東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
靈撃で吹き飛ばされた男。
または、能力を持っていない男。
だけども、神社の森で妖怪を退治した男。
(やっぱり能力を持っている、と思うのよねぇ…)
今日のあの反応は、本当に[能力]を知らない様子だった。
私からしたら、彼は絶対に何かの能力を持っている。
ただ、今はその存在に気付いていないだけ。
自分に嘘をついてるってわけじゃあなさそうだけど。
(…眠れない)
布団に入っても睡魔は降りてこない。
気分を変えて布団から抜け、窓の縁に腰を掛ける。
暗闇に包まれた神社の境内はいつもどおりひっそりとしていた。
普段なら霊の一人二人、出て来るんだろうけど。
遠くで、桜が擦れる音がする。
ひんやりとした空気が、私の頬を撫でる。
紺色の空にはいつもの満月が浮かんでいた。
「あら、満月」
満月を綺麗だと思うようになったのはいつからだろう?
おそらくそれは、ある異変を解決した後の事だ。
私もお酒を呑んでいた時だったから、詳しくは覚えてないけど、確かにその時だ。
月は闇を照らしている。
闇だけじゃない。
博麗神社も、人間も、妖怪も、全部、あの光が照らしている。
(…なんでこんな寂寥の感に囚われているのかしら)
やっぱり寝れない理由がある。
思い当たりはもちろんある。
今、下で同じように満月の光に照らされているであろう、男。
そりゃあただ普通の外来人だし、能力については全く無知だし、妖怪に殺されかけたけど…。
――幻想郷に、自らやってきた。
この信念が、執心が、決意が、あの男にはある。
ここが、私が出会ってきた人間の中でも異質だと思える所。
眠れない原因であった。
(父親を捜しに、か…)
父親。
私にとっての父親は、いったいどんな人なのだろう?
もはや追おうとしても追える距離には居ない。
そもそも記憶から完全に抜け落ちているのだ。
会いたい、とも会おう、とも思ったりもしない。
それは、一生会えないと分かっているからであり、一種の諦め、だ。
だけども、あの男――一之瀬ミナトは違う。
本当に会おうと決意している目をしているのだから。
会えないかもしれない、そんな未来を彼は見つめていない。
(…ホント、私らしくないわ)
寝間着を整え、窓を閉める。
最後に窓越しに空を見上げる。
満月は、やはり美しい。
そう思える。
(……明日の朝ごはんは少し張り切ろうかしら)
布団に入り、目を瞑る。
脳裏に浮かぶ、さっきの光景。
靈撃に吹き飛ばされた一之瀬ミナトの必死な顔。
不思議と笑みが零れた。
さて、明日は何を作ろうかしら。
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