東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
午後の授業はあっという間に終わってしまった。
というのも、子どもには問題集を解かせ、時にアドバイスをしながら、暇な時は物思いに耽っていたから、時間は待つことなく、通り過ぎていった。
さよーならー、と元気よく挨拶し、子ども達は玄関から飛び出していく。
慧音とオレは見送りを終えて、寺子屋へと戻る。
今日はチサトが寺子屋に来ていないので、補習は無し。
慧音「ん~……今日も平和に終わったな」
「お疲れさん、慧音せんせ」
ありがとう、と慧音は息を吐き出す、それだけで色っぽく見えてしまう。さりげない動作ってヤバない?手で髪を梳く動作とか、指を組んだりとかね。それだけでご飯3杯はイケちゃうね、ラーメン屋がご飯無料だったら、余裕で釜が空になっちゃうぞ。
慧音「さて……と」
もう一度伸びをしてから、慧音は教務室へと戻る。オレも彼女の後へ続く。
慧音「ミナト」
「ん?」
突然慧音に名前を呼ばれる。
静かな寺子屋には二人しかいない。
慧音「後の片づけとか任せていいか?これから少し用事があるんだ」
「あぁ、いいよ」
いつも片づけは彼女と二人でやっているが、今回はオレに任せるらしい。
慧音は机に広げられた書類を紺のトートバッグに詰め込み、忙しない様子で寺子屋を出て行った。
ひとり取り残されたオレは、二人になるべく縁側に向かう。
妹紅『ふわぁ…これでようやく二人きりになれたな』
縁側で昼寝から目覚めた妹紅があくびをした。
「疲れたよ、身体が別のことを求めている気がする」
妹紅「当ててみよう。恐らくそれは煙を求めている、違うか?」
彼女の手には煙草のケースが握られていた。
オレの顔を見て、にやりと笑う。
「……悪い奴だ」
妹紅「ちょっとぐらい大丈夫だって、子どもたちもけーねもいないんだしさ」
悪魔の誘惑を断ち切ろうとしたが、身体は吸い寄せられるように中庭へと向かっていた。
縁側に腰を掛ける。胡坐をかいた妹紅が茶色の煙草を差し出した。
妹紅「この間の返し。私が巻いた煙草だ」
「巻きたばこ作ってんのか。洒落てるな」
妹紅「なんせ暇だからな。自分で作った方が意外と納得のいく味になったりする」
ポケットからライターを取り出し、火をつける。
妹紅は既に白煙を吐き出していた。「あーうめぇ」と声。
先端が赤く燃えた所で、オレはゆっくりと煙草を吸う。
「…………」
濃厚で、コクのある苦味が肺を満たす。しかしその苦みは何処か親しみのある苦味。煙草の原点。まるでほろ苦いコーヒーを飲んでいるような味だ。
それでいてタールは高くなく、吸いやすい。
「……オレ好みの煙草だ」
妹紅「気に入ってもらえたようで」
深呼吸するように煙草を吸う。
そよそよと風が中庭の一本木の葉っぱを揺らしていた。
「なぁ、妹紅はいつから煙草吸い始めたんだ?」
妹紅「煙草?そうだな…」
少し考える素振りを見せ、妹紅は首を振る。
妹紅「もうすっかり忘れた。物心ついたころから右手に収まってたよ」
「…ガキの頃からか?」
妹紅「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。あまり覚えてない」
「自分でも曖昧なんだな」
妹紅「……まぁ、そういうことさ」
なんだか言葉を濁しているように見える。
言った方がいいのか悪いのか、見当が付かない、といった風に、曖昧な言葉だった。
お互いに煙草に口を付け、息を吐き出す。
妹紅「ま、煙草なんてそんなもんさ。幻想郷には煙草が無いと生きていけない奴ばかりだ」
「へぇ…」
オレの脳内に浮かんだ、煙草を吸う慧音の姿。
細い指で細い煙草を持ち、目を細め、口を窄めて煙草を吸う姿――。
それは色気というより、色気と妖艶の暴力。
「やばいな」
妹紅「な?やばいだろ。でも慧音は煙草嫌いだから気を付けろよ」
煙草を吸う彼女の姿が霧散する。
灰皿に灰を落とし、妹紅からもう一本煙草を貰う。寺子屋に来る際は煙草を置いてきているので、手持ちにはない。
我ながら教師の鑑だ。
二人で煙草を吸っていると、気付けば寺子屋は赤橙に染まっていた。
空が薄暗くなって、雲は多く、灰色とオレンジ色が混ざり合う。
妹紅「さて、そろそろ私は行くよ」
「おう、何処へ行くんだ?」
妹紅「今日は博麗神社で宴会があるんだ」
「そうか、満月の酒か。霊夢によろしく言っておいてくれ」
妹紅「あいよ。顔利かせとくから、宴会には来るなよ」
「よくわからんが、分かった」
妹紅はカッカ笑い、咥えていた煙草を手のひらで握りつぶした。
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