東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
慧音先生は布団を一枚敷いた。
当たり前の事だ、彼女は一人暮らしをしているため、布団がひとつだけなのは至極全うであり、必然を有している。
慧音「夜は寒いからな、二人で身を寄せ合った方があったかいだろう?」
オレは天を仰いだ。
もし慧音が外の世界で大学生だったならば、必ずや男の百人くらい落としているだろう。
彼女の無意識的な恋愛ポテンシャルはもはやオーバーフローしている。
恐るべしチュラルボーンなんとやら。
布団に入ろうとした時、ふぅ、と慧音は息をついた。
「お疲れか?」
慧音「あぁ、最近肩こりとかひどくてな…」
「確かに、職業病だな」
そう聞いたオレの中で、ここぞと言わんばかりに天使と悪魔が顔を出した。
天使『悪魔さん、今、ヤバいこと考えているでしょ!?』
悪魔『そんなことないぜ。ただ慧音のフラストレーションをリリースして……』
天使『それがヤバいことって言ってるの!』
悪魔『いや、大丈夫だ、問題ない!俺達ならやれる!』
天使『犯罪です!牢獄です!終身刑です!』
悪魔『そんなんじゃあだめだ!失敗を恐れていては前に進むことはできない!』
天使『う……確かに、前へ進むには、これを越えなければ……!』
悪魔『そういうことさ!』
悪魔の勝利であった。悪魔は何かと頭が良いのである。
今回ばかりは、この脳内悪魔に乗っかることにした。
「……ちょいと後ろ、失礼するぜ」
慧音「ん、どうした――」
息を殺し、肩を回している慧音の背後へと近づく。
そして、ワナワナと震える両手を、無防備に晒されている肌へ向けて、
「キャッチ!」
慧音「――んひゃ!?」
第一感触は――柔らかい。
第二感触――すべすべ。
第三感触は――エロス。
「アーンド、もみもみ」
慧音「あ、ふ、うぅ……!」
ぎゅむり、ぎゅむり。もふんもふん。
すべすべでつるつるな彼女の両肩をほぐすように揉んでいく。
(あ、これやばいわ)
底の見えない沼に嵌る感覚。
全身から込み上げて来る熱い気持ち、否、男特有の感情。
必死にこらえるように、全神経を手に込める。
「お、お客さん凝ってますねぇ」
慧音「んっ……そうだな、座り仕事は目と腰に悪くてな…」
「な、らば、ここなんかはどうでしょう」
慧音「んひぅっ……あ、あ……」
じっくりと一点をほぐし、全体を温めるように撫で、再び集中攻撃。
彼女の肩から伝わってくるが、本当に疲れが溜まっていた。毎日授業で立ちっぱなしでは疲れも抜けないものだ。
何度も何度も揉みしごく。何度も、何度も。
慧音「あ、そこ……んんっ、きもち、いい、よ……」
「お、おうう……そうか…」
深夜テレビでも放送NGな桃色の吐息混じりの声。
もちろんこんな美女の生声を間近で――というかほぼゼロ距離で聞いているオレ。
(いかん、いかんぞォォォ…)
オレの穢れなき一本の聖槍は、天に向かって吠え始めていた。
慧音「はぁぁ……気持ち、いいよ……」
「!く、ぅ…」
髪の間から見え隠れしている白い首筋もまた美しかった。
いや、落ち着け。抑えろ、とにかく抑えるんだ…。
オレの中に眠る電脳獣、グレイガよ…!!
慧音「……ミナト…? なんだか苦し、そうだぞ…」
「なんでも、ない…続けるぞ」
紛らわすように力をいっぱいに込める。
反射的に「はふぅん」と慧音の喘ぎ声。
今まで見てきたビデオの中でも、こんな声を出せる者などいただろうか?
いたとしてもそれは『This Video has been deleted.』の称号を持つ歴史から消された存在。
そんなレベルの、いや、それ以上に、今の慧音は乱れており、その顔は――
慧音「…………」
「……慧音?」
突然慧音の喘ぎ声が止まった。
不思議に思ったので、恐る恐る彼女の顔を覗き込むと、そのまぶたは閉じていた。
長いまつ毛が重なり、頭はこくこくと揺れていた。
「寝た……助かった……」
マッサージをやめ、ゆっくりと布団に寝かせる。
そのまま安らかな寝息を立てて、慧音は微睡みに落ちた。
オレは安堵の息をついて、謎の緊張感から解放された。
(……本当に疲れていたんだな)
果たしてマッサージの効果があったのかは分からない。
しかし寝ている慧音の顔は何処か嬉しそうで、幸せそうだ。
たまにはこういう息抜きも必要だろう。何よりオレも幸せだった。
(しかし、危なかったな……理性って意外に脆いもんだ)
このまま続けていればきっと戻れない所へと堕ちていただろう。
自戒の意味も込めて、オレは自宅に帰る事にした。
(……馬鹿だな、オレは…)
最後に慧音の寝顔を見届けて、家を出る。
寒空の下、空には満天の星空が広がっていた。
§