東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
慧音は布団を一枚だけ敷いた。
この事象の意味を、紳士諸君ならどう捉えるか?
もちろん、オレは大いに狼狽し、だが慧音に従い、結果として、
(ね、寝れねえ…)
すぐ隣にある慧音の寝顔。
リズムよく刻まれる小さな寝息。
これ、ヤバいよ?
大学でこんなことあったら「おっ、ワンチャンじゃ~ん」とか言われるシチュエーションだ。
事案発生。
お互い合意の上。
明日は気まずくなってその後疎遠になってしまうこと間違いなし。
まぁ、手を出したら、の話だが。
悪魔『このままやっちまえ!!』
頭の中で全力で叫び始める悪魔。
天使『ダメです!そ、それは…破廉恥です!!』
悪魔の大声に負けじと叫ぶ天使。
しかし声が小さいことで悪魔の声にかき消されている。
悪魔『だって、こんな美人を食べる機会なんてそうそうないぜ!?』
天使『食べる、とか比喩を使わないでください!ダメです!犯罪です!!』
悪魔『WHY?これはチャンスだろ?というか人間の性に抗っちゃあダメよ?』
天使『いやいや!出会って5秒で~とか何処ぞのAVじゃないんですから!』
悪魔『天使ちゃんって結構変なボキャブラリあるよな』
天使『うるさいです!』
悪魔『…まぁ、少し考えてみなよ、天使ちゃん』
天使『へ?』
悪魔『どうして慧音はこうして主人と寝ている?』
天使『なんでって…主人さまに家が無いから?』
悪魔『ノンノン、そりゃ主人の事が好きだからに決まっているだろう!』
天使『な…!?…なるほど…これは…誘われている、ということですね!』
悪魔『Year!! ということは、ここで襲うことは慧音も喜ぶことなんだ!!』
天使『さ、流石です悪魔さん!』
悪魔『HAHAHAHA!!』
そんな感じで頭の中で議論を終わらせる悪魔と天使。
当然無視だ、無視。
毛布を被りなおして、眠くないが目を閉じる。
(…寺子屋を手伝うとは言ったものの)
幻想郷に来た理由は簡単、父親を捜すためである。
そのために人里を拠点にした。
これから少しずつ情報を得られれば、いつかは父親に辿り着く。
寺子屋を手伝いながら、父親を探す。
これは回り道ではない、そう自分に言い聞かせる。
(……まずは仕事を把握することだな)
寺子屋で働いてみて、オレは感じるものがあった。
子どもは純粋で、元気で、一生懸命である。
勉強も遊びも、一つの事に夢中になる。
それは、やりたいことをやろうと夢中になっているからだ。
そして、それを支援し、助けるのが先生。
慧音は、子どもの事を分かっている。
子どもにとって何が一番か、分かっている。
オレも、そんな慧音を見て、感じるものがあったのだろう。
これが、本当の意味での「学校」なのだ、と。
(…難しい話は、明日聞こう)
とりあえず、寝る事にした。
不思議にも、目を閉じれば睡魔はやってくるもんだ。
(おやすみ、世界)
隣の慧音の寝息にドギマギとしつつ。
身体は触れないようにして、オレは眠る。
§
§
『随分と楽しそうじゃない』
頭の中で反響する、誰かの声。
それは、大昔に聞いた事のある、女性の声だった。
凛としてはっきりと通るその音は、羨望と嫉妬の色を含んでいる。
『私がこんなに不幸だっていうのに、アナタは?』
目の前に現れる、人の形をした黒い影。
150cm程の小さなそれは、ゆらゆらと、オレの眼前を漂っていた。
無音の中に生まれる、雑音。
影は雑音をひとつ、またひとつと作り出していく。
『本当、卑怯な男』
ゆっくりと伸びて来る、二対の黒い枝。
それは腕のようなもので、五本の指のようなものが生えていた。
腕はオレの身体を包み込み、目元を優しく隠す。
視界が、闇に染まる。
『アナタはいつもそう』
眼球に冷たい氷を押し付けられているようだった。
大脳に走る、零度の感覚。
物理的な感覚より、非物理的なそれ。
身体全体が氷に包まれていた。
『結局、自分だけ楽園に逃げるのね』
闇の中には、映画のようにシーンが流れている。
オレが養父と共に背を向けて歩いて行く光景。
右手を伸ばしてそれを掴もうとしている光景。
記憶の視界はうすくぼんやりと歪んでいる。
誰の記憶か、誰の視界か。
『私は地獄に落ちたというのに』
記憶はそれだけだった。
やがて、ゆっくりとオレの視界が基に戻っていく。
黒い腕はもう伸びていない。
目の前の人の影も霧散している。
『ねぇ……ミナト?』
代わりに立っていたのは、ひとりの少女だった。
純赤の長髪が絡んだその顔は、棘を持った赤いバラのように、美しく咲く。
(……姉、貴…)
ぽたり、ぽたり。
少女の手から零れ落ちる紅い液体。
手に持った一輪のバラから、それは零れていた。
まるで、バラが少女の代わりに泣いているかのようだった。
『お別れよ、ミナト。せめて、罪の意識だけは植え付けてあげる』
少女はニタリと口元を歪ませると、その尖ったバラの茎をオレの胸に突き刺した。
§