東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
慧音「何もないけど、あがってってくれ」
「お、お邪魔します…」
まるで初めてピンクのお店に入った時みたいな声が出る。
慧音の家は、もちろん幻想郷準拠なので、木造の古い家だった。
こじんまりとしていて、部屋は台所と居間に別れている。
居間には畳が敷かれており、小さな囲炉裏が中央に構えている。
(…まるで映画のセットみたいだな)
そのほかには長火鉢と鉄瓶、壁際には本棚が置かれている。
本棚はもちろん、本や紙類がきちんと整頓されている。
「いい部屋だな」
何もない訳ではないが、無駄な物は一切ない。
そしてあるべき物は綺麗に整頓されていた。
慧音「部屋、少し寒いか?」
「大丈夫、お構いなく」
そうか、と慧音は台所へ向かい、お湯を沸かし始める。
もちろん電気ポットもケトルもないため、釜の残り火だ。
慧音は竹筒で息を送り、火を生き返らせる。
ぼう、と大きな火が上がった。
慧音「こういうのは、外の文明にはないか?」
オレの視線を感じた慧音がそう問いかけて来る。
「ないことは無い、が見たこともないな」
慧音「そっちは電気が主流だもんな」
「幻想郷に電気はあるのか?」
慧音「ないことは無い、な」
少しして薬缶から湯気が上がる。
急須にお湯を注ぎ、二つの湯呑みに注ぐ。
慧音「はい、どうぞ」
「ありがとう」
慧音から渡されたお茶を飲む。
「…ほうじ茶か、いいな」
「この時期は夜寒いからな、いつも御茶で身体を温めているんだ」
口の中に広がる、芳ばしい香り。
少し熱いので、息を吹きかけ、冷ましながら飲んでいく。
慧音「夕飯、なんでもいいか?」
「そりゃあもう」
敬遠「もらった野菜が多くてな、助かるよ」
慧音も座布団に座り、お茶を飲む。
…ふぅ、ふぅ……こくっ…。
(……やっぱりエロールだ)
こうしてお茶を飲むだけでエロティック、もとい絵になるのだ。
そのくらい慧音は美しい。
そして、そんな美人とオレは一夜を共にする。
健全じゃない男子はやっぱり何か魅惑的な事を想像してしまう。
(今日の目標は、『清く正しくノータッチ』でいこう)
自分を律し、戒めにお茶をがぶ飲みする。
「あっつッ」
慧音「! 大丈夫か?」
「いえ、はい、大丈夫です」
慧音「なんだ?畏まって…」
クスリ、とほほ笑む慧音。
その表情はやはりエロティック、もとい絵になるのである。
目標は早くも崩れ去ってしまいそうだ。
§
慧音の料理はまさに絶品と呼べるものだった。
「う、うめぇッ…!!」
茄子の御浸しが、口の中で躍る。
茄子の旨さとつゆの甘酸っぱさが絶妙にマッチして、互いに互いを引き立てるライバルであり親友のような関係に舌が躍った。
白味噌汁。
ネギと豆腐のみのシンプルなものだったのだが、白味噌の滑らかさに泳ぐようにして流れ込む豆腐と、そこへ軽い薬味を与えるネギ。
鰹節の効いた深みのあるとても優しい味だ。
(まるでおふくろの味だな)
もちろんご飯が止まることなくもののうちに完食した。
食べた食器を流しに置き、テーブルを拭く。
食後のお茶は冷えた緑茶。口の中をさっぱりとしてくれる。
「料理、上手いんだな」
「人並みさ。毎日やらなければ生きていけないしな」
確かに、一人暮らしをしていると、否が応にも料理のスキルは上がる。
オレは雑を極めた効率的な男飯のスキルは高い。
慧音は本当に美味い魅力的な御飯のスキルが高い。
「食後にどうぞ」
「お、ありがとう」
切った林檎を口に運ぶ。
ふわりとした甘みと見え隠れする酸味。
デザートにはうってつけだ。
「本当にわるいな、何から何まで、」
「いいよ、人里内で野宿されるより遥かにマシだ」
「あぁ……そうだな」
今度からは外で寝る事を控えよう。
しかし、このままずっと慧音の家に泊まることは、許されない。
人として、男として。
幻想郷に来たばかりではあるが、早いとこ生活環境を立てなければ。
オレは緑茶を飲んでから、慧音に聞く。
「慧音は、どうして寺子屋で働いているんだ?」
突然の質問だったのか、慧音が驚いた顔をした。
「…いきなりだな、どうして?」
「や、気になっただけだ」
「どうして、って言われてもな……そこに寺子屋があったから?」
ンッン~名言だな!
どうやら名人は素晴らしい言葉しか生み出さないらしい。流石は慧音だ。
「じゃあさ、そんな先生にお願いがある」
「あぁ、私に出来る事なら言ってくれよ」
「オレを雇ってくれ」
「え?」
きょとん、と慧音。
目を瞬かせてオレを見据えるが、まだ驚いている様子だ。
「……キミが、寺子屋で、働く?」
「あぁ」
「本当に?」
「大マジだ」
まばたきの回数は次第に減っていき、綺麗な瞳がオレを見る。
迷っている様子ではないが、それでも少し困惑が見え隠れしている。
(雇ってもいい、しかし……と言った風だ)
その『しかし』の部分を、慧音は口にする。
「ひとつ、聞かせてくれ」
「あぁ、なんでもどうぞ」
「どうして寺子屋で働きたいんだ?」
どうして、と言われても。
考えて答えるような質問ではない。
先ほどの慧音が生み出した名言と同じように、本心は本当に理由を知っていた。
だから、オレはそのまま口にした。
「そこに、寺子屋で働く先生がいたからだ」
慧音はオレの答えを聞くと、目を細めて笑った。
「それ、さっきの私の言葉に似ているな」
「ダメか?」
「いやいや、喜んで雇わせてもらうよ」
「よしっ」
交渉は成立した。
「詳しいことは、明日寺子屋で話すよ」
「おう」
「じゃあ、今日はもう寝ようか」
§