東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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異変

 

月光を浴びた慧音の姿は美しさを超越し、まるでダイアモンドのように輝く宝石そのものだった。

こんな竹林に宝石が落ちているのだから、さすが幻想郷だと感嘆せざるを得ない。

磨かれたダイアモンド、しかしその美貌は輝きこそすれども、笑っていない。

冷酷な、光を失った、宝石。

 

慧音「……ミナト」

 

もう一度、彼女はオレの名前を呼んだ。

彼女は笑う。笑っている。表面上は、笑っている。

でも、どこか困っているような、悲しそうな笑顔だった。

分厚い雲が再び輝く満月を隠し、オレたちを闇に誘う。

 

「慧音、どうしてこんなところに?」

 

慧音「…………」

 

同じ質問をぶつけるが、慧音は答えない。

その反応は、オレが薄々感じていたものを確信に至らせようとした。

 

 

――今宵、迷いの竹林の奥地にて君を待つ――。

 

 

『文々。新聞』に挟まれていた手紙。達筆で読みにくい字。

彼女の達筆な文字。オレはずっと読めないと思っていた字。

それらが一瞬で繋がり合う。現実を語るには容易すぎた。

 

慧音「手紙、読んでくれたんだな」

 

「……あぁ」

 

慧音「まぁ、だから、ここにいるんだよな」

 

「…………あぁ」

 

風の音が消え、葉擦れの音も消え、生命の息吹さえも感じさせない空間。

言葉を待つことの緊張、それらが重なり合って無音の世界を作り出す。

やがて慧音は組んでいた手を解き、オレの方へ歩み寄ってくる。

 

慧音「何故お前をここに呼び出したと思う?」

 

「……好きなのか? ここが」

 

慧音「……はは、やっぱり鋭いな、君は。それもある」

 

慧音の整った顔が近づいてくる。悲しそうな笑顔でも彼女は美白だった。

長いまつ毛が震えながら、真っ直ぐに俺を見つめてくる、深紅のルビィのような瞳が、オレを縛る。

距離にして数センチ、目と鼻の先に慧音がいる。

 

慧音「里の喫煙所で、本当は言おうとしたんだ」

 

「……」

 

喫煙所、という言葉からその時の情景が思い浮かぶ。

彼女が昼時にそこに来た理由。

彼女が宵時にここに居る理由。

その二つは、密接に関係している。

 

慧音「あの時、私はお前に言おうとした。お前だけじゃない。あの場にいた私を見る目に伝えたかった」

 

「……慧音?」

 

慧音「今思えば言わなくてよかったよ。もし言っていたら、お前は何処かに消えてしまうような気がしてさ」

 

「……何処も消えないさ」

 

慧音「…はは、ありがとう」

 

声が次第に湿っぽくなる。

数センチ先にいる彼女の心象を掴むには、あまりにも近すぎる距離。

雨、のイメージが思い浮かぶ。

 

「………」

 

慧音「………」

 

しばしの無音が訪れる。眩暈を感じるほどの静寂。春の夜の夢。

先に静寂を破ったのは、オレだった。

 

「……教えてくれよ」

 

静かな言葉とは裏腹に、心臓は爆ぜる寸前でいた。

次の発言でドロリと口から臓物が出てくる感覚。込み上げる緊張という名の吐気。

しかし、彼女を前にしてオレは全てを飲み込む。

そして言おうとしていた言葉はすんなりと空気に触れた。

 

「君の秘密ってやつをさ」

 

彼女の雨は止んでいた。

それでも悲しそうな笑みは止まらない。止めてほしいのはそちらの悲痛な笑顔。

静止した時間、薔薇色の艶やかな唇が動く。

 

 

 

――わかった、と。

 

 

 

慧音「見ててくれ」

 

静かな言葉が咲き、白い光が再び雲を分けて竹林の奥地を照らしてゆく。

雲の掛からない満月。極光が見る者の目を焼く。

反射的に目を閉じようとした時、彼女に”異変”が起こる。

 

「――――」

 

慧音が何かをつぶやいた。直後の事。

びくり、ぴくり。

彼女の身体が大きく跳ねた。我慢していたものが崩壊していく、制御しきれないものが溢れだしていく――彼女の全てを、彼女の秘密を、さらけ出すように。

 

慧音の身体は反るようにして満月を迎え入れた。そして、変異。

 

「…………!」

 

身を包んでいた淡い蒼色は、月光を浴びて純白に染まったかと思うと、竹林の彩が流し込まれ、青は“緑”へとその彩色を移した。

そして、頭の学帽がひらりと枯葉に落ちると、彼女の天辺から二本の細い角が満月を支えるようにして伸びていく。

この二つの異変が、慧音が隠し持っていた秘密であると、理解した。

しかしそれは彼女自身が持つ資質の問題でもあり、すなわち――。

 

 

慧音「……今まで黙っててごめんな」

 

 

彼女は、寺子屋の先生は、人ではなく、妖怪だった。

 

 

§

 

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