東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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黒猫

 

「ダインシンインザダークッ!」

 

自宅への帰路。

慧音を送ったのち、オレは行きと同じくゆったりとした足取りで帰っていた。

その理由は単純で、先ほど吸えなかった煙草をもう一度吸うためである。

 

「んん~拙者、今日も1日オツカレサン!」

 

ライターをポケットに放り込み、煙を空へと吐き出す。

光を失った濃紺の曇り空。それは煙草の煙と同じ色をしていた。

もしこの雲が煙草の煙なら、降ってくる雨は酸性雨どころか強酸となり農作物やら全てがダメになってしまうだろう。しかしニコチン中毒者にとっては浴びるような毒に歓喜するのかもしれない、という妄想に耽る。そして妄想をやめる。

煙草は思考を生むが、同時に思考を消す物でもある。矛盾、二律背反。

 

「……むふぉ」

 

2,3回呼吸を繰り返し、先ほどの喫煙所の情景を思い浮かべた。

 

 

――明日、満月なんだ。

 

 

慧音の言葉。

消えそうな声、とてもか弱い声で。

まるで、彼女が何かを躊躇っているかのような、そんな言い出し方だった。

 

(何か言いたそう、だったな)

 

慧音が家とは逆方向の喫煙所に来た意味は?

オレに会った意味は?

それだけではない。最近の慧音は、何かを懸念しているように思える。商店街の後でも、寺子屋の後でも、オレに対して何かを間違えないように、探っている。

彼女の言葉の意味は。真意は。心裏は。

 

「…………ダメだ、分からんばい」

 

頭をひねって考えてみたが、脳のやる気スイッチは”OFF”に切り替わってしまった。

頼むよ、やる気スイッチ先生。「君のやる気スイッチは何処かな?」って言ってオレのやる気を引き出してくれ。多分膵臓の裏側当たりについていると思うから。

と、下らない心の会話をしていると、前に物影が差しかかった。

 

「お」

 

足を止める。

それは小さな影であり、宵闇に溶け込みそうなほどの黒い身体をしていた。

こちらに来てから初めて出会った[外の世界にもいる生き物]である。人間を除いて。

 

「黒猫か、久しぶりに見るぞ」

 

『――――』

 

近づこうとして、ふと足を止める。その黒猫は外界のものとは少々妙なる様相を呈していた。

真っ黒い毛並みに揃った身体こそ暗闇に溶け込んでいるものの、その双眸は真っ赤な宝石のようにギラリと輝いていた。まるで焔の球が闇に浮かんでいるかのような、美しくも恐ろしい奇妙な雰囲気だ。

そして特徴的なのが、その尻尾。

 

「……どうなってんだ、あれは」

 

黒猫のお尻からは、二つ尻尾が伸びていた。

通常猫の尻尾は一本。稀に二つの尻尾が伸びることがあるが、あれは一本目の物が枝分かれするようにもう一本生えてくるものである。

しかしこの猫の尻尾をよく見ると、根本からはっきりと分かれていて、それぞれ独立した動きをしている。左目と右目を自由に動かせるか?オレにはできない。

黒猫は逃げることも警戒することもなく、オレをじっと見つめていた。

少し考えて、黒猫に近づくことにした。

 

「今日からお前の名前は”K”としよう、黒き幸、ホーリーナイト」

 

欧州ではクロネコは不幸の象徴として忌み嫌われている。クロネコには魔の力が宿っていると信じられていたからだ。その風習は今でも続く。

対して英国では、クロネコは幸運の象徴とされている。

日本は英国寄りの捉え方をしている。不幸の象徴とも思われているが、招き猫や魔除け厄除けの意味合いとしての方が強いだろう。実際結核の治療にいいだとか、恋煩いの解消だとか、いろいろと語り継がれている。

結局、全ては人間が作り出した迷信なのだが。

ちなみに、某運搬会社は黒猫の親が子を丁寧に咥えて運ぶことから名付けられたらしい。いい由来だが、仕事量がえげつないので、彼等が救われることを願うばかりだ。

さて、クロネコはオレの目の前で動かない。この場合、どの意味合いを信じればいいのだろう?

 

「おいちゃん、にゃんにゃん」

 

オレは地面に屈み、持っていた煙草をゆらゆらと揺らしてみる。

こんなもので猫が興味を持ってくれるとは思わないが。

 

『――――』

 

しかし意外にも、黒猫はこちらの動きを目で追っていた。そしてゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「いいぞ、にゃんにゃん!」

 

一歩ずつ、一歩ずつ、次第に歩みのペースが速くなっていく。

そして、煙草への距離が数cmへと近づいた、時のことだった。

 

『――にゃーん』

 

黒猫が右手(右肉球?)を前に出した瞬間、何の前触れもなく、突然煙草の火がボウッ、と大きく燃えだした。

 

「ファッ!?」

 

熱を感じ、何事かと放り投げる。燃え盛る火種は炎々として消えず、あっという間にフィルター部分を燃焼した。

あっけに取られながらも、「あづッ」手を振って熱を逃がす。

煙草が灰と化した頃に、黒猫はいなくなっていた。

 

「……鬼火ってやつか?」

 

オレは冷静に――実際には頑張ってひねり出した言葉だが――呟いた。

燃え尽きた煙草を携帯灰皿へと仕舞い、立ち上がってストレッチをする。

一瞬の出来事であった。

 

「でも……綺麗な炎だったな。純粋な炎というか、綺麗な燃え方をしていた」

 

あの黒猫の事は一生忘れないだろう。

次会った時に素敵な仕返しをしてやろう。

 

「ねこまんまに毒でも盛ってご馳走してやるか…」

 

猫への完全犯罪に思考を落としながら、オレは再び曇り空の下を歩む。

 

 

§

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