東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
オレは今絶望の淵に立っていた。
いや、死へのオーバーロードを文字通り死にもの狂いで突っ走っていた。
「っざっけんじゃねえよ!!!」
――神社から人里への道は目印をたどれば一本道。鬱蒼とした森があるからその先を抜けるとね――。
霊夢の言葉が脳裏に浮かぶ。
それはただの森だと思っていた。
どこにでもあるような変哲のないただの森だと勝手に思っていた。
だが、想像は遥かに違っていた。
――ただの森じゃない。
『キュルキュルキュルキュル!!』
『ピエピロピエピロ……』
『シェエエエエエエエエエエ!?』
眼球の飛び出た白髪の飛行人。
胸元まで伸びた牙に一つ目で、短い角の生えた4足歩行人。
緑色の藻に包まれ、どこまでも伸びる舌を伸ばしてくる蛙人。
オレは、この謎の三人に襲われていた。
(いや、こいつらは人じゃない。断じて違う!)
大地から飛び出た木の根を飛び越える。
太陽の光さえも届かない湿気の闇。
目を凝らさなければ今にも木々にぶつかりそうだ。
後ろの化け物たちはそんな事気にも留めず、並走している。
お互いに言葉ではない、電波のようなものを飛ばしてコンタクトを取っているのだろう。
(何かないか、何か……うおっ!?)
突っ込んできた白髪がオレの肩を掠め取っていく。
血こそ出てはないが、うっすらと紅い筋が破れた服の間から覗いていた。
(なんて切れ味のいい爪なんだ、中華包丁も顔負けだぜ…)
急いでポケットをまさぐる。
何か武器になるものはないか、何か。
武器その一、携帯電話。
ロック画面を解除せずに緊急連絡画面へとスラ――いや、警察なんてこの世界には存在するのか?というか圏外。役立たずのゴミだ。
武器その二、煙草。
一緒に煙草でも吸うか?おそらくゆっくりとバリボリ喰われるのがオチ。
武器その三、ライター。
使えそうだが森へ放火する訳にもいかない、要検討。
武器その四、家の鍵。
これが一番役に立たない。ボツ。
そして最後に乗車券。さっき乗ったばかりの電車なんて来るはずがない。大切にしまう。
ここまで来たら、ライターでここら辺を焼野原に変えるしか――
(……ん?)
後ろポケットをまさぐっていると、何かが指に触れた。
固い厚紙のような感触だ。それも四角形の紙。
それを取り出そうとした瞬間、世界が90度転回し、壁が生じた。
「ダズッ!」
顔面から濡れた草をスライディングする。
あれほど気を付けていた木の根っこが、オレの足に絡みついていた。
三匹の化け物がオレを見て嗤い声をあげている。
(いや…こいつらだけじゃない)
笑い声はそこらじゅうから木霊のように響いていた。
恐らくこの木の根も、森全体が、オレを捕食しようとしているのだ。
「…クソッ…」
パニックのあまり、足に絡みついた根が思うようにほどけない。
『キュルキュルキュルキュル!!』
『ピエピロピエピロ……』
『シェエエエエエエエエエエ!?』
こいつらは同じような鳴き声しか上げられないのか?
そんな疑問は、奴らが光らせた牙によって消え去る。
(SAN値チェック、1D100でどうぞ)
外の世界で邪神を見たとき、一般人だったオレはダイスの女神に突き放され、精神崩壊を起こし他界した。
今、現実。
化け物を目にして、オレは精神崩壊を起こしていない。発狂状態もない。
つまり、まだオレは正常。ならば、戦える。戦う資格はある。
“藁にも縋る想い”という言葉が脳裏にチラついた。
(鬼が出るか、仏が出るか…!)
奴らが腕を振り挙げた瞬間、オレは、四角形の紙を掲げた。
「う―――――あッッ!!」
途端、そのカードは光を放った。
瞬く間に波紋を拡散させた極光が、鬱蒼とした黒き森を一瞬で満たしていく。
「何の光――ッ!?」
反らしていた目を向け、光の隙間で少し見えた光景。
『キュルキュルキュルキュル!!』
『ピエピロピエピロ……』
『シェエエエエエエエエエエ!???』
化け物たちは目を覆い隠していた――刹那。
短い悲鳴が捻りだされ、すぐさま聞こえなくなった。
光は、化け物をその光の球体に引きずり込み、音もなく粒子と一体化させた。
「――――がっ!?」
そして、直後に生じた、身体に異常な浮遊感。
内臓が重力に押しつぶされるような吐き気に襲われた。
足から大地が遠のいていく。まるで意識が天へと昇っていくかのような、強烈な重力。
やがて、森の上空でオレは止まる。
『人間さまひとりサルベージだぜ』
「……あ?」
――親方!頭上から女の子の声が!
落ち着いて見てみる。
そこには、下に森が、上に黒のスカートと白いドロワーズが浮いていた。
§