東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
慧音が目の前にいる。
ゆっくりと、上から迫ってくる。
その表情は、何故か赤らんでいた。
まるで、何かいけないことをしているかのように、恥じらいを隠しているように。
――慧音?
オレの声が出ることはない。
オレの焦燥に関係なく、慧音は肉薄することを止めない。
心臓の鼓動が大きくなる。
ドキドキしているってやつだ、そりゃこんな美人に迫られたら誰でもドキドキする、当然の反応だ。
慧音『……ミナト、ミナト……』
(慧音、ちょっと待ってくれ。流石に寺子屋は……)
そして、慧音はオレに近づき、
ぽん、とオレの肩が叩かれた。
慧音「ミナト、こんなところで寝ていると風邪を引くぞ」
「…………うん?」
今、オレははっきりと感じた。
夢と現の境界を飛び越える感覚。
一瞬で「あ、さっきのは夢だったんだな」と理解した瞬間。
顔から火が出そうになる。同じ慧音であっても、オレの脳内にいる慧音はちょっぴり積極的だった。
慧音「授業はもう終わったよ。御茶を淹れたからどうぞ」
「……悪い、補助しようと思ってたんだが」
慧音「仕方ないさ、お昼の後は誰だって眠いもんだ」
「……次はちゃんと頑張るよ」
慧音「あぁ、よろしく頼むよ」
まるで菩薩と差し支えない慈悲を見せつつ、慧音は身支度を整えている。
「今日は仕事無いのか?」
慧音「あぁ、誰かさんが授業を手伝ってくれるおかげでな、もう終わってるよ」
「その誰かさん、っていうのは、誰だ?」
慧音「……わざと言ってるだろ? 分かっているよ、ミナト」
「フヒヒ、サーセン」
オレは卓袱台に置かれた緑茶を飲む。新芽の香りが目覚めに最適だ。まさに草木深し。
オレも帰り支度を整え、いつでも出られる状態にする。
「そういえば、今日は私の家に来ないか?」
「え」
あららら、すばらし。
良い男というもの、やはり女性から誘われてしまうのだろう。
ということではなく、どうやら「色々な仕事を任せたいからご飯を食べつつ会議をしよう」ということだ。
(まぁ、それでも二人で居られることに変わりはないんだけどな!)
慧音が火鉢の火を消し、蝋燭の火を消した。
部屋の中が暗くなる。窓から差し込んでくる沈みかけの夕日の光によって慧音の顔がうっすらと見えるくらいだ。
慧音「今日も商店街に用があったんでな、食材がたっぷりあるんだ」
「オレで良ければいつでも駆けつけるよ」
慧音「助かる、何なら明日の昼弁当も作ってやろうか?」
「答えはもちろん”イエス”だ!」
本当にありがとう慧音先生。
少し肌寒くなってきた夕暮れ、オレたちは慧音の家へと向かう。
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