東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
帰り道もまた困難の続きであった。
見たこともない生物やら植物に襲われながらも、来た時につけたロープを辿っていく。ナギの怪我はひどくなってしまっていたため、オレは彼女を背中に背負っていく。
ナギ「あ、あんたの背中になんか、死んでも乗らない!」
「乗らないと置いていくぞ」
ナギ「う、うう……」
暴れ馬の手綱を掴み、厳しい食物連鎖の現場を抜け、魔法の森を抜けた。
その後は何事もなく道を歩いてゆく。
ナギもその時には大人しくなっていた。目の前に広がる光景に目を奪われていたからであろう。
そんなこんなで無事人里に到着。
「街中調査!この人優しい?厳しい?」を行えば100人中99人が優しい!と答えるであろうたれ目の関門のおじさんと会話をし、門を開けてもらう。
夕暮れの人里はいつものように買い物客で賑わっていた。
ナギ「ここが、人里……」
背中のナギも感動したように声を漏らしている。
人がたくさんいるというだけで嬉しいのだろう。
ナギ「……って!なんでまだ負ぶってんのよ!いい加減下ろしなさい!」
「足くじいたっつったのは何処の誰だ」
ナギ「べ、別にもう痛くないわよ!」
ギャーギャー喚くナギを無視し、人里の北部を目指す。
もちろん行くところは稗田家。
人里の外から帰ってきた時はここへ挨拶をしなければならない規則(ルール)だ。
稗田家に行くと、阿求は門の前に立っていた。
オレ達を見つけるや否や、こちらに駆け寄ってくる。
阿求『ミナト様!ご無事でしたか…!』
「あぁ、なんくるないさ」
ホッと胸をなでおろす阿求。
わざわざ門の前で待っていたなんて、よほど心配だったらしい。
彼女の視線は、オレが負ぶっている奴へと向けられる。
阿求「…そちらの方は?」
「オレのツレだ、こいつをちょっと手当してくれないか?」
ナギ「ま、待ちなさいよ!別に怪我したわけじゃ――」
と言いかけるが、阿求は失礼します、と膝をついてナギの脚を触った。
あう、と痛そうな声が上がる。
阿求「随分強く捻りましたね。……分かりました
阿求は先に玄関へ向かい、扉を開ける。
オレは礼を言い、稗田家へ入る。
背中のナギは状況を飲み込んだのか、すっかりと黙っていた。
ナギ「……ツレって何よ」
「?」
ナギ「な、なんでもない!バーカ!」
「…そすか」
理不尽極まりないのが御船ナギその人だ。
§
阿求「……これで大丈夫でしょう」
顔を上げ、包帯などを片付けながら阿求は言う。
ナギの足は包帯でぐるぐる巻かれている、的確な応急処置が施されていた。
阿求の医療スキルの高さが窺える。
阿求「治るまでには一週間といったところですね。あまり無茶はしないでください」
ナギ「あ、ありがと」
阿求「いえいえ」
屈託の無い笑顔を向けられて、照れくさそうに頬をかくナギ。
人と会うのが久しぶり過ぎて、対応に困っているのだろう。
安静にするように、と布団で寝かされている。
阿求「さて、と…今度はミナトさんの番です」
「…怪我なんかしてねぇぞ」
阿求「嘘ですね、腹部。見せてください」
おしぼりを絞り終え、オレの元へ近寄る阿求。
心配そうな眼差しと、オレの嘘を見抜く強い眼差しを向けて来る。
「……参ったよ、稗田当主の手を煩わせる訳にはいかんのに」
阿求「私に嘘は通じないですよ」
この世の女性はみな勘が鋭いようだ。
服を脱がされ、少しばかり赤紫の、陥没した腹が露わになる。
毒は抜け、傷も浅いが、今でも少し痛む。
阿求は素早く患部に消毒をし、新しい包帯を切って巻いていく。
やはり手際が良く、洗練された動きだ。
包帯を巻き終え、阿求はオレの背中をぽんと叩いた。
阿求「これで大丈夫です。何度も言いますが、無理はなさらないでください」
「ん、尽力する」
阿求「……と言ってまた怪我するんですね」
「恐らくは」
阿求を前にすると反論が出来なくなる。
まるで阿求が親で子どものオレ達を治療しながらお説教するように。
一般の家庭ではこんな光景が日常茶飯事であろう。オレには分からないが。
オレは包帯が巻かれた場所をさすり、服を着る。
阿求「おしぼり洗ってきますね」
阿求は水の張った桶を持って出て行く。
残されたオレとナギは、目を合わせる事無くぼんやりとしている。
時間がゆっくりと流れていくのを肌で感じる。
ナギ「ねぇ……ミナト?」
「なんだ」
中庭に植えてある桜、ピンクの中に緑が混ざり始めている。
ナギ「あの阿求さん?って子……いくつ?」
「さぁな、歳は聞いてない」
ナギ「……なんだろう。見た目は私達より遥かに幼い…けど、私達以上に生きている気がする」
ナギは阿求を見抜いているようだった。
それは女の勘って奴なのか、それとも[能力]によるモノなのか。
「ま、不思議な雰囲気ってのはあるな」
ナギ「……うん」
というと、ナギは毛布を顔まで被った。
かなり疲れているのだろう、これほどまでに弱った彼女は今まで見た事が無い。
ナギ「……ミナト」
もう一度オレの名前が呼ばれる。
「なんだね」
もう一度同じように返答する。
ナギ「私のこと、助けてくれて……本当にありがとう」
「……」
ナギ「ミナトがいなかったら、私、私……」
「……今はゆっくり休め、後の事は後で考えよう」
毛布の擦れる音。
静寂が部屋の中を満たした。
互いの呼吸が聞こえ、無音が響く。
ナギ「ねえ」
「なんだ」
ナギ「私たち……元の世界に帰れるのかな?」
元の世界。
ナギ達はただ巻き込まれただけだ、自分の意志で幻想郷に来た訳ではない。
そう思うのは分かる。
しかし、行き方は知っていても、帰り方は知らない。
ナギ「私たち、このままこの世界で暮らさなきゃいけないのかな?」
霊夢は[列車]で来た者は返せないと言っていた。
帰る方法は――無いのか?
「帰れるさ」
今、返答することができる言葉はこれしかない。
ナギ「…え?」
「なんかしら方法はあるさ。それが正攻法でも邪道でもな」
ナギ「……」
「とりあえず、今は休め。疲れた身体で考えても何も浮かばん」
その言葉は、半ば自分自身に言っていた。
ナギ達を帰す方法も考えながら、オレ自身の事も考える。
それは疲れた頭ではいい案も思い浮かばない。
ナギ「……うん」
静寂。
やがてナギの小さな寝息がはっきりと聞こえてきた。
ずっと精神を張りながら生きてきたのだ。ピンと糸が切れるのも一瞬だ。
「……」
ひとりになったので、またぼんやりと庭を眺める。
稗田の豪邸でホームアローンをしたら楽しいのでは?と考えながら――。
§
阿求「失礼します……あら」
阿求が襖をあけて入ってくると、ナギは既に寝息を立てていた。
その布団の隣では、座りながら寝ているミナトの姿もあった。
阿求「……本当に、子どもみたいな寝顔ですね」
しばらくその光景を眺め、頬を緩める。阿求は毛布を男に掛けた。
§