また描こうよ。大人になっても、また会おうよ。理由が無くても、会おうよ』
『……うん、うん…』
お互いに泣きあって、お互いに頭を撫で合って、お互いにごしごしと瞼を擦る。
ぱっと顔を上げると、同じようにきょとんとした顔があった。
それが何だかおかしくて、
『『…にひひ』』
揃ってない歯をむき出しにして、お互いに笑うのだった。
『…あ、そうだ』
『どうしたの?』
『これ…あげる!』
女の子が差し出してきたのは、一本の青色のクレヨン。
角が削れて、半分以上も使った状態のクレヨンだった。
彼女が大好きな、お空の色。
それを満面の笑みで、女の子は男の子の手に握らせる。
――あったかい。
――にひひ、と笑顔。
左手に触れる、女の子の右手の柔らかな温かみ。
男の子は頬を紅く染めた。
それから少しだけ、二人はお話をした。
昔であった時の話、将来の話、学校で人気のアニメとか、好きな食べ物や嫌いな生き物とか、たわいもないはなし。
それでも、とても楽しかったことは覚えている。何を話したのか、今思い出そうとしても思い出せない。
やがて――別れの時間は来た。
『じゃあ…私、行くね!』
『うん……また、会おうね!』
『うん!――くんと会えるの、楽しみにしてる!』
『僕も、楽しみにしてるよ!――ちゃん!』
秋風は、ただ凛としてふたりを包み込んだ。
そのあと、その女の子に対して何を思ったのかは、覚えていない。
記憶から抜け落ちたのか、それとも単に記憶していないだけか。
だけど。
ひとつだけ覚えていることがある。
右手に握る青色のクレヨン。
彼女が大好きな色のクレヨン。
忘れないように、再会した時に言えるように、覚えていようと。
「そういえば青色のクレヨンを貰ったよね」って。
~東方礼夜鈔 序章 終~
ぼちぼちとやって行きたいと思います。
幻想郷は、いいところ。