東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

55 / 122
不問

終戦。

今日もかなりの白熱した戦いだった。

今日のMVPはミントとという女の子。国語の授業中にいきなり脱ぎ出したのである。「あついよ~」と武装を解錠し始めた。もちろん教室には男の子もいる。目を隠していたその手には隙間が空くのは遺伝子的にも仕方のないことだ。ナイスハプニングだが、性教育はまだ早い。

 

「はぁ~疲れた……」

 

慧音は寺子屋でやることがあると言っていたので、オレは先に喫煙所に訪れ、煙草に火を付けた。

今回は葉巻ではなく日本の煙草。オレでも知っている煙草の元銘柄がこちらの世界に来ていたようだ。

今や煙草の名前は変わってしまったが、それでも味は顕色無い。

 

「…結局こいつに戻ってきちまう訳か」

 

吸い慣れた煙草が一番だと実感する。

すでに日は暮れており、里の者はみな帰宅を終えている頃だ。

当然喫煙所に人は少ない。元々喫煙所で律儀に吸っている人はそうそういないのだが。

居たとしても家庭を持たない者だろう、顔からして夕飯に急ぐ様子も見られない。

オレも彼等と同じだったりする。

 

「……ん」

 

メンソールを感じながら、寺子屋の子どもたちを思い浮かべる。

一度テストを行って習得を確認したら、割り算に進む。全体の方は大丈夫だろう。

子どもは吸収力が異常に高い。まるでスポンジのようだ。

が、それは全員ではない。チサトである。

まだひらがなも取得出来ていない。その状態で、算術など理解できるものか。まずは日本語を完全にマスターする必要がある。彼女の親父さんの迎えは夕方。放課からその間にすべての教科を教える。流石に頭がパンクしないだろうか?

 

(……いや、様子を見ながらやってみるか)

 

生徒の限界を決めつけて可能性を潰すこと、これはいけない。

――信じてみるか、彼女の力を。

我ながら静かなる熱血教師っぽいことをしているな、とつくづく思う。

煙草を吸いながら考えるようなことではないだろうが……。

 

?『お、いたいた』

 

近くで声がしたかと思うと、次にぽふ、と右肩に柔らかい重みを感じた。

そちらに向くと、青く麗しき女性がオレを見つめていた。

 

「お、大先生じゃないか」

 

慧音「お疲れ様、ミナト」

 

慧音の前で吸いかけの煙草を消そうとするが、「いや、いいよ」と止められた。

かといって女性の前で吸う気にならない。オレは煙が彼女に掛からないように煙草を後ろ手に持ちかえる。

慧音は荷物も何も持っていないようだ。買い物に行った訳でもなければ自宅に戻った訳でもない。第一、彼女の家は喫煙所とは真逆の方向にある。

ならば――

 

「もしかして、オレに会いに?」

 

すると慧音は軽くウィンクをした。天使か?この人は。いや、小悪魔かもしれないが、オレの中では満場一致で「天使確定」と判決が下されたので天使だ。

煙草のにおいは大丈夫なのか、と聞くと「平気だ」と答えた。

ベンチに手を置いた彼女は、ぼんやりと空を見上げている。

 

慧音「……随分と日が長くなったもんだ」

 

「そりゃ夏が近くなってるって事だろ」

 

慧音「このまま夜にならなかったりしてな」

 

「百夜ってやつか、外の世界ならあったな」

 

敬遠「へぇ、一度は体験してみたいものだよ」

 

ぼんやりとした会話。まるで流れる雲のような内容だ。

 

『……!』

『…………』

 

ふと、喫煙所にいた者、あるいは喫煙所を通り過ぎていく者の目がこちらに向けられていたことに気付いた。

恐らく、その視線はオレではない者に向けられている。

彼らの気持ちを代弁するなら、「寺子屋の美人先生がなんでこんな場所に?」であろう。

慧音は気にしてないようだ。が、オレは少し負い目に感じた。自分のことは何でも良いが、オレのせいで人の評価が変わることは良く思えなかった。

 

「さ、暗くなる前に家に帰ろうぜ」

 

結局慧音が来てから口を付けなかった煙草の火を灰皿に押し消し、立ち上がる。

隣にいた慧音は立ち上がらなかった。

 

慧音「…………」

 

「……どうした?」

 

彼女はまだ、ぼんやりと空を眺めていた。同じようにオレも見上げる。

少し曇りかかった夕暮れの空。これから闇の世界が広がる一歩手前の、希望の光。

大地の向こう側では顔を半分覗かせるオレンジが眠りにつこうとしている。

 

慧音「明日、満月なんだ」

 

「……満月?」

 

ぼそり、と慧音が言った。

消え入りそうな小さい声だったが、オレは聞き逃さなかった。

その声が、とても弱々しく、いつもの慧音ではないようであることも、分かった。

 

慧音「……あ、帰るんだったな。私も帰るよ」

 

「家まで送るよ。夜が近いし」

 

慧音「あぁ、ありがとう。……キミといると、なんだか安心するんだよな。なんでだろう?」

 

「……さぁ、なんでだろうなぁ」

 

2人で帰路へと付く。

夕日が沈むころには、既に通行人は減っていた。この時間帯には基本人は出歩かない。

貸し切りと化した人里の道を、オレと慧音はゆっくりと歩く。

ゆっくりと、のんびりと、一歩ずつ探るように、歩く。

 

 

慧音が喫煙所に訪れた理由は、最後まで聞けなかった。

 

 

§

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。