東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
[健闘を祈っているよ]という慧音の言葉を訝しつつも、暖簾をくぐる。
役所、という割にはこぢんまりとしており、外の世界のそれとは違うようだ。
(ま、パソコンが無いしな)
現代社会は背負う物が多すぎるな、と思っていると、コンクリートの床に下駄の音が弾けた。
『いらっしゃい』
そこには、眼鏡を掛けた女性が立っていた。
クリーム色の短い髪に白いシャツと里では珍しく現代的な恰好をしている。そしてオレの腰ぐらいまでの伸長と、かなり小柄だ。
その容貌は、クラスにいる[ちょっと目立たない系の美人]といったぐらい。
「家をお借りしたいのですが」
女性「えぇ、当たり前でしょう?貴方はそのために来た」
(何だこの人)
出会い頭に歯に衣着せぬ言い方をする女性。
眼鏡の奥に潜む瞳は終始気だるそうだ。
女性「どういう家が望みかは聞かないわ」
「聞かないのかよ」
女性「私は私の直感でどのような家か選ぶの。…ちょっと失礼」
椅子から立ち上がると、女性はオレの近くに歩いて来る。
シャツ姿の女性は、顔を近づけたり離したりしながらオレを見る。
まるで品定めをしているように。
女性「……なんだか、幸が薄そうな男ねぇ」
「アンタを不幸にしてやろうか?」
女性「ごめんね、私はこういうスタンスなの」
幻想郷ではレアな横文字だ。
慧音の言った[健闘を祈る]の意味が少しだけ分かったような気がした。
少し目立たない系美人なのに、残念である。
女性「…うん、そしたらこの家が合いそうね」
「何がだ」
離れていく女性。
オレを置いていくように、素早い動きで棚の冊子を開く。
女性「貴方にぴったりな家は、これしかないわ。うん、これしかない。これよこれ」
「いや、オレに選ばせろよ」
女性「なら選びなさい、野宿でも広場でも里の外でも」
「住める家の選択肢を提供しろ」
女性「では、併せて住民票を作るから、この書類に記名を」
「……」
この女、まったくオレの言うことを聞かない。
とりあえず、家の写真も場所も知らないが、家であればいいだろう。グッバイ野宿。
「うい」
書類に個人情報を記入し、紙を前に出す。
眼鏡を掛けた女性はそれを受け取って、
女性「…19?意外と若いのね、貴方」
「少なくともアンタより若いな」
女性「私は18よ、調子に乗らないで」
眼鏡をつい、と上げる女。
少なくとも20代中盤くらいのお淑やかさと鬱陶しさを醸し出している。
「年下が年上に言う台詞じゃあないよな」
女性「歳なんて関係ないわ、封建制度は既に崩壊しているの」
再び眼鏡をつい、と上げる残念系ちょっと目立たない美人。
女性「一之瀬くんの家はここね」
「くん付けで呼ぶな」
眼鏡女の示した所は、人里の東側にある借家。
扉に指定された番号のついた南京錠が付いているとのこと。
とりあえず、家は借りることができた。
「それじゃあ、料金を頂こうかしら」
書類を書いた後に、電卓で借家の金額が提示される。
その金額は、外の世界でラーメン一杯食うだけの値段だった。
「ちょっと待て、何故こんなに安い?」
女性「世の中お金じゃあないわ」
「ひん曲げるな、オレの質問に答えろ」
女性「答えを求めるだけなら子供にだってできる」
「客に対しての情報提供をしろ」
女性「大丈夫、客だと思っていないから」
(こいつ、本気でやべぇ)
ペンをくるくると回して、机に置くマジキチ眼鏡女。
女性「どうする?外来人くん」
外来人。
どうやら全て見透かされていたようだ。
霊夢、魔理沙と言い、幻想郷の少女は図太い性格が多いのかもしれない。
「……」
オレは眼鏡女に札を渡す。
にこりとクソキチ眼鏡女は微笑んだ。
女性「お利口さん。ま、野宿をし続ける人間が居たら大問題だもの」
「アンタ、いつからオレを知っていた?」
女性「さぁ、いつからでしょうね。…では、契約は成立よ」
面倒ではあったが、何とか住む家は確保できた。
これで野宿人と呼ばれることも、恐怖されることもなくなるだろう。
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