東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
夕飯を終え、食後の一服に煙草を吸う。
ナギは流し台で洗い物をしている。彼女曰く、「洗い物も料理、女子の仕事よ」だそうだ
カチャカチャ、と食器の擦れる音。
ナギ「やっぱり水道無いと不便ね」
「それもまた一興だ」
ナギ「なるほど、便利が良いって訳じゃあないしね」
そんな会話をしている内に洗い物が終わったのか、こちらに戻ってくる。
ナギ「はい、お茶」
「ん、おおきに」
受け取ったお茶を啜る。釜戸の残り火で作ったらしい。
温かいお茶はいつの時代も美味いものだ。
ナギ「でも、携帯が繋がらないのは不便ね」
「現代人に染み付いた携帯中毒の重さを再確認させられるぜ」
ナギ「……通信料は、取られるのかしら?」
「定額は取られるだろうな」
ナギ「口座にお金入ってたかしら」
派手なピンクの携帯を眺めながら苦悶の表情を浮かべるナギ。
ナギ「はぁ……せっかくなら両親に連絡入れたかったわ」
「向こうに帰ってからでも遅くないだろ」
ナギ「今頃、外の世界では『行方不明』って事で騒がれているんでしょうね……」
ラジオで聞いた通り実際にオレ達は行方不明とされている。
今回の事件は不可解な未解決事件としてドキュメンタリー番組で視聴率の餌食にされることだろう。
お茶を啜る。
煙草を咥える。
ため息をつく。
お茶を啜る。
と、不意に玄関の扉がノックされた。
「はいはい」
煙草の火を消し、玄関を開ける。
そこには慧音と妹紅が立っていた。
妹紅『おっす』
慧音『夜分遅くにすまない』
「どうもどうも、これは藤原夫妻」
妹紅『どーいう意味だ。……おや』
玄関から上がろうとした時、妹紅の視線が俺の奥に送られる。
オレの背後から「ど、どうも」とナギの声。
妹紅「……お邪魔だったか?」
「いや、そんな事ないぞ」
――ナギはオレの友人であり、それ以上は無い。
先にそれを伝えるべきだったかもしれない。
慧音「え、あ、み、ミナト、別に、そうだぞ」
「……慧音?」
慧音「あ、いやなんでもないぞ!うん!」
慧音が何故か狼狽えていた。
それを見て妹紅が笑う。
妹紅「……アンタ、やっぱり面白いな」
「何故に?」
妹紅「なんでも。ま、少しだけ上がらしてもらうよ」
靴を脱ぎ、畳に座る妹紅と慧音。
ナギ「あ、どうも初めまして。御船ナギです」
正座をしたナギが小さく会釈する。
妹紅「初めまして、アンタが噂の和服の子か」
ナギ「え?」
慧音「今人里で噂になってるよ。可愛い外来人の到来だ!ってね」
ナギ「そ、そんな……噂になるほどじゃ……」
謙遜しているが、顔が赤くなっているナギ。
心の底では「そうでしょうね!!」とガッツポーズしているだろう。
ナギ「……ミナト」
「はいはい」
ナギのオレを見る目が鋭い。これ以上の詮索はやめておく。
卓袱台に二つお茶を置くと、「ありがとう」と妹紅と慧音がお茶を啜る。
「2人そろって珍しいな、どうした?」
慧音「や、大したことじゃないんだ。たまたま家の前を通りかかったら声が聞こえたんでな」
妹紅「そしたら女連れ込んでイチャイチャしてた」
「イチャイチャしてねぇよ」
ナギ「イチャイチャしてません!!」
声がハーモニクスする。
何故そんなに大きな声で否定するんだ。
妹紅はカッカと笑いながら、ナギをまじまじと見つめ始める。
妹紅「でも……アンタよく魔法の森から生身で来れたなぁ」
ナギ「何度も死ぬかと思いましたけど、ミナトが助けに来てくれたんです」
妹紅「まさに英雄(ヒーロー)が助けに来てくれた訳だ」
ナギ「帰る時は血だらけでしたけどね」
敬語を使いながら妹紅と話をするナギ。
慧音「……おい」
「何でしょうか、慧音さん」
対してこちら側。
小さな声でオレに聞く慧音。
その眼は、何故か鋭い光を帯びている。
慧音「あの女の子は誰なんだ?」
「アイツはオレの友人だ、外の世界からこっちにやってきた」
慧音「ゆ、友人?」
「…‥なんでそんなに驚いているんだ?」
い、いや、べつに、と先ほどと同じように狼狽える慧音。
しばしナギと妹紅の方をじっと見つめていると、ゆっくりと赤い顔が落ち着いてきた。
慧音「なるほど、友人、か」
落ち着きを取り戻した慧音は「こほん」と咳払いする。
慧音「それで、怪我は大丈夫か?」
「あぁ、もう塞がったし安心安全だ」
慧音が心配したような顔をしてくる。
慧音にはこんな顔をさせたくはなかったが、彼女の性格であり、優しさであり、良い所でもある。
慧音「そうか、無理はしないでくれよ」
「あぁ、死んでも寺子屋で働くから大丈夫だ」
慧音「……子どもたちも吃驚して喜ぶだろうな」
オレは灰皿を片付けると、妹紅が「あ、そうだ」と声を上げる。
その手には煙草の箱が握られている。
妹紅「ミナト、少し夜風を浴びないか?」
「なんでまた急に」
妹紅「なんでも、気まぐれだ」
よくわからないが煙草を吸いたいようだ。
ナギを気遣っての事だろう。煙草の煙は慣れているから部屋で吸っても良かったのだが。意外と初対面の出会いは大切にするタイプらしい。
妹紅「ってことで、ナギ。ちょっとミナト借りてくよ」
ナギ「えぇ、少し痛めつけても良いですよ」
妹紅「少し、ね……そうするよ」
何だか嫌な予感がしたが、黙っておいた。
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