東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
「んで、チサト。君は何処へ行こうとしていたんだ?」
チサト『…………』
背中の少女――チサトは喋らない。
喋ったのは、いいかおり、と先ほどの自分の名前を名乗った時だけ。
いくら声をかけても反応が無いので、仕方なくオレは歩き始める。
(チサト、ね…)
少女の名前は[チサト]。
歩いていたら足が引っかかり、転んでいた時に、オレと出会った。
脚をくじいてしまったので、今はこうして背中に負ぶっている。
彼女は黒髪のおかっぱで、童顔の、小さな女の子だ。
年齢的にオレの半分くらいだろう。
「んで、チサト。君は何処へ行こうとしていたんだ?」
チサト「…………」
そして、とても無口。
マジで喋らない。
「とりあえず、向かっていた場所を知りたいんだが」
チサト「…………」
(どーにもならんか)
n回目の質問も、無言で返される。
Q1.チサトが声を出すのは、一体何回目であろうか?ただし吐息はカウントしないとする。
恐らく大学の理数学科でさえも求めるのは難しいだろう。
『おいおい、あいつら……』
『紅髪だぞ…』
『ひえっ、近づかないでおこう』
人々は相変わらずの反応である。
気にしても仕方ない、無視だ無視。
「…朝ごはん、食べたか?」
話題を変えて質問する。
チサト『……』
チサトの吐息が首筋をくすぐる。
呼吸の音が、少し乱れる。
でも、チサトは喋らない。
(今、話そうとしてたな)
少しの変化に気付いたオレは、その反応にちょっとだけ嬉しくなる。
目的地の無い歩みを続けるオレ。
背中でずっと黙ったままのチサト。
?『やぁ、ミナト』
ふと、声を掛けられる。
歩みを止めると、目の前に昨日の寺子屋の先生――上白沢慧音がいた。
「おっす、慧音」
慧音「おはよう。昨日は眠れたか?」
「おかげ様で、野宿だ」
慧音「はは、なんと大胆な――おや?」
と言って、慧音はオレの背中の存在に気付いた。
慧音「おはよう、チサト」
チサト「…………」
慧音がチサトに声を掛ける。
相変わらず反応はなかったが、身体が少し揺れるのを感じた。
「チサトを知ってるのか?」
慧音「知ってるもなにも、チサトは私の生徒だぞ?」
「…なんという偶然」
なるほど、そういう繋がりか。
昨日はたまたま寺子屋にいなかったのだろう。
慧音「ありがとう、チサトは少々怪我しやすいから、いつもは父親が送ってくれるんだが…」
チサトをゆっくりと地面に下ろす。
少々バランスを取りながら、よろよろと歩くチサト。
なんとか歩けるほどには回復したようだ。
その様子を見届けながら、慧音がオレを見る。
慧音「そうだ、今日も授業見に来ないか?生徒がまた会いたいって言ってるんだ」
「それなら、お言葉に甘えて」
慧音「よし、授業は三十分後だから、よろしくな」
「うい」
靴を脱いで、寺子屋に入る。
(また昨日みたいに千日組手をする羽目になりそうだな)
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