東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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仰天

直後、辺りが一瞬にして極光に染まった。

それはあの神社の森と同じ、眩い閃光だった。

巨大百足の牙がオレの腹に突き刺さる――しかし、それ以上深く牙が刺さることはない。ピタリとその動きが止まった。

 

『ぎッ……ッ……!!』

 

オレの真上に発生した光の球体に、百足が吸い込まれていく。

ベキベキ、と車のボディが圧力によって凹んでいくような歪な音が響いた。

瞬時にそれが百足の甲殻が潰されている音だと知る。

 

ナギ「……ミナ、ト?」

 

足元のナギが困惑したようにオレと光の球体を交互に見ていた。

光の正体は[強引な引力]だった。

対象を光に引きずり込み、中心へ引っ張る力によって圧縮していく。

神社の森の妖怪達も、この光に引きずり込まれた事によって、見えなくなるぐらいに圧縮されたのだ。

同じようにして、百足も圧縮されていく。

まるで大きなダンゴムシのように。

 

「……オレたちの勝ちだぜ、ナギ」

 

ナギ「……ミナト…」

 

「…あぁ――ごほッ」

 

一瞬で何かが身体の中を駆け巡る。それは、違和感だった。

喉から上がってくる不快感。寒気。

もぞもぞとした憎悪。悪心。吐気。

頬から見たこともない量の血液が流れ出ていた。

先ほどの牙をもろに受け、毒が注入されたからか。

 

「――ッ」

 

口から吐き出したモノは、血と胃液、先ほどのパンに卵の匂い。

一瞬の精神的揺らぎが、能力を揺らいだ。

 

ナギ「あっ……」

 

光球が消える。

[重力結界]が消え、百足が地に叩きつけられた。

甲殻がボロボロに砕け、牙も砕けている。

しかし、まだ動ける様子であり、オレ達に身体を進めて来る。もはや逃げるという選択肢もなく、[敵]を最後まで駆逐してやろうと脳が勝手に命令し始めたようだった。

トドメを指すにも、火炎瓶は無い。

もう一度スペルカードを発動させるにも、能力が安定しない。

この害虫を駆除する方法は?

 

ナギ「――ミナト!」

 

耳鳴りの合間でナギの声がした。

その声が、かろうじでオレの意識をこちら側に引っ張り込んだ。

まだオレの身体は動く。もう少しだけでいい。頼むから、動いてくれ。

 

ナギ「この先――走って!」

 

「……オーケイ…!」

 

負傷したナギに手を引かれ、指をさした方向へと奔走する。

ダメージから解放された百足は、満身創痍でありながらもオレ達の後を追ってくる。

 

(足が……思った通りに動かねえ)

 

 

限界という限界は、とっくに超えている。

人間が使えるだけのチカラはとっくに使い切っている。

あるのは、手を引くナギの真っ直ぐな目と、オレの揺らぎない精神。

ナギの目指す場所はすぐにわかった。

――真っ暗な森の中、少し光の入る場所がある。

――そこは魔茸が群生しており、毒々しい世界が広がるばかりである。

 

「ぐ……ふ…」

 

吐血、吐瀉。

視界が薄紫に染まっていく。頭の奥がズキズキとひどく痛む。

それでもオレは走る。

ナギに、命を、引っ張られて。

あとどのくらい走ればいいか、知ったことではない。

百足が何処まで迫っているか、知ったことではない。

ただ走ればいい、その場所へ向かって。

 

「ぐッ……あ!!」

 

そして、薄暗い森に光が差し込んできた。

光に照らされた毒々しい茸たち。

近づいた侵入者の存在を感知し、ふしゅう、と胞子をまき散らす。

一瞬にして明るい空間が虹色に染まる。

足元に落ちた小鳥、食物連鎖の現場。

 

「…ナギ、少し我慢してくれ」

 

ナギ「…大丈夫、ミナトもね」

 

相方の了承を得て、オレはそこへ無我夢中に飛び込む。

 

「ッ……」

 

ナギ「うッ……!!」

 

息を吸わないように、日光を、胞子を浴びる。

肌を貫通してくるように、鋭い痛みが全身に走る。

だが、知ったことではない。

胞子のまき散らされる音に紛れ、ギシギシと甲殻が擦れる音が聞こえた。

それは百足も俺達と同じようにしてこの空間へ足を踏み入れたということ。

迂回することなく、一直線に、バカ正直に。

チカラも、図体も、何もかもオレ達よりデカイ妖怪。

足りないのは、その知能だ。

 

『――――』

 

オレたちは立ち止まった。

紫の視界が今度はぐにゃぐにゃに曲がってきている。

それでも知ったこっちゃない。

コイツを今、殺らなければならないんだ。

 

「少し離れててくれ、ナギ」

 

ナギ「…えぇ、分かった」

 

『――――』

 

スライドショーを見ているように、コマ送りで、歪み切った百足がオレに襲い掛かる。

牙が折れ、甲殻が砕かれてもなお獲物を逃がさない執念は。

さながら人間的で、動物的で、欲望的で、愚かだった。

 

「――ふッ」

 

オレはもう一度右手にスペルカードを握る。

それは先ほどの[重力結界]ではない。

別のスペルカードだ。

護身用に持っておきなさい。とどこかの巫女に渡された、一枚のカード。

百足がオレ達に飛び込んでくる。その瞬間、霊力を開放する。

 

「――[靈撃]!!」

 

パリン、と青い閃光が走った。

直後に発生した衝撃波は、辺りのモノを全て吹き飛ばす。

吹き飛ばされた百足は、胞子と共に無防備に投げ出された。

 

「――今だ!ナギ!!」

 

ナギ「うん!!」

 

ふらふらと立った彼女が両手を突き出す。

ふわりと髪の毛が浮く――魔力が膨れ上がって、両手に魔力が込められる。

魔力を練り終えた彼女は目を見開き、溜めたチカラが開放される。

 

ナギ「――はぁぁぁぁッ!!」

 

彼女の手から熱の塊が発生し、発射された。

先ほどの炎魔法、とびっきりの爆発魔法が、宙に投げ出された巨大百足へと引き寄せられていく。

だが、その大きさは百足の半分ほどであり、いくら甲殻がボロボロでも、効かないかもしれない――。

この[飛び散った胞子]が無ければ。

 

『――ギギギ――ギッ』

 

百足に炎が触れた瞬間――業火が空間全体に押し寄せた。

その爆発は百足付近だけでなく、オレ達にも押し寄せて来る。

[粉塵爆発]は威力が強烈すぎるのだ。

 

「ナギッ!!」

 

ナギ「ミナトッ!!」

 

お互いの身体を抱き寄せた瞬間、爆風がオレ達を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

足元をすくわれるようにして吹き飛ばされ、宙に投げ出される。

くるくると身体が回転していく。

身体が燃えるように熱い。肌が焼けこげる匂いもする。

しかし、それはすぐさま冷たい感覚によって消えていった。

地に着地、というより、水に着水した。

 

「……ふぉぉう…」

 

ナギ「……う、ん…」

 

「…無事か、ナギ」

 

ナギ「…何とか」

 

水の中で抱き合う俺達。

服が濡れたことによってナギのボディライン、スレンダーでスタイルの良い彼女の身体が露わになる。

 

ナギ「……!!」

 

「?」

 

ナギ「ばかっ!」

 

オレの視線に気づいたのか、回していた手を放すと、赤面しながら身体を隠した。

しおらしい少女。ギャップ萌えという奴である。さっきは本当に燃えたが。

綺麗な水の池の中から、先ほどの場所を眺めてみると、辺りに火が残っている中、百足は燃え尽きたように黒焦げになって倒れていた。動く様子は見せない。脳より体の限界が訪れていた。

 

「…終わった……」

 

ナギ「……ええ、ほんとに、おつかれ…って!」

 

ナギの言葉が終わらずに、オレは天を仰いだ。

身体が動かない。

視界がぐるぐると回る。

寒気が止まらない。

毒は既に全身に回っていて、正常な動作も判断も出来ない状態だ。

この状態で病院に運ばれてもなすすべはなく、医者も匙を投げるだろう。

 

ナギ「……よく頑張ったわ…あとは、ゆっくりおやすみ」

 

「…勝手に、殺すな…」

 

ナギ「……だって…毒が…」

 

現実世界なら、とっくに手遅れだっただろう。

だがここは幻想郷。不思議な出来事が起こりまくる世界だ。

 

「――[月の光]よ」

 

引力を、患部に発動する。

上手く引き寄せられるか分からない。が、イメージだけは鮮明だ。

傷口が無理矢理開かれているように痛む。

 

「――くッ」

 

ナギ「……え?」

 

少しして、血が滴り出る中、紫色の液体が垂れてきた。

毒の本体は血液の色とは違った。

地面に垂れたそれは、大地に吸収されていく。

全ての毒を出し終わると、身体が先ほどよりも軽くなった。

先ほどの不快感が嘘のように消えていた。

 

「……やれば出来んじゃんよ」

 

ナギ「…今、何したの?」

 

「ん、ただのミニオペだ」

 

ナギ「…あなた、本当に人間なの?」

 

「一応、な」

 

もう一度空を仰ぐ。

頭上には久方ぶりの日差しが差し込んでいた。

魔法の森。

不思議な生物と過酷な食物連鎖の絶えない世界。

その中でも、暗い森の上にはいつも太陽が昇っている。

 

 

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