東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
幻想郷。
外の世界から[博麗大結界]という結界によって隔離された、もう一つの日本。
オレたちの傍にあるが、往来交わることの無い世界。
アンタの住むところにも結界が張ってある、それが幻想郷でいうどこなのかは分からないけど、と巫女である博麗霊夢は言った。
ちなみに結界とは、目に見えない不可思議の壁、と考えていいようだ。
そんな幻想郷はパラレルワールド、というよりは結界一枚で繋がっている『裏の世界』といった風か。
そして、その博麗大結界はある性質を持っている。
それは、[外の世界で喪われたモノが流れ込む]力を持っているのだという。
(やっぱり、あの女の子が言ってた世界で間違いないな)
喪われたモノとは、時代が流れるに従って必要が無くなった物である。
いろいろと紹介されたがさっぱりである。歴史の教科書でしか見たことのない白黒テレビだとか、どんな原理で動いているかさえも分からない製氷機。
そんな歴史の遺物となった物たちを、幻想郷の住民は修理し、度々利用しているのだという。
外から持ってきてくれる人もいるんだけどね、と霊夢。
まとめると、幻想郷は結界によって隔てられた、[喪われたモノ]が集う世界である――。
§
霊夢「と、ここまでが幻想郷の説明ね」
「参考になった。ありがとう」
冷たい麦茶をすする。
神社内から眺める外の風景はまた絶景なもので、煌びやかな光の境内を桃色が支配し、それを楽しむ人々の声がする。
(詫び寂び、ってか)
今の日本では絶対に見られない光景だ。
霊夢「じゃ、次はアンタの番」
「オレの話なんて聞いてどうするんだ」
霊夢「今後の参考に。なんで幻想郷を知ってたの?」
鋭い質問だが、避けては通れない。
オレは少しの昔話と幻想郷に来た理由を霊夢に説明した。
霊夢「へぇ、親父さんか…ここにきてるの?」
「らしい、詳しくは分からないが、その可能性が高いんだ」
霊夢「らしいって?」
「…あくまで人に聞いた話だ」
――アナタの父親は、幻想郷にいる。
列車で美女に言われた言葉。
あの美女は、オレの親父を知っていて、幻想郷にいると言っていた。
何者なのだろうか、人間の美しさとはかけ離れた、あの妖艶な女性は。
霊夢「しかし、まぁ…なんとも無謀ね」
「まぁな」
誰に何を言われようと、もう幻想郷に来てしまったのだから、後戻りはできない。
霊夢「…ま、アンタが強い意思を持っていることは分かった。私はそういうのに無頓着だから、力になれないけど」
「いや、麦茶と茶菓子を貰った。十分力を貰ってる」
霊夢「なによそれ」
オレの返答に予想外だったのか、意外そうに目を見開いて、微笑む霊夢。
先ほどまでの不審な目が嘘のようだ。
彼女は、グラスに入った氷をからんと指でつつくと、
霊夢「親を探しに、か…」
「?」
霊夢「…なんでもないわよ」
それは消え入りそうな声だった。
明るい外景と対称的な、暗い言霊。
「……ん」
オレはあえて聞こえないふりをした。
水滴のついたグラスを見つめ、一気に飲み干す。
透き通った氷があらわになった。
それは、太陽の光をいっぱいに乱反射し、まるでダイアモンドをグラス一杯に詰めたように輝いている。
「麦茶、美味かった。ここは心の落ち着くいいところだな」
オレは立ち上がり、煙草を吸おうと外に向かう。
霊夢「あらどうも。もう行くの?」
「あぁ、ちょっとそこまでな」
ポケットの中身を確認する。
携帯電話と煙草とライター、家の鍵。そして先ほどの乗車券。
これで荷物は全部だ。
ポケットには収まりきらないから、バックパックを持ってくればよかったな、と思う。
今更遅いが。
霊夢「まぁ頑張りなさい。何かあったらここに戻ってきてもいいし。お茶ぐらい出してあげるわよ」
「それはうれしいね。すぐにでも戻ってくるよ」
靴を履き、よっと小さな段差を下りて庭に着地。
太陽はオレの頭上でさんさんと照っている。さっきよりも空気が少し温かくなっていた。
「じゃ、またな」
紅い鳥居の先に広がる深緑と清蒼。
その広がる桃源郷の景色に、オレは吸い込まれるように向かっていく。
霊夢「あ、森には人肉好きな妖怪がわんさか出るから気を付けなさいねー。…聞こえてないようだけど、大丈夫かしら」