東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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彼女

慧音「……で、ナギ君と言ったかな?」

 

ミナトと妹紅さんが飛び出してから、少しの静寂。

目線をお茶の水面に落としていると、慧音さんから話しかけてきた。

 

「あ、はい、そうです。慧音さん」

 

慧音「さん、は付けなくていいよ。あと敬語もいらない」

 

「……少しずつ、慣らしていくね」

 

寺子屋の先生をしていると聞いたが、先生というだけあって人の心が分かるのだろう。

お言葉なので、いつも通りの私に戻す。

 

慧音「ミナトも最初は私の事を『先生』と呼んでいてな。堅苦しいと思ったな」

 

「初対面は誰でもそうなるんじゃない?」

 

慧音「確かにな。でも深く関わるためには敬語は壁になるだけだ」

 

背中を伸ばしきちんと正座する慧音。

なんというか、隙が無い。

上品で礼儀正しく、でも何処か親しみのある、そんな雰囲気がする。

そして、なにより――。

 

「……でっかいわね」

 

慧音「…何がだ?」

 

「あ、いや……心の器がでっかいな、って」

 

自分の胸をさする。さするって表現、自分でしなくなかった。

そんな悲しみの雨に打たれた気分になる。

 

慧音「……君もでっかいよ」

 

「へ!?」

 

慧音先生、ちゃんと現実を見てる?

ほら、見て。どう見てもちっちゃいじゃない?なのにでっかいだなんて言える?

ってか悲しくなるからこの話題終わりたい。

 

慧音「ミナトと友人なのだろう?あんなに自由な人間に君は気が置けない」

 

「ま、まぁ。確かに自由過ぎて何処かに飛んでいきそうね」

 

慧音「だろう?この間なんかは――」

 

と言って慧音が怒ったように話し始める。

能力も無い時に妖怪と戦った事、魔法の森に入り込んだ事を始め、教室で寝ていたとか煙草は止めないし、時に女の子と歩いたりしているし――。

その内容は後半からとりとめのない事になっていった。

私は話を聞きながら思う。

 

――ミナト、やっぱり変わってないのね。

 

慧音「本当に呆れるよ、彼の自由さには……」

 

「慧音も苦労しているのね」

 

慧音「全くだ、心配する側にもなってほしいものだよ」

 

二人のお茶が尽きたので、新しいお茶を淹れなおす。

ポットにはちょうど二人分のお湯、ぽとぽと落としていく。

突然現れた家電製品共、とミナトは言っていた。

お茶を卓袱台に置く、ありがとう、と慧音。

今や緊張はほぐれていた。

それは慧音も同じだろう。

 

慧音「……そういえば、君の能力は?」

 

ポットの電源コードを抜いていると、慧音が言う。

 

「……私の能力は、自分でもよく分かってないんだけど、[妖力を感知する能力]だって」

 

慧音「妖力?……あぁ」

 

慧音が納得行った、というように頷く。

 

慧音「だから里の商店街でマミゾウを警戒していた訳だ」

 

「……見てたの?」

 

慧音「いや、そういう噂が流れていたんだ。[淑女にたてつく若い女性]がいるって」

 

なんだか私、色々と変な噂が流れてない?

火のない所に煙は立たぬ、っていうけど、このままじゃ煙じゃなくて何か別の物が出るような気がする。

 

慧音「だから、マミゾウが持つ妖力を感知したのだな」

 

思い出す。彼女の中に潜む妖力を。

言葉では表すことのできない、得体のしれない何か。

 

「あの人、里の中で一番怖いというか、ぞくっとするというか、危ない気がするの」

 

今まで感じた妖力は純粋な妖力で、ただ「妖怪だ」ということを伝えるだけだった。

しかし、マミゾウの妖力は違う。

例えるなら、「純粋な水と見せかけて実は強力な毒水」であるような、その奥に邪悪さを潜めた、底の知れない妖力――。

 

慧音「……あまり深く思いつめるな」

 

慧音は微笑みながら、私の背中をさする。

無意識のうちに私は恐怖を感じていたらしい。

 

慧音「キミの能力は時として不幸になってしまう事もあるだろう」

 

「……うん」

 

慧音「だから、あまり深く考えるな、いつか気付くときがくるさ」

 

「……何に?」

 

慧音「そうだな……その力が、大切な人を守るんだ、ってな」

 

湯呑みに口を当てる慧音。

やっぱり上品な女性の何気ないしぐさってのはただそれだけなのにグッとくるものがある。

小さな敗北を感じた。

 

 

§


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