東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
寺子屋までに通る喫煙所で煙草に火をつける。
喫煙所、と言っても風よけのあるたまり場っていうだけで、分煙などではない。
土のにおいを乗せた風を肌に感じながら、手でライターを覆う。
揺れる炎に少し手間取ったが、着火する。
吐き出した淡白の煙が、風とともに流れていく。
「……ふぃー」
何度も、深呼吸をするように息を吐き出す。
『……ふぅ』
『……むはぁ』
『……ぐぷう』
4、5人ほどいる周りのおっさんたちも同じように深呼吸をしている。
煙草の銘柄は様々だが、見る限りタールのドギツイ物が多い。
『なぁ、あいつ…』
『野宿してた野郎だぜ』
『あの紅い頭…[紅魔館]の使いかもな。ひーおっかねー』
「……ふぅー」
またか。
もはや野宿って言葉が別の意味を持っているように思えてきた。
(まぁ、もうそんなレッテルからおさらばだ)
ゆっくりと息を吸って煙草を堪能する。
さて。
仕事も家も決まったものの、結局、また慧音のお世話になることになった。
彼女には感謝の恩がたくさんある。
(今度、何か恩返しをしないとな…)
それまでは、オレに与えられた仕事に全力を注ぐまでだ。
子どもを教える、教師の仕事を。
(……教師、か)
少し教師の仕事について考える。
外の世界では、基本的にブラックな仕事だと捉えられている。残業時間も長ければ、生徒が在学中に一息ついている暇なんて一秒たりとも無い。
そして、聖職者と呼ばれる所以、教師の責任は重い。
なぜなら、彼らには、親が居るからだ。
(親の期待、か……)
子どもは、親の愛を受けて育つもの。
何人たりとも割り込めない、絶対的な愛。
彼らは、それを当たり前のように思って、時に裏切ったり、時に受け止めたりしながら、大人になっていく。
オレは、その愛がどんなものなのか、分からない。
「……ふぅ」
――杞憂だ。
深く考える必要はない。
子どもは子ども。オレはオレ。
彼らはオレでなければ、オレは彼らではない。
『まだいんのか、あの坊主』
『目障りだぜ…不気味だしな』
だから、オレは誇りと責任をもって子どもに関わろう。
少なくとも、呑気にアホ面で煙草を吸っているようなあの男達みたいにならないように。
オレは煙草の灰を落とし、少し歩く。
「……そこのオッサン達」
『ん?あんだ?』
オレを見ていた厳ついおっさんに声をかける。
そろそろ煙草の火がフィルターに到達しようとしていた頃だ。
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
『お、おぉ。何でも聞きな』
『餓鬼は大人のアドバイスをしっかり聞くもんだ』
「そ」
オレは煙草に一回口をつけてから灰を落とし、自身の髪を指さした。
「オレさ、実は[紅魔館]の使いなんだけどさぁ」
『…は!?』
『おいまじか、この餓鬼…!!』
「騒ぐなよ、騒いだら…どうなると思う?」
途端に顔を青ざめるおっさんたち。
ある者は煙草を落とし、地面に火の粉が弾ける。
ある者はがくがくと震え、額に脂汗が浮かび始めた。
『ゆ、許してくれ…!』
「許すさ。オレの質問に答えてくれたなら」
『な、なんだ?』
「【一之瀬】を名乗る人間、もしくは、髪の毛が紅い男に会ったことはあるか?」
慧音に聞いた時点で、この里に親父がいないことは分かった。
だが、念には念を入れる。
知恵の持たない人間でも役に立つときがある。特に、こうしたクソみたいな人間でも。
『…そんなことを聞いてどうするんだ?』
「質問を質問で返すな! オレの質問に答えろ」
おっさんの首筋に煙草の火を近づける。
しばらくの沈黙、おっさんたちは震えた手であごを撫でながら、
『し、知らない…そんな人は、知らない』
「本当か?」
『本当だ!人里は皆、顔を知っている。知らない者がいたら噂になる』
「へぇ、なるほど…ありがとな」
『ひ、ひィ…!!』
オレはおっさん達を睨むのを止め、落ちた煙草を拾い上げて、灰皿に入れる。
この動作で彼らは束縛から解放されたのか、煙草の火を消して一目散に逃げていった。
「ちょっと名を借りたぜ、[紅魔館]とやら」
おっさんが言っていた【紅魔館】。
どうやら人里の者にとって非常に恐ろしい処のようだ。
「ま、そんなチカラなんてねぇけどな」
煙草を一吸いする。
結局、親父の手がかりは掴めなかった。
人里で父親に関する情報は出てこないかもしれない。
(ま、そんなもんだよな)
煙草を携帯灰皿に押し込む。
手に灰が付いたので、しっかりと払う。
「のんびりと首洗って待ってろよ、親父」
§
§
仲間と煙草を吸っていたら紅魔館の悪魔に絡まれた。
ちくしょう、俺たちが何をしたってんだ。
脅してくるなんて、卑怯なマネしやがって。
赤髪の餓鬼め…思い出すだけでも腹が立ってくる。
かと言っても仕返しなんてできるわけないしな。
見つけたら個人的に鬱憤を晴らさせてもらおう。
…紅魔館と言えば、最近あの美人給仕さん見ないな。以前よく人里に来ていたが…。
やはりあの赤髪の新人に任せているのだろうか?
紅魔館、恐ろしい処だ。
たまに人間が失踪する事件。
悪魔たちが嗤いながら人を食べるって噂だ。
あの召使いもその気になれば俺たちを――。
…やっぱり仕返しをするのはやめよう。触らぬ神に祟りなしだ。
あいつを神と呼びたくないがな。
さて、明日もまた農作業だ。今年はトマトときゅうりが豊作の予感。非常に楽しみだ。
(農業を営む男性の日記より抜粋)