東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

66 / 122
秘密

 

慧音「これが、私の本当の姿だ」

 

碧に染まった慧音は、人でありながら、人ならざる容姿に成り代わっていた。

角の生えた二本の鋭角。

月光に濡れる鋭い歯牙。

碧の髪、手の爪、そして、慧音を取り巻く妖気。

それは、彼女が人の形をした[妖怪]であることを物語っていた。

 

「……妖怪、だったのか…?」

 

こくりと揺れる、足元の暗黒。

その肯定が、オレと慧音との記憶を引きずり出していく。

――寺子屋で出会った彼女。

――オレの生活を安寧し、救いの手を差し伸べてくれた彼女。

――子どもの幸せを考えて、毎日一生懸命に寺子屋で働く彼女。

――妖怪、人間を食い物にしている、人間の敵。

――今まで出会ってきた慧音は、全て、妖怪で。

 

慧音「……そんな顔、しないでくれよ」

 

「……!」

 

悲しそうな慧音の声にハッと現実に戻る。

腕を組んだまま真っ直ぐにオレを見る。妖怪の彼女は、今にも竹林に溶けて消えてしまいそうだ。

 

「……すまん」

 

彼女の視線にオレは謝ってしまう。

――自分の秘密を思い立って打ち明けた慧音に対して、オレはどうだ?

彼女と視線を交えていないオレは、なんだ。

交えるどころか、逃げてしまっている。

今、自分がどんな表情をしているのか、想像したくなかった。

手の震えを必死に隠す。目の前の妖怪。それは慧音だ。妖怪は人の命を奪う危険な存在。全てがそうであるとは言い切れない。でも、でも――。

 

複雑な感情がとぐろを巻く。

オレは自分の想いとは相反して、無意識に口を開いていた。

 

「……なぁ」

 

声が震えていることはオレが一番知っている。

それでも、言葉を生み出さなければならない。

沈黙が、彼女の何もかもを否定してしまう。オレがやることは、怯えることではなく、思考することでもなく、目の前の妖怪と向き合うこと。

 

「慧音」

 

慧音「…………」

 

真っ赤に燃えるルビィの双眸は依然としてオレを捉えている。

正面から見据える慧音。

彼女は今日の今日まで一体どんな気持ちで生きてきたのだろう?

自分が妖怪である、と隠しながら、妖怪を拒む人里に身を置いて――。

ズキリ、と心臓に痛みが走る。比喩ではない、本当の痛みが。

 

「勇気をもって話してくれて、ありがとう」

 

慧音「……」

 

「私は妖怪です、だなんて。そうそう外の人間に言えることじゃあない」

 

痛みが少しずつ鋭くなって、増していく。

この痛みは心の痛みだ。

心臓は心ではない。心は脳にある。それでも、オレは左胸が痛んだ。

――同じではないのか。人間も、妖怪も。

人間のオレも、妖怪の慧音も、みな、心を持っている。

心の痛みは、ヒトとして生きる存在が持つ、存在証明。

 

「はっきり言うよ。オレは妖怪が怖い」

 

妖怪は人間を襲い、喰らう。

それは妖怪の性であり、避けられない理である。

しかし、それは人間も同じだ。人間も家畜を喰らい、食物を食べる。

もし人間が妖怪を喰らう理だったならば?

立場が全く逆だったら? 

 

「だけど、オレは外の人間で、妖怪のことなんてほとんど分かってない」

 

ただ、それだけのことだ。

被害者は人間じゃない。心を持った妖怪だって同じ、被害者だ。

人間と妖怪という関係が、何かによって強引に作られてしまったが故に。

 

痛みは次第に強くなっていく。

オレの心の痛み、だが慧音も同じ痛みを受けている。

――でなければ、彼女はこんな顔をしないだろうに。

 

慧音「……ミナト…?」

 

慧音の声も同じように震えていた。

オレは、着ていたジャケットを脱ぎ、その場に放り投げる。

訝しげに視線を添わせる彼女に構わず、春の寒空を肌で感じる。

 

「ほら」

 

白いシャツの腕をまくり、拳を固めて、前へと突き出す。

ちょうど慧音の口元へと伸びるように。

自分の腕は肉付きが良く、かといって細くもない、健康体だ。

 

「……食べてくれよ」

 

細められた紅い目が、大きく開かれる。

慧音はオレの白く染まった腕を見る。そして、視線が交叉する。

今度は逃げない。真っ直ぐに彼女を見つめる。

困惑は、やがて強い光に変わった。

 

 

――ひとりの妖怪の心を救うためなら。

 

 

「……慧音の為なら、腕の一本や二本、軽いもんさ」

 

妖怪の表情から、困惑が消えた。

意志が固まったように、オレの元へと強く踏み寄り――

その鋭利な八重歯を、人間の腕に突き刺した。

 

 

§

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。