東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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竹林

[迷いの竹林]は、人里を出て妖怪の山の反対側に位置する。

方角は分からないが、妹紅から教わった方角『西に向かって進め』を信じて進む。

思えば、オレは博麗神社から人里へ来る時以外に、里外へ出た事がない。

今更恐怖を感じているとか、ビビッているだとか、そういうことではない。何となく飛び越えた一線がやけにあっさりだったから拍子抜けしただけだ。

 

迷いの竹林は、ただの竹林のように見えた。

 

「ここ、ね」

 

竹林の入り口にはボロボロになった立て看板がある。

――此ノ先、迷ノ竹林也。命忘ルナ。

 

「こんなところに来る奴は、命より大切なものがあると思うぜ」

 

煙草を吸いたい気持ちをグッとこらえる。

火事にでもなったらシャレにならないのと、煙あるいは臭いによって妖怪が寄ってくるかもしれないからだ。

どんな妖怪が来ようが全力で逃げるだけだが、エンカウント率は下げておきたい。

いざとなれば[靈撃]がある。それに、発動するか分からない[スペルカード]も備えてある。来るべき時のために、後ろのポケットに忍ばせておく。

 

「……静かだ」

 

竹林は静寂に包まれていた。風がないせいか、葉の擦れる音さえも立たない。

生を感じさせない、しかし今にも群生した竹の中から妖怪が出てきそうな、アンバランスな空気が流れている。

 

「たけやぶやけた、わたしまけましたわ」

 

竹林に踏み入れる。

竹の密度はそれほどではないが、如何せん道がない。

『迷い』と名称についているのは、こちら側が動こうとすれば迷うよ!という意味合いを持つらしい。

迷わないコツとしては、「ひたすら真っ直ぐ進め」とのこと。なので直進することにする。

上着に入れたライターを手で弄りつつ、オレは進む。

 

 

~~1時間経過~~

 

 

「心が叫びたがっているんだ!!!」

 

心が折れそうだ。いや、実際、折れていた。

何処まで歩いても同じ風景。まるで同じことを繰り返し意味もなく行わせる無間の地獄のようだ。

いつまで歩けば視界が開けるのだろう。

開けた所どころか、人が通ったであろう道さえ見つからない。

ここまで歩いて目的地に着けない不幸さもそうだが、同時にまだ妖怪にも遭遇していない幸運さをオレは持っている、不幸中の幸いというものか。

しかし、堂々巡りを彷彿とさせるこの竹林、いったいどこまで広がっているのだろうか?

 

「頭にきますよ」

 

煙草のニコチンも切れかかってイライラが増していく。

本当に心の底から叫びたい気分だ。

しかし叫び声から人食い妖怪に見つかりむしゃむしゃEND、という未来が見えたのでグッとこらえる。

携帯を見る、[22:21]の表示。良い子はとっくに寝ている時間だ。現代の子どもはまだ起きている時間だが。

 

「我慢できねぇや」

 

と、煙草に手を伸ばそうとした、その時だった。

 

 

――サクッ。

 

 

枯草を踏み鳴らす足音がした。

瞬時にオレは身構え、息を殺し、周囲を窺う。

妖怪の足音か、それとも一般人か――いや、この時間に人間がこんな場所にいるのはおかしい。俺も十分怪しい奴だが、もしかして同じ境遇の人間か?

恐怖と欺瞞の間で意識を集中させる。オレの心臓がどこにあるのかはっきりと分かった。

 

 

――ザザザッ

 

 

(……来るッ)

 

前方の笹の葉が揺れ、密集した竹藪から、一対の影がゆらめいた。

そこに現れたのは、小さな人。

 

「……ウサ耳?」

 

まず初めに飛び込んできたのは、ニョキ、と左右に伸びた白い耳。ふわふわとしていて、ウェーブのかかった黒髪と対照的な彩色だ。

暗順応によって次第に分かってくる、人影は女の子だった。

全貌は明らかではないが、かなり低めの背丈だ。加えて童顔でもある。里の子どもぐらいの身体つきだが、間違いなく里の者ではないだろう。

服装はピンクのワンピースのような物を召していて、その服装がより子供っぽさを強調していた。

物陰からじっとこちらの様子を窺っている女の子。その眼つきは女の子がなせるようなものではなく、まるでこちらの心の中を見透かすように細められている。

 

『…………』

 

「…………」

 

黙ったまま時間が過ぎてゆく。

その間も女の子の視線は一ミリも揺らがずに、オレを見据えていた。

一体どれほどの時間が経過しただろうか。

やがて視線が動く、女の子の赤い目。

 

『…言霊のさきはふ国、とは聞が好いもんだ』

 

「おっ」

 

そして女の子が駆けた。全貌が露わになる。やはり少女だった。

オレの身体は無意識のうちに動いていた。

彼女の背中を追いかける、そこに意味はない。意味はないはずなのだが、そうしないといけないような気がした。

単に少女に好奇心が湧いただけかもしれないが――。

 

「てか、はえぇ!」

 

少女はすばしっこく、脚力は常人のそれを遥かに凌いでいた。

気を抜けば見失いそうな距離まで引き離されている。元々視界の悪い場所なので尚更だ。

負けじと腕を振り必死に食らいつく。距離にして数十メートルといったところだ。

背中から突然噴き出した追い風が無ければ、すぐに逃してしまっていただろう。

カーチェイスは少しして終わりを告げた。

少女が右に曲がった時、オレも右へ曲がったが、少女の姿を見失ってしまった。

 

「ミステイクンッ!!」

 

膝から崩れ落ちる。

女の子に追いつけなかった悔しさが――ではなく、妹紅の「真っ直ぐ進め」という言葉に従わなかったため、百パーセントオレは迷った。肺が爆発しそうなほど暴れている。これだからヤニカスはダメなんだ。精神が身体とリンクしていない。

オレは立ち上がって土埃を払う。不思議と不安はなかった。

 

「…………」

 

何故なら、オレの目の前に極光が降り注いでいたからだ。

群生していた竹林が空け、満月の光が注ぎ込まれている。

その圧倒的な光の量に目を瞬かせようと閉じかけた時、オレは見た。

 

――此処、迷ノ竹林“奥地”也――。

 

眼前には景色の開いた空間。それはオレが求めていた目的地であった。

頭上に昇る完全な月。

月へ祈るように伸びる立派な竹藪。

 

『…………』

 

そこに、人がいた。

先ほどの少女ではない。大人と思しき容姿だ。

しかしその容姿は、オレの中で何かを弾けさせ、驚愕と不安に包んだ。

 

脳裏に浮かんだ、一言。

 

 

「……どうして、ここに?」

 

 

すらりと腰まで伸び、クセのない真っ直ぐな銀の髪。

白と青が織り交ぜられたドレスのようなワンピース。

その人は、オレのよく知っている人だった。

 

 

『…………ミナト』

 

 

上白沢慧音は震えた声でオレの名を呼んだ。

 

 

§

 

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