東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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夏花

余程疲れが溜まっていたのか、夢も見ずにぐっすりと眠れた。

そしてスッキリと目覚めることが出来た。

 

「ワオ!お目覚めフレッシュ!アクアフレッシュ!!」

 

枕にしていた座布団を投げ、身体を起こす。

雑魚寝だったが身体は痛くない。大学生は床で寝るのも慣れているのだ。

オレは顔を洗おうと台所に向かう。

蛇口が見当たらない。

これでは顔が洗えない。

 

「って、そんなハイテクなモンは無いよな」

 

頭を振ってから、元々あった桶を持って家の外へ出る。

人里にはあちらこちらに井戸があり、皆そこから水を汲むらしい。

オレの家の近くにも井戸はあるのだが、朝早くから人が並んでいた。

 

(かったりいから他行くか)

 

少し歩くと、人の並んでいない井戸を見つけた。

南門に近い場所で、集合住宅から少し離れた場所にあるため、使う人が少ないようだ。

 

「グッジョブタイミングス」

 

水汲みは初めてだが、漫画で見たことがあるから出来るだろう。

桶の持ち手をロープで固定し、放り投げる。

底が見えない井戸、しばらくして着水する音が響いた。

 

「マグロ一本釣りィィィ!」

 

少し時間を置いてからロープを引っ張り、滑車が軋む。

しばらく引くと、煌めきが闇の中に浮かび、桶が上がってきた。

 

「ホッホーイ、ホッホーイ、ホッホーイ」

 

ロープを外し、二つ目の桶を固定し、投げる。

桶が着水したことを確認してから、煙草に火を付ける。

別段急ぐ理由もない、息を吐いてからロープに手を掛ける。

半分ぐらい煙草を吸うと、二つ目の桶が出てきた。

 

「よしよし」

 

桶を二つ持って家に向かう。

煙草は器用に手を使わずに吸う。

ぼんやりしたくて火を付けた煙草が目に染みたのは、他に何か深い意味が有るわけじゃあないんだ。

 

「アイデンティティが~な~い」

 

 

§

 

汲んできた水で顔を洗い、再びスッキリ爽快アクアフレッシュを済ませる。

軽い運動も出来たため、今ならどんな重労働だって可能だ。

 

「ま、今日は止めてやろう。これも世界のためだ」

 

携帯の時刻は午前8時。

まだ寺子屋への通勤には早い。

そういえば昨日の夜は晩飯を作らなかった。

 

「朝ごはんの時間だ!!」

 

と言っても、釜戸でご飯を炊いたことが無いので、ご飯は時間に余裕がある時に作ることにする。

 

(炊飯器ってやっぱり偉大だな)

 

頂いた茄子とレタス、トマトを汲んできた水で洗い、いい感じに包丁で切る。

瑞々しい野菜たちは、水滴を弾きながらぴかぴかに輝いていた。

1個、ミニトマトを口の中に放り込む。

ぷち、という食感から、果汁が津波のように押し寄せて来る。

 

「甘い!甘いぞ!!」

 

感動を覚え、つまみ食いをしながらもお皿に盛り付ける。

 

「これで!サラダの!か~んせ~い!!」

 

オレは煙草に火を付け、吸いながらサラダを食べることにした。

こんなことが出来るのはもちろん一人暮らしの特権。

違っても家庭でこんなことをしてはならない。

全て食べ終え、煙草も灰皿に押し付ける。

 

「よし、社畜になるんだ!!」

 

時間もちょうどいいくらいなので、準備を済ませ、家に南京錠を掛ける。

と、家の傍に青い花がいくつか咲いていた。

純青のそれは濃淡が鮮やかで、茶色の多い人里ではその美しさが目立っていた。

 

「……寺子屋のガキが喜ぶかもな」

 

オレは少し迷って一つだけ摘み取った。

花びらを触ったり、匂いを嗅いだり、くるくる回したりしながら人里を歩く。

勿論辺りからはひそひそと声が聞こえる。ガン無視に決まっていた。

東側から広場へ辿り着く。

相変わらず人でごった返しており、何処を歩けばいいのか分からない。

 

(大学のイベントでもこんなことあったなぁ)

 

学祭はもっと百鬼夜行で、酒を飲んで暴れる奴とか自撮りに夢中で動かない奴とか、とにかくカオスだ。その分ここはマシである。

寺子屋に行く前に、広場の喫煙所が目に付いた。

家で吸ってきたが、喫煙所を見ると煙草が吸いたくなる。

 

(ヤニカスってのは刹那的で反省しないんだよな)

 

ポケットから煙草のケースとジッポライターを取り出そうとしたとき、喫煙所近くの道の脇に蹲る小さな人影を見た。

それは少しボロい服に真っ直ぐな黒髪、子どものようだ。

そしてその子の前には靴が落ちている。

オレは煙草をポケットの中に入れ、そこへ向かう。

 

「……何でオレが花を持っていると、キミに会えるんだろうな」

 

目の前の少女の身体がびく、と揺れる。

顔を上げた時に、確かに「あっ」と口を開けた。

オレは歯を出して笑顔を作る。笑顔、というより苦笑だろう。

 

「立てるか?」

 

空いた手を少女――チサトに差し出すと、おずおずと掴んだ。

相変わらず小さくて細い手だ。少し力を入れたら壊れてしまいそうなぐらい、儚い。

チサトはゆっくりとした足取りで靴を履いた。

 

「また転んだのか?」

 

こくり、と黒髪が揺れる。

また足をくじいてしまったのだろう。

様子を見る限り今回は歩けるようだ。

 

「偶然オレも寺子屋に向かってたんだ、一緒に行こう」

 

チサトに先ほど摘んだ青い花を渡す。

それを受け取ると、じっと花を見つめ、また花の近くに当てて目を瞑った。

相変わらず絵になる光景である。

無意識の内だろうが、まるで彼女が絵画の世界から飛び出してきたような、そんな錯覚さえ覚える。

 

チサト「……すっぱい、かおり」

 

「多分夏の花なんだろうな」

 

チサト「……すき」

 

青い花を堪能したチサトは、それを片手に持ちながら、もう片方の手でオレの手を掴んだ。

突然の事でびっくりしたが、冷静を装う。

 

「……はぐれんなよ」

 

こくり、とチサトは頷いた。

女の子のボディタッチは本当にドキドキする。

大学にいた頃もそうだったし、あの[御船ナギ]も異常なぐらい触ってくる。

だが、チサトに他意はない。やむを得ない状況だ。

 

(……馬鹿だな、オレは…)

 

 

§

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