東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
ナギ「そっち、妖怪が3匹いるわ」
「おーらい」
ナギ「あ、後ろから妖怪が来てる。そんなに素早くないけど気を付けて」
「あいよ」
暗い湿地草原的空間を行く。
ナギの探知能力は便利で、今のところ妖怪に出くわす事はない。
まだ範囲的には小さいが、意外にも探知の網は鋭いようだ。
能力は本人の性格に似るのかもしれない。
ナギ「今失礼なこと考えてるでしょ」
本当だと思いたい。
「別に……」
ナギ「まぁいいけど。そういえばミナトも[能力]を持ってるの?」
「あぁ」
と言ってオレは引力を発生させ、足元に転がっていた岩を引き寄せる。
これくらいの距離なら造作でも無く能力を発動できるようになった。
それは努力のおかげか、魔法の森のおかげか。
ナギ「へぇ……やっぱり、幻想郷?は不思議なところね。私たちにも能力が芽生えるなんて」
「不思議というか、不気味だけどな」
ナギ「それは言えてるわね――ちょっと待って」
進んでいると、突然ナギが足を止めた。
手をオレの前に突き出し、静止を呼びかける。
ナギ「……?」
「どうした、ナギ」
ナギ「今、前に大きなモノを感じたんだけど……」
辺りを見回す。永遠に続く陰気な暗さが広がるばかりだ。
聞き耳を立てても、葉擦れの音、風の音、鳥の鳴き声、遠くから聞こえる咆哮しか聞こえない。
しかしナギの探知網はおぼろげながら何かを捉えていた。
「少し迂回していくか」
右へ遠回りしようと、オレは歩くのを再開しようとした、時。
ナギ「――!!何か、来る――」
足元の苔が異様に膨らんだ。
否、足元だけではなく、半径10メートルほどメリメリと盛り上がった。
「ッ!!!」
ナギ「きゃっ!!」
悪寒を感じ、ナギを抱きかかえて横へ飛ぶ。
直後、大地を翻す音と、堅いものが擦れ合う音。
体勢を整えて見る、そこには草木を抉った大きな穴が開いていた。
『ガチッ……ガチッ……』
「……マジか…」
地面を掘って飛び出した、巨大な百足。
木々に絡み、こちらに口元の刃を向けている。
その赤色に濡れた身体は、全長100メートル以上もありそうなロングスケール。
怪しく輝く牙からは液体に塗れており、地面に垂れるや否や蒸発する。見るからに猛毒がありそうだ。
咄嗟に身の危険を感じ、戦闘態勢を取る。
ナギ「み、ミナト……」
「あぁ、分かってる。頭では分かってるんだ」
時が止まったように、オレ達と百足は睨みあう。
人間の頭ほどある瞳が、きょろきょろと視点を定めるようにして動いている。
アレを、どう処理すればいい?
化け物ってレベルじゃあないんだが。
「…とりあえず」
ナギ「……とりあえず?」
「――逃げるんだよォォォ!!!」
ナギ「え、ええええええ!?ちょ――」
ナギの手を掴んで走り出す。
すぐさま百足は木々から地面に降り、地を這うようにして後を追ってきた。
(速い、なんてスピードだ…!)
幾分か距離があったハズが、すぐさま追いつかれてしまう。
毒の牙が、ガチガチと背後で鳴り響き、それは次第に大きくなっていく。
ナギ「も、もう追いつかれちゃう…!!」
『ガチッ』
「――くぉッ!!」
ナギに襲い掛かる牙、咄嗟にナギを引っ張る、空を裂く牙、飛び散る毒の液が木々を溶かす。
洒落にならない。あれはラスボスレベルだ。冒険初心者であるオレ達は立ち向かうべきではない、恐らくここで負ければゲームオーバーではなくイベントが発生し光の勇者的な人に助けられてカッケーオレもああなるぜ的な事を決意するのだろうしかしこれはそういうイベントな訳が無い、現実は非情だ。
再び押し寄せる百足。
グロテスクな甲殻が怪しく光る。
「――これでも喰ってろッ!!」
火炎瓶に火を付け、バックパスの要領で後ろに投げる。
くるくると回転しながら、火炎瓶は命中し、炎の輪が立ち上がる。
もちろん効いている様子はない。
『…………』
それどころか、炎を食べていた。
コイツも炎に耐性があるのか。魔法の森では全ての属性魔法を操らなければいけないらしい。
タイプ相性なんて、所詮ゲームの世界だけだと思っていたオレがバカだった。
「……美味そうに食いやがって」
ナギ「ミナト!何か策は無いの!?」
「……あァ、策ね。サクッと考えましょか」
ナギ「絶対何も考えてないでしょ!ああもうほら!また来たわ!!」
今度は高い処からホッピングするようにして襲い掛かってくる。
まるで海面を泳ぐイルカのようだ。
いや、全く上手くない比喩だ。森を跳ねる百足とか全く美しくない。
百足の身体がバウンドするごとに、足元が揺れる。デブがジャンプすれば大地が揺れるのと同じように。
ナギ「ミナト!危ない!!」
「――うひッ!?」
ブチィ。
オレのすぐそばを百足の牙が通り抜けた。
その距離、数センチ。
直撃は逃れたものの鋭い刃はいともたやすく服を裂き、肌を切った。
肩から血が滴る、薄皮を切っただけだが、毒が皮膚を突き破っていた。
「……クソッ!!」
患部を口に当て、血を吸いだす。
毒の回りが遅い事を祈るしかない。即効性があるなら即アウトだ。
少し手足を動かしてみる、異常はない、神経毒ではないようだ。
動ける、まだ猶予はある。
ナギ「大丈夫!?」
「あぁ、凌雅が今期フル単取れるぐらい余裕だぜ」
ナギ「全然信用できないわよ!!」
背後からはまだ百足がホッピングステップで襲ってくる。
森中が振動しているのにも関わらず、他の妖怪達が出てこない、恐らくこの百足が森の主のような存在だからだろう。
手を出せば逆に殺されてしまう、知能の無い妖怪でさえも恐怖するほどの存在。
二次災害を受ける心配はない、一対二(タイマン)。
ナギ「も、もう……無理よッ…!」
「頑張れ、ナギ!こんなところで死にたくないだろ!」
ナギ「う、うんッ――きゃ!?」
突然、繋いでいた手がスルリと抜けた。
ナギが木の根に足を掬われ、後ろで蹲っている。
ナギ「う、うぅ……」
足をくじいたのか、立とうにも立つことが出来ない。
「――クソッ!!」
踵を返し、ナギの元に近寄る。
『シャルルルル!!!』
オレ達に黒い影が差し掛かった。
チェックメイトと言わんばかりに黒塗りの牙がオレを諭しているようだ。
飛翔から降下してくる百足。直撃どころか丸のみ八つ裂き毒殺ポイントど真ん中。
万事休すどころではない。必死だ、必ず死ぬと書いて必死。
引力も、土魔法も、使える力は何もない。
訳の分からない森で訳の分からない妖怪に襲われ、訳の分からない昆虫に喰われて死ぬ。
ナギと一緒に、元の世界に彼女を帰す事が出来ず、親父に会うことも出来ずに、死ぬ。
死ぬ、死ぬ。
死ぬのか?
オレたちは、今ここで、死ぬのか?
死なない気がする――何故かは知らないが。
身体の芯が熱い――何故かはわからないが。
ここで死んでたまるか。
こんな所で、死んでたまるか。
「――フゥー…!」
呼吸を整える。
ナギを背後に、オレは無意識に右手を突き出した。
意識を集中してはいない、魔力を練ってもいない。
ただ、右手に[スペルカード]を握り、そのまま目を閉じただけ。
時が止まったように、熱がスッと抜けていく。
水を浴びたように、頭が冷静になっていく。
「……ここで出なきゃぶっ殺すぞ」
目を開ける。
視界は茶色が満たしている、もはや牙はオレの眼前にあった。
避けることは出来ない。
避けることはしない。
ただ、右手に持つスペルカードを発動することに集中し――
「スペルカード・オン!!」
真正面から突き出したスペルカードが、輝いた。
「月符――【重力結界】!!!」
§