東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
授業開始10分前に子ども達が教室に入ってくる。
午前中でも子どもは元気なもんで、バタバタと教室が揺れる。
『あ!赤せんせーおはよう』
「おう、おは……赤せんせー?」
『うん、昨日みんなでそう呼ぼうってきめたの!』
『おはよう!赤せんせー』
『赤せんせー今日も教えてね!』
バタバタと昨日同様に飛びつかれる。
それを全てキャッチして、
「百式観音ッ!!」
『きゃー』
『うわー』
「この年で挑戦者か、血沸く血沸く♪」
とかやって朝の挨拶を終える。
子ども達は満足そうに自分の席に座って行った。
(…しかし、赤せんせー、ね)
まさかこうして赤髪をイジられるとは。
今までこの髪は、皆とは違うといった理由から[恐怖]として受け取られ、第一印象を最悪まで持っていくオレの武器だった。
しかし、子どもたちはそんな恐怖を感じてはいない。
むしろ、特徴としてオレと向き合っている。
(…子どもってのは純粋だな)
順当に子どもたちと挨拶を済ませると、授業開始の鐘が鳴り響いた。
おはよう、と黒板の前に立つ慧音。
おはようございます!と元気よく挨拶する子どもたち。
慧音「今日は天気がいい、お昼時には中庭でたくさん遊ぶと気持ちいいぞ」
慧音が一言喋る。
はーい、と元気な返事。
オレは教室全体を見渡しながら、慧音の話を聞く。
慧音「では、一時間目は算術だ、教科書と紙を出してくれ」
黒板にさんじゅつ、と大きく書かれる。
子どもたちはノートと筆を机に出し、一斉に筆を持つ。
慧音「昨日は引き算をやったな?まずは覚えているか確認するぞ」
『えー』
『テストいやだー』
「なんだ、じゃあ[ポチ]と[ミント]は全部出来るんだな?今度から先生に代わってやってもらおう」
ポチ『ごめんなさい出来ないです!』
ミント『頭突きはいや!!』
(…頭突き、ねぇ…)
そんなことを思いつつ、慧音からプリントを預かり、子ども達に配る。
ありがとう赤せんせー、と全ての生徒に渡った。
(すげぇな、全て手書きか)
7枚全て直筆のプリント。
慧音の頑張りがはっきりと伝わってくる。
現代なら印刷できるが、幻想郷にはその技術は無いのだろう。
(……大変、なんだろうな)
慧音の頑張りをしみじみと感じながら、子ども達の様子を見て回る。
無言で書いている子、うわーできねーと喚く子、壱問目で落書きをしている子、筆の持ち方を確認している子――様々だ。
(……ん?)
回っていると、ひとりの子どもの様子が気になった。
その子は、外を見ていた。
筆を持たず、プリントにも手を付けていない。
ただずっと、目を細めて、太陽に照らされる中庭を見ていた。
(…勿体ない)
オレはその子の元へ向かう。
「……チサト」
チサト『…………』
筆を持たないチサトは、ただただ外を見ているだけ。
中庭は柵に囲まれ、小さな畑と一本木がある。
「そこから何が見える?」
チサト『…………』
相変わらず無言だが、彼女の視線はオレの方を向いた。
少し垂れ目の上目遣い。
目の隣には印象的な泣きぼくろ。
「いい天気だな」
チサト『…………』
こく、と頷きながらチサトは視線をテスト用紙に落とした。
今何をする時間なのか、思い出したようだ。
そして傍にある筆を右手に持つ。
(……あぁ、なるほど)
その持ち方は、幼児のクレヨンの持ち方だ。
まるで、つい最近筆という物を知ったかのような、そんな感じだった。
(だからどうしようもなく外を見ていたのか)
一瞬で状況を理解する。
オレはチサトの右隣に腰を下ろし、
「…ちょっと失礼」
チサト『……!』
筆を持つチサトの右手を、オレの右手を合わせる。
びくっと筆が震えたが、墨は垂れていない。
「まずは自分の名前を書くぞ」
チサト『…………』
筆に力が入る。
オレは右上の氏名欄にゆっくりと穂先を合わせる。
「書くコツは、力を程よく入れながら、筆の先に気を付けて動かす」
最初の文字、[ち]を書く。
少しバランスの悪い、ミミズみたいな字。
「肩の力を抜いて、肘から動かすようにな」
次の文字、[さ]を書く。
さきほどよりもだいぶ字が整っている。
「後は姿勢をよくして、左手で紙を押さえるといい」
最後の文字、[と]を書く。
綺麗にカーブが描けている。
しめい [ち さ と]
三文字はそれぞれ大きさ、線の太さにバラつきがある。
だが、最後の方になるにつれてだいぶ良い字が書けていた。
チサト『…………ふう』
「おつかれさん」
止めていた息を吐き出すチサト。
彼女も緊張していたのだろう。
氏名は書けたが、かろうじで認識できるレベルだ。
この状態では一人で引き算を解くことは難しい。
「よし、じゃあ次は一緒に問題解くか」
チサト『…………』
チサトの表情が少し曇る。
――テストだから、と言いたそうな顔だ。
「いいだろ、これくらい」
オレがそういうと、チサトは小さく首を縦に振った。
生徒の傍を回る慧音が、オレを見ながら、頷いている。
慧音「(頼む、任せたぞ)」
そういっているような顔をしていた。
「よし、両手を出して、壱問目を計算しよう」
チサトはこく、と頷いた。
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