東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
午後の授業は慧音の手伝いとして授業に携わった。
今は夕方、子どもたちは既に帰っている。
いつものように慧音と二人で教室の後片付けをする。
(いつものように、か)
この寺子屋に来るのはまだ4回目だと言うのに、まるでずっとここにいるかのようだ。
余程濃い時間を過ごしているのだろう。
それは寺子屋だけでなく、上白沢慧音と共にいる時間が多いことも理由に挙げられる。
慧音「……どうした?」
「いや、なんでも」
オレの視線に気付いた慧音から視線を外す。
理由は簡単、前かがみになった慧音の胸元がとても危なかったからだ。
紳士たるもの、しっかりとプライベートゾーンは確保すべし。
悪魔『とかいいつつちょっと見えたよな』
天使『見えましたね』
脳内の奴らは無視する。
片付けと掃除を終わらせると、帰りの身支度をしながら慧音が聞いてきた。
慧音「そういえば、キミの家は何処なんだ?」
「広場を抜けて東関門側だ」
慧音「東か、私の家とは正反対だな」
慧音の家は広場の近くにある寺子屋を出て西側にある。
慧音「それで、今日の夜はどうするんだ?」
「入居日だからな、家を見てから商店街でご飯買って帰るよ」
慧音「そうか。では一緒に行こう」
「え?」
あらら、また一緒に歩けるんですか?
言っておこう、慧音はかなりの美女である。
こんな美女と一緒にお買い物へ行けるなんて、大学だったら次の日「お前昨日あの美女とワンチャンあった?」なんて大きな噂どころか大きく歪んだ情報と化してしまうような、そんなシチュエーションだ。
慧音「色々と教えてやろう。こう見えても、私は買い物上手だぞ?」
「是非とも教えてくれ、出来れば色々と」
慧音「あぁ、手取り足取り教えてやろう!」
(なんだろう、この罪悪感は)
まるでなりたての詐欺師みたいな気持ちになった。
慧音とオレはそういって立ち上がり、玄関へ向かう。
靴を履き、玄関を開ける。
風の巻く音がした。
「外、少し寒いな」
慧音「まだ春だからな。夏になればそんな事言ってられないくらい暑くなるぞ」
「そん時は脱皮でもするよ」
慧音「さながら昆虫のようだな」
オレ達は夕方の雑踏に紛れていく。
§
商店街、と呼ばれた街角をオレと慧音は歩く。
夕方にも関わらず活気に溢れる、人里でもより一層熱さがこみ上げる場所だ。
慧音「この時間はやっぱり混んでいるな」
「慧音は何か買うのか?」
慧音「調味料と肉を買っていこうと思ってる」
「じゃあそこへ向かうか」
『お、慧音先生じゃないか!』
と、声をかけてきたのは、八百屋のおっちゃんだ。
白い鉢巻に焼けた肌が夕日で輝いている。
慧音「どうも、八百屋さん」
「慧音先生どうも!茄子が旬だから持って行ってくだせぇな!」
慧音「いや、いつも貰ってるし、今日はさすがに――」
「そんなこと言わずに!ほらほら!」
と言って、強引に茄子を4つ渡すおっちゃん。
慧音も苦笑いだったが、お礼を言って受け取った。
軽く会釈をして八百屋を後にする。
「…すごいな、慧音」
慧音「いつも貰っているから悪いんだがな、ほら」
「さんきゅ、助かるよ」
オレに二つの茄子を差し出す慧音。
茄子は旬と言っていた通り、色と艶が良く、そして何より大きい。まるで瓜のようだ。
『あら、先生!どうも~』
今度はコロッケ屋のおばちゃん。
慧音が挨拶に行くと、その奥でコロッケを上げる店主とも挨拶をする。
そして、しばし談笑したのち、戻ってきた。
手には、新聞紙に巻かれた、揚げたてのコロッケがふたつ。
慧音「またいただいてしまったよ」
「さす先」
コロッケをひとつもらい、一口かじる。
揚げたての衣がサクッと音が鳴り、口の中に芳ばしい香りが広がる。
中身の肉から流れ出す肉汁も相まって、とてもジューシーだ。
「美味いコロッケだな」
慧音「里内でも老舗でな、病みつきになるだろう?」
「やめられない止まらない、だ」
右手に茄子、左腕にコロッケを持ち、祭りのように賑わう商店街を歩く。
今度は、米屋のお兄さんと目があった。
お兄さんはニヤリとしながら、オレ達に来いと手を振って近づいて来る。
『よ、慧音先生!いつも子どもがお世話になっています!』
慧音「いえいえ、こちらこそ。いつも美味しいお米をありがとう」
『そういってもらえると商売人冥利に尽きますなぁ…おや、そちらの方は?』
慧音「あぁ――」
事情を説明しようとした時、奥から小さな女の子が出てきた。
ミント『あ、慧音せんせーと赤せんせーだ!』
慧音「こんばんは、[ミント]」
女の子は絵がとても上手な寺子屋の生徒、ミントだった。
小さな垂れ目が特徴で、よく笑う子だ。
『お?寺子屋の先生か、じゃあサービスしないとな!良い米が入ったから持ってってくれ!』
「うおッ」
ドスン、と米俵二つが着地する。
重量推定20kg。それを2つ。両手に持ってくる男の腕はパンパンに膨らんでいた。
流石にオレには真似できない筋肉だ、と思っていると、お兄さんが奥から荷車を持ってきてくれた。
女の子はぴょんぴょんと跳ねながら「また来てよー」と腕に擦りついてくる。
そんな温かい兄妹に手を振りながら、オレ達は人の流れに戻る。
「なんだか温かいな、人間ってのは凄いんだな」
慧音「…………」
「慧音?」
慧音「ん?……あぁ、そうだな」
ぼんやりとしていた慧音を尻目に、オレは荷車を引く力を込める。
結局、肉屋と調味料屋を訪れたが、頂物をしたことで買い物が終了した。
何という慈悲、慈愛、慈しみだ。尊さを感じる。
それも全部、この寺子屋の先生のおかげだ。
皆から愛される、人里の先生として。
買い物も終わり、商店街の雑踏から抜ける。
チラリと慧音を見ると、彼女の表情は何故か曇っていた。
どうしてか聞こうとしたが、口を噤む。
(多分、疲れてるんだろうな)
オレは何も言わずに荷車を押していく。
やがて沈黙を破ったのは、慧音の方だった。
慧音「…じゃあ、ここまでだな」
「おう、買い物楽しかったよ」
慧音「果たして本当に買い物をしたのか、疑問だけどな」
慧音が微笑む、ぎこちない無理をしているようだった。
――何か、慧音に言わなければならない。
案が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
必死の考えも虚しく、慧音は手を振って反対側へ向かおうとする。
「……また明日!」
慧音「え?」
「また明日、寺子屋で会おうな!」
慧音の反応を見る前に、オレは荷車を引いて駆け出した。
我ながら恥ずかしい一瞬だ、大学生にもなってこんな子どもじみたことしか言えないとは。
でも、まぁ。
(悪くはない、な)
§