東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
「シャケナベイベッ!!!」
朝一に寺子屋の扉を開く。しかし、ある重大な事実に気付いた。
玄関には靴が一足も並べられていない。
「けーねてんてー?」
呼びかけがこだまする。
慧音がいないのは珍しい。というのも、彼女は朝早くから寺子屋にいる。
「私は夜以外ここにいると思ってくれていい」と言っていたのだから、じゃあ朝行けば会えるじゃん!と思ったのだが、今日は違うらしい。
「お邪魔しマックス」
人っ子一人いない空間。
今日の授業は午後に行われるため、午前は空き時間だった。
オレの『脳内TO DO』には慧音と話すことしか入っておらず、計画は崩れてしまったが、こうして誰もいない寺子屋を見て回るのは新鮮さがある。
実際ひとりでゆっくりと寺子屋で過ごすことは無かったし、いい機会である。
「…………」
ギシギシとなる廊下を渡り、教室を横切り、教師部屋(慧音の部屋と同義)へ辿り着く。
もちろん人の姿はなく、先生はいなかった。
「エンプティー……」
これでは朝早くに寺子屋に来た意味がなくなってしまう。
仕方がないので、部屋の掃除をすることにする。
「おそうじしましょ?」
座布団を机の上に避難させ、小さな箒で全体を掃く。
しかし少しやってこれは無意味な事だと知った。
――綺麗すぎる。埃一つ落ちてない。
やはり慧音は上を行く者だ。抜け目などない。
「だが犠牲無き世界などありはしないのだ!!」
意表を突く形で火鉢の裏を覗く。そこに広がるのは、クリアな世界。
「クリアーマインドッ!!!」
オレはバイクのハンドルを握っていた、風を感じたのだ。
――動くと余計に汚れてしまうのかもしれない。そっと火鉢を元の場所に戻し部屋を出る。
寺子屋には部屋がふたつしかない。先生の部屋と、授業の部屋だ。意外と小ぢんまりとしている。
「ヒマナッツ」
オレは渡り廊下を進み、先ほどスルーした授業部屋の襖を開ける。
そこは10畳以上もの空間が広がっていた。座布団と机は端に片づけられており、普段より広く見える。
朝の授業では慧音と子どもたちで学ぶ場所を作っている。こうしてみるとちょっといいお家の一室のようだ。
さて、こうして畳の広がった部屋を見るとどうしてもやりたい事がある。
荒々しく蒼い大海原が海の男を誘うように、鶯色の草木香る畳の海が教師であるオレを呼んでいる――そんな気がする。
「アクセルシンクロオオオォォォ!!!」
オレは伊草の海に身投げした。
冗談はともかく、畳は案外柔らかく、ほんのりと温かい。
「これが本物の畳か」
外の世界での畳は化学繊維で作られており、腐らない材質でできている。そのため、ごわごわとして肌触りが悪い。その上でスライディングをした暁には、二度とやらねぇ!と童心に誓わせるほどの心と膝に傷を負う。
しかし、本物ははるかにそれを凌駕していた。触れただけでわかる。こいつぁ本物だ。
優しさと温かさがオレの身体をそっと包み込む。
「ふわああああん」
襖の間から流れ込む朝日も相まって、醒めたはずの頭がまた微睡みに引きずり込まれていく。
誰もいないのだから、こうしてずっと寝転がってるのもありかもしれない。
慧音がみたら「ここで寝るな、ミナト」と苦笑しながら手を差し伸べ、オレは手を握って起きる。うん、完璧なイベント発生シチュエーションだ。レベル[あざとい]だ。
そうとなれば、計画を実行せねばなるまい。
「いざ、ダイブ!!」
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