東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
『お母さんは、お父さんの後を追うね』
突然の父親の失踪。
それは本当に突然の事で。
何の前触れもなく。何の理由もなく。
父親の失踪が生んだ波紋は、音のない小さなものだと思っていた。
『もう無理。アタシ、一人で生きていく』
波紋は連鎖した。
次第に大きくなった波紋は周りにいた人間すべてを狂わせた。
最初は母が。
次に姉が。
どん。
どん。
どん。
どん――。
波紋は大きくなって、津波になり、収拾がつかなくなった。
『今日から私がパパだ』
あの頃、オレはどのぐらいまで生きられるのだろうか?と考えていた。
オレが昔の記憶を上手く思い出せないのも、不安な生活がずっと続いていたから。
――父親はいない。その不安は、オレだけではなかった。
母親も後を追うように失踪した。
母の部屋に残されたのは、ばら撒かれた精神安定剤。
…今はどうしているかも分からない。何処かで生きているのかもしれないし、別の男でも作ったのかもしれない。
(………………)
残されたオレと姉は、養父と暮らした。
義父には家族がいなかった。
何故いないのか、は分からない。
とにかく、オレ達にとっては、その人が父親だった。
義父は、厳しい人だった。
厳格で小さな悪事も見逃さない、正義心に強い養父。
オレ達が悪い事をした時には、よく殴られたっけ。
そんな養父の性格を、姉は受け入れられなかった。
金槌でガラスを叩いてはいけない理由のように、繊細な姉の心に養父は強すぎたのだ。
(………)
養父は暴力的だったが、同時に文学的でもあった。
オレは色んな事を教えてもらった。
生きるために必要な知恵、先人の教え、処世術、そして娯楽――とにかく、色々だ。
そのおかげで、早くから大人の味を知ってしまったため、後の反抗期は荒れに荒れてしまった訳なのだが。
(……)
養父が父親であったことに、後悔はない。
だけど、もし過去に戻れるとしたら、幼い頃にこう聞けばよかった。
『元の父親と義父がどんな関係であったか』と。
この質問を聞こうにもタイミングがなかった。
父親としてよくしてもらってたし、聞くのも悪いと思っていた――。
『いいか、ミナト』
何度も脳裏に響く、低くハリのある義父の声。
そういえば、義父はよくこんなことを言ってたか。
『ミナト。夢ってのはな、生きるための道しるべなんだ。叶う叶わないじゃなくて、そこにあることに意味がある』
――夢。
オレの夢は、何だったのだろうか?
…いや、予想はついている、本当の父親に会うことだ。
父親に会った時、果たして何が起こるのだろうか?
父親に会えなかった時、果たして何が起こるのだろうか?
(…………)
――道しるべ。
現に今、オレはその道しるべを辿り、幻想郷に行きついた。
夢というものに向かった結果、こうして別の世界に来てまで何かをつかみ取ろうとしている。
オレが掴めるものはなんだ?
全てが終わった時、オレの手には何が残っている――?
(……やめだ)
考えることをやめる。
無駄な思考に時間を割くのはオレの悪いクセだ。
今は深く考える必要はない。
全ては出会ってからで遅くはないはずだ。
(……またな、みんな)
ここが自分の夢であることを自覚し、文字通りの白昼夢から目を醒まそうとする。
夢の中だけで出会える家族の姿は、消えていった。
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