東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
桜
むせ返るような花の香り。
桃色の吹雪が視界をピンクに染める。
ひとつひとつが光の粒のように輝くそれらは、今が春であることを知らせている。
「……ここが、幻想郷…」
オレの目の前に広がる、大量の桜と、巨大な神社。
少し古いが、荘厳という言葉が似合う。
そしてどこか寂寥感のような、哀愁を漂わせている建物だ。
辺りを見渡すと、座っている人々がいた。
『今年も見事な桜だなぁ』
『こんな贅沢な肴にお酒とは…お天道様に感謝だ』
『先生!はやくはやくー!』
『おお、満開だな……綺麗だ』
『さくら!さくらが咲いてるよ!』
「……花見か」
盃を交わしている人たち、石段を登りちょうど神社に着いた子どもたちなど。
彼らは服が現代とは離れ、教科書で見た明治時代初期の庶民のような服装をしていた。
(江戸村行った時もあんな人達がいたな)
ただ、あれは現代風にアレンジしてあるので、あそこまでリアリティはない。
再び見渡すと、石段の先には真っ赤な鳥居があった。
今子どもたちがくぐってきたアレだ。
そいつに近づいてみてみる。
(博麗神社…)
裏側に[博麗神社]と刻まれてある。
なるほど、ここは[博麗神社]というのか。
桜の綺麗な神社、博麗神社。
ソラがいたら飛んで喜びそうな場所だ。
?『アンタ、何しているの?』
桜を見納め、改めて博麗神社本殿を見ようとした時――声を掛けられる。
そこには、箒を持った、巫女さんがいた。
(見事な紅白巫女さんだな…)
その少女は、紅と白5:5のバランスの取れた民族衣装に身を包んでいる。
まるで[巫女服]のような衣装ではあるが、肩が出ていたり頭の真っ赤なリボンだったり現代風アレンジとしてポイントは高い。
だが神社で働くには少し場違いのような服装な気がする。
(だが可愛いのでノープロブレムだ)
?「……話、聞いてる?」
ずい、と歩みを近づける巫女さん。
目つきが更に鋭くなる、視線を外したくなるほどの目力だ。
「聞いてるよ、鳥居が立派だなって見ていただけだ」
?「…そんなの見てるの、アンタぐらいよ」
巫女さんは不審な目でオレを見る。
今じゃ巫女さんなんて府内イベントぐらいでしか現れない。
目の前に本物が居るのが新鮮というか、目の保養というか。
改めて巫女さんを見る。
?「……なに?今度は私?」
亜麻色の髪が春風に翻り、彼女は髪を耳に掛ける。
そのしぐさひとつひとつが、絵になる。
「いや…美しいなって」
?「え?」
「…なんでもないぞ」
色々と訝しがられているので、巫女さんの目を見てそう言う。
?「……」
顔を赤くしたように見える…が、巫女さんの目が一層鋭くなった。
まずい。これは、殺気?
?「……はぁ、こいつが…紫の言ってた奴?」
「え?」
?「なんでもないわよ」
こほん、と巫女さんは咳払いをして、少しだけ頬を緩める。
どこか気怠そうな表情だが、栗色の綺麗な瞳がオレを見つめる。
?「ようこそ幻想郷へ。何もないところだけどゆっくりしていきなさい」
「やっぱり幻想郷なのか!」
?「え、えぇ?そう、だけど…」
幼い頃の記憶。
親父への手がかり。
それは糸のように細く、しかし確かにオレの求めるモノへと続いていた。
興奮ゆえに震え出す足。抑えようとしても震えは止まらない。
?「…あんた、やっぱり変な人ね」
「お前が欲しいとは言ってないぞ」
?「そこまでいったらもはや変態ね」
いきなり変な人扱いされる始末。
列車では面白い人と、今は変な人と言われるオレ。
そのうちゴミだの悪魔だの言われそうだ。
「…アンタだって、今時巫女服なんて流行んないぜ」
サブカル界では尚も人気を誇っているがな!
ちなみにオレは巫女よりメイド、ナースの方が好きだ。魔女っ娘もゴスロリも捨てがたい。
?「流行る流行らないじゃなくて、私はここの巫女だから」
売り言葉に買い言葉。
バチバチと火花が散る勢いで視線が交叉する。
?「というか、アンタ、どうやってここまで来たの?神隠し?」
「や、列車に乗ってやってきた」
そういうと、巫女はきょとんとした顔でオレをじっと見つめてくる。
?「列車って……[列車]?」
「あぁ。いきなり現れて、いきなり連れてこられた」
?「……はぁ、アレ、まだ動いてんのね」
彼女が何の事を言っているのかイマイチ分からない。
あの列車はどういった物なのだろうか?
とりあえず幻想郷に着いた訳なので、まずは情報を収集する。
「ところで、アンタ巫女って言ったよな」
?「…えぇ。この神社のね」
「幻想郷について詳しく教えてくれよ」
「…本当におかしな人ね。何を企んでるの?」
どうやらオレは完全な不審者として見られているらしい。
もう一度巫女はため息をついた。
日頃から苦労の多そうな人だ。
「何も企んでいない、いや、企んでいるか?」
?「…もう面倒だから、あっちで話しましょ」
巫女さんは箒を肩に担ぎ、神社本殿の横を指差す。
ちょうど襖が開き、奥に畳が広がっている。
?「まぁ、ここに来るまでにいろんな非日常に遭ってきたんでしょうね。その疲れ切った顔を見ればわかるわ」
「……」
確かに、興奮とは裏腹に、オレ背筋は汗でびっしょり濡れていた。
常識ではありえないこの光景。
春は既に過ぎているし、夜だったはずなのに昼になっていたりと、頭の理解はとうに容量を超えている。
知恵熱でも出てしまったのか、うっすらと頭が重い。
?「話がてらにしばらくここで休んでいきなさい」
「だが断る」
?「それを断るわ。休んでいきなさい」
「ナニッ!?」
おう、強制連行イベントだったか。
このままいけば巫女さんルートまっしぐらだが…今のオレにはほかに選択肢はない。
「…少しだけ、世話になる」
?「いいえ。久しぶりの外からの外来人だから」
巫女はオレに背を向けて歩き出していた。
その揺れるリボンを追いかける。
オレの後ろでは、子どもたちが元気に風と花と遊んでいた。
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