東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
妹紅「どうした、急に黙り込んで」
妹紅が顔を覗き込んでくる。
その瞳は、真っ直ぐオレに向けられており、まるでオレの心を読んでくるような目をしていた。
追随を避けるために、オレはそういえば、と別の話題を持ち出す。
「初めて会った時、妖怪の定義について話したよな。あれの答え、教えてくれよ」
妹紅「答え……そんな話をしたな、気になるのか?」
「そりゃあ、しばらくは幻想郷にいる訳だしな」
妹紅「ふぅん……しばらく、ねぇ……」
妹紅はまだ葉巻を吸っている。
彼女は煙を細く吐き出すと、オレの方に手を伸ばしてきた。
「……妹紅?」
妹紅「……」
妹紅は何も言わずに、オレの身体を触り始める。
腕や肩、首筋、そして顔を、冷たい手で撫でていく。
「……どうした?」
妹紅「……私が心の無い妖怪だったら、今頃ミナトちゃんを襲って食べるのかなって」
「心の無い、妖怪?」
妹紅「そ。心の無い妖怪は、こうやって人間のように考えることが出来ない。人間特有の忖度などなく、動物のように欲望に従って生きる」
「……それは、里の外の話だよな?」
妹紅「さぁ、どうだろう。人里はただ人間達が集まって暮らしている場所に過ぎないよ」
その言葉を聞いて、背筋が凍った。
確かに、オレはここが平和で良いところだと思っている。
しかしそれは、妖怪の介入もなく、何かしらの事件も無いからであり、人々は妖怪にいつ襲われるか怯えながら暮らしている。
心の無い妖怪が、人里を襲わない保証はない。
妹紅「そんなに怯えなくても、ミナトちゃんは上手くいくよ」
「……そうか?」
妹紅「どうだろう。そんな気がする」
妹紅はカッカと笑いながら、オレから手を離した。
その表情は何処かで見覚えがあり、すぐさま慧音のよくする表情に似ていると気づいた。
妹紅はポケットに手を突っ込んで、空を見上げた。オレも同じように見上げる。
二対の煙は星空に伸びていくが、あの上弦の月にも、紺の空にも届かない。
妹紅「さて、話すぎてしまったな。今日のことは慧音には秘密にしてくれよ」
「あぁ、妹紅も慧音には秘密にしてくれよ」
妹紅「オーケイ。煙草さんきゅ。いつか借りを返すよ」
というと、妹紅の周辺に紅い炎が巻き上がった。
うねりを上げるその炎は、煌びやかで綺麗だったが、すぐさま消えてしまった。
残った熱気と、煙草の香り。妹紅はいない。
(……何か言いたそうだったな、アイツ)
オレはそのまま三本目を吸おうとポケットをまさぐる。
しかし、葉巻と煙草のケース(俺の好きな銘柄)が無くなっていた。
訳が分からなかったが、一瞬で状況を理解する。
「……触ってきたのはそういうことか……覚えておけよ、藤原妹紅」
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