東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
「ここだな」
慧音と別れた後、荷車を押しながらニュー家に辿り着く。
既に日は暮れており、里に人の姿が減っていた頃だ。
南京錠を渡された鍵で開ける。
まるで体育倉庫のような匂いが放たれた。
「まぁ悪くないな」
中は慧音の家の作りと似ていた。
玄関の脇に台所、8畳程度の広間に卓袱台がひとつ。押し入れもあり、上段に座布団と毛布、下段に空きスペースがあった。
現代人ならば『古ッ!!』とリアクションを取るだろうが、野宿を経験したオレにとってここは楽園にも近い。
「まるでパラダイムシフトだ」
買ってきた(頂いた)調味料、食材を台所の床下倉庫に置く。
映画の中だけの代物だと思っていたが、どうやら幻想郷では現役らしい。
荷物は全て所定の位置に置き終えたので、台所で煙草に火を付ける。
「ん~いつもと違う所で吸う煙草は以下略~」
台所には釜戸と流し台がある。
釜戸の使い方は分からないが、薪が補充されているため、これで火を付けるのだろう。
新聞紙も存在していることだし、ライターとのコラボでどうにかするしかない。
水も近くの井戸から汲む必要がある。
案外、やることが多い。
「ま、困ったら誰かに聞くか」
1人暮らしにおいて重要なのは、柔軟さである。
食料がない時、洗濯機が壊れた時、ガスを止められた時――そんな窮地に至った時の対処法は100式に及ぶ。
それらすべてを熟す人間を、人は[1人暮らしマイスター]と呼ぶ。
「ここに来て自由に一人暮らししてた経験が生きるとはな」
それでも、現代と違って光熱費は存在しない。
火を起こすにも技術が必要だし、水は汲んでくるし、電気は通っている所といない所がある。
「生存本能をフルで活かせ!!」
煙草を消し、釜戸に放り込む。もちろん薪に引火することはない。
「あ~あ、電気がソーラーパネルとかで電気が通ってたらなあ~」
戯言を放ってから押し入れにある座布団を引っ張りだし、横になる。
もし太陽光発電ができれば、電気を起こすことはたやすい。
が、ソーラーパネルが現代から失われることは生涯ないだろう。次期代表エネルギーの候補生だし。
(……頭がまだ現代だ、ここはげんそうきょー。忘れられた物が集う場所だ)
携帯は午前7時を表示している。
外の世界では人々が起き始め、絶望の社会へと向かっていく時間だ。
大学生はまだ寝ている時間であろう。
そんなことを考えていると、携帯を落としてしまい、顔面にヒットする。
「いでッ」
[携帯あるあるその1]をかましてしまった。
ツーンと痛む鼻をさすりながら、携帯を卓袱台の上に置く。
携帯の光がなくなった今、部屋は暗い。窓から差し込んでくる月の光が完全な暗闇を阻止している。
月光はまるで誰かが通った道筋のように見えた。
「……月光人ってか?」
そんなアニメがあったな、どんな名前だったか、と思いだしている内に、ゆっくりと瞼が降りてくる。
そういえばアラームをかけなければ、と手を卓袱台の方へ伸ばしかけたが、
(……ま、ここは幻想郷だ。現代じゃないんだ……)
いつの間にか、微睡みの中へと沈んでいった。
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