東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
寺子屋に着くと、玄関の扉は空いていた。
恐らく先に寺子屋の先生が準備をしているのだろう。
「おーい、慧音―」
廊下を歩いて職員室に顔を出す。
しかし、そこに慧音の姿はない。
もしかしたら教室部屋にいるのかもしれない、と思ったときだった。
机の上に、一枚の手紙が置いてあった。
手紙は墨で書かれており、以前見たことのある達筆だ。
「置手紙だな」
手紙の内容は、「午前中は用事があるから、生徒の面倒を見てくれ」とのこと。
初日から担当の先生がいないのは心もとないが、ある程度は授業の流れは分かっている。
オレは机に置かれた手紙の隅に『了解』と書いた。
(昨日あんなこと言ったから、朝のうちに弁解しておきたかったんだが)
忙しいのなら仕方がない。
出来れば昨日、慧音が見せた暗い表情の理由も聞いておきたかったのだが、余計な詮索は止めておこう。
機会が合わなかった、それだけだ。
と、玄関の方からわいわいと声が聞こえてきた。
『あ、赤せんせーだ!』
『赤せんせーおはよう!』
オレは教室部屋へ入った瞬間、子どもたちが一斉に飛びついてきた。
「うい、おはよう」
3、4人を持ち上げ、振り回す。
「ストレッチパワーを全開に!!」
子どもたちは悲鳴を上げながらも楽しんでいた。
教室を見ると、既に子どもたちは席についていた。
何か教師的なことをしようと思ったが、まずは親睦を深めることにした。
「みんな、ここに魔法の指が一本ある」
人差し指を子どもたちに向ける。
みんなは「いきなりどうした?」みたいな目をしたが、食い入るように人差し指を見つめてくる。
「そして、二本、三本と増えて行くんだ」
反対側の人差し指と中指を立てる。
「これが四本五本六本七本九本十本十一本」
両手をパーにして指を全部立てる。
と、前列に座っていたポチが声を上げた。
ポチ「あれ、十一本ある!!」
「そ、これが魔法の指だよ」
子どもたちが何度数えても「目の前には十本しかない!」と首を傾げている。
「もう一回! もう一回だけ!」と揃えて抗議してきたので、同じように先ほどの『魔法の指』を公演する。
しかし正体が見破れないのか、どうしても十一本で終わることを不思議に思っているようだった。
やがて子どもたちは降参だと言わんばかりに両手を開いた。
ポチ「どうして指が増えるの?」
「簡単だ、オレは”八本目”を飛ばしていたんだ」
『『『はっぽんめ?』』』
「四本五本六本七本の後に、ここで八本目を飛ばして、九本十本十一本って言ってた」
あーなるほど! と頷く子もいれば、悔しそうな顔をしている子もいる。
反応はそれぞれだけど、各々の個性が見えた。
「意外と気付かないんだよなー、オレも昔姉貴にやられてまんまと騙されてた」
簡単な子ども騙しの遊びだけども、彼らは純粋に楽しんでくれたようだ。
意欲付けも完了したところで、初めての授業を行うことにする。
§
「これより授業を行う!みな準備はいいか!」
『『『はい!!!』』』
「うむ、良き返事だ」
謎のテンションにもちゃんとついて来る。
子どもたちが真っ直ぐな瞳でオレを見ている。
未来を生きる綺麗な瞳、ダイアモンドの原石のような、磨きたくなる光。
「今日からオレが皆の先生だ、よろしく」
『『『よろしくおねがいしまーす!!』』』
教室にいる子どもは全部で7人。
畳の上に長机が5つ。1つの机には両端に二人ずつ座っている。
汚れひとつない綺麗な黒板に「さんじゅつ」と書く。
「今日は算術を勉強するが、その前にオレに聞いておきたいことはあるか?」
テツ『赤せんせー』
一番前に座る、坊主頭の男の子・テツが手を挙げる。
「なんだね」
テツ『赤せんせーは、けいねせんせーのおっとなの?』
ばぎん。
持っていたチョークが黒板で粉砕し、更に足元で粉々になる。
このクソガキ、授業開始直後に爆弾を投下しやがった。
「ち、違う。ただの知り合いだ」
この間二人で料理を作ったし一夜を共にした仲だけどな!
しかしそんなことが子どもの内で話題にでもなったりしたら、学級崩壊になりかねない。
テツ『でも、せんせーにはかれしいないからチャンスだね!』
「そ、そーなのかー?」
まじか、やっぱりいないのか!てっきり彼氏の一人二人、夫の三人四人はいると思っていたが…朗報である。
この子、マジ有能。今すぐAAあげちゃう!!
「そこな男子、君にはあとでご褒美をあげよう」
テツ『?やったーごほうびだー』
「じゃあさっそく授業にはいろうか。まず掛け算についてもう一度おさらいしていくぞ」
掛け算の記号。
掛け算のルール。
掛け算の例を書いていく。
子どもたちは筆をしっかりと持ち、せっせとノートに書き写している。
(しっかりと書いてくれる、良い子たちだな)
~~~少年少女授業中~~~
「……では、リンゴの数はいくつになる?」
『『『15個!!!』』』
「ん、大正解。よくできたな」
授業中盤では声を揃えて問題が解けるようになった。
後は少し問題を解いて、九九を覚えられればこの単元は大丈夫そうだ。
「じゃあ、今からプリントを配るから、やってみてくれ」
手書きのプリントを配る。
プリンターがあれば便利だけど、文句は言っていられない。
慧音だってこれまでずっと手書きで、子どもが分かりやすいように作ってきたはずだ。
彼女の頑張りを、無駄にしてはいけない。
「…………」
子どもたちは熱心に問題を解いている。
慧音が大切にしてきた生徒たち。
それを任されたオレは、慧音に信頼されている、はずだ。
【でも、せんせーにはかれしいないからチャンスだね!】
さっきの男子(テツ)のセリフがよみがえる。
確かにチャンスだが、そんな事をしていいのだろうか?
(いかんいかん!今は神聖な授業中……)
頭の中に浮かんでくる、慧音の姿。
先生で、料理が出来て、他人想いの彼女。
確かに、チャンスと言われたら絶好のチャンスである。
しかし――オレの脳裏にチラついたのは、慧音の暗い顔だった。
(……何かあの顔に意味があると思うんだよな)
その表情には、彼女が何かを懸念しているように思えて仕方がなかった。
まるで何かをしなければならないように感じる。
もっと、オレが考えていることよりも大切な何かが。
『できたーー!!!せんせーできたよー!』
『私もできた!みてみてー!』
教室からはそんな声が聞こえたので、オレは机間指導へ回ることにする。
(ま、今考えても仕方のないことか)
§