東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~ 作:ようひ
慧音「歴史というのは、その時代その場所で起こった事物を時間的に変遷したありさま、あるいはそれに関する文書や記録のことを言う」
彼女の周りには、大量の巻物が展開されていた。
但しそれは単なる巻物ではなく、突然現れ、ぼんやりと光を帯びている、妖力が作り出した幻だった。
慧音「私の能力は、その歴史を作る能力」
「歴史を、作る」
慧音「あぁ、そうだ」
と慧音は微笑みながらオレを見る。
(てかそれってヤバくないか?)
さっきの説明と合わせると、慧音は歴史を全て変え、今を変える事が出来る。
つまり幻想郷は彼女の想いのまま――。
慧音「この姿、つまり満月の夜になると、私は幻想郷の全ての歴史が視える。始まりから今まで全てな。先ほどの説明通り、歴史は人の手によって編纂され、文書や記録として残る物だ。歴史を創る能力、と言っても無い物を作り出す訳ではなく、文書として残っていない歴史を見つけ、それを人の見える形にして残す力と言えばわかりやすい」
「……なるほど」
勘違いでした。
つまるところ、彼女の能力は『幻想郷の歴史が分かり、現在[歴史]として残る文書に干渉し、歴史書に記しなおす』力だと言える。
なるほど、と言っても半分はなるほどわからん状態。「歴史って?」「ああ!」ぐらいのズレが生じている。
慧音「簡単にいえば皆に知られていない出来事や、在るはずなのになかった出来事を見つけ出し――正確には掘り起こすって表現が適切だが、この能力を使って人間や妖怪が目に見えるように文書を書き直すんだ」
「……壮大だな」
慧音「歴史の改竄は大変だ。これを一夜かけて行う。明日は疲労で一日中寝てるよ」
それほどの重労働を一人で行っている。それも、自分の為ではなく、人間と妖怪――つまりは、幻想郷という世界のために。
ますます、この目の前の[ワーハクタク]と化した妖怪が妖怪に見えない。
どうしてもその行いは人間の行いだ。
「やっぱり慧音は人間が好きなんだな」
慧音「ッ」
彼女を見てぼそりと呟くと、ぼふん、と爆発音が聞こえた。
緑色の髪が逆立ち、顔が真っ赤に染まっている。
慧音「ば、ば、ばか。そういうのはやめてくれ。今言われると、その、困る」
「?」
慧音「な、なんでもない!!」
いつものクールな彼女はどこへやら。歴史の改竄時は無防備らしい。
コホン、と目に浮かぶ幻影の巻物(これは彼女の能力で見る歴史が一時的に具現化されたものだってけーねが言ってた)に目を通す。
一瞬にして集中した彼女を傍目に、オレは邪魔にならないように周囲を見渡す。
「……立派な竹林だ」
白光で明るくなった竹林を眺める、一体いつから群生しているんだろう?
ここまで広く大きく生えるのに数十年では足らない。
恐らく何百年と時を重ねて、今の竹林が形成されているのだろう。
まさに[歴史]があるから、今がある。歴史を知る者が、今を、これからを作る。
「お」
見渡していると、足元に小さな竹を見つけた。
俗にいう竹の子ども、筍だ。
茶色のふさふさとしたコートに身を包み、寒さを凌ぎながらあっという間に成長する。
気付いたら大きくなっている、その様子はまるで人間そっくりだ。
「元気に育ってくれよ」
筍を撫でる。寺子屋で子どもを撫でる時と同じように。
頭のてっぺんのちくちくとした感触までそっくりだ。
慧音「ここの筍はとても美味しいんだ」
チラリとオレを見た慧音が微笑んで言った。
「妖怪が出るから?」
慧音「ミナトは鋭いな。そうだ、妖怪が住む場所は自然の力が強く、作物が育ちやすい」
「へぇ、てっきり、筍が人の生き血を啜るのかと」
慧音「ここは大丈夫だ。魔法の森だったら有り得そうだがな」
「何それ怖い」
人を喰う筍に興味を覚える。
人間の里に出たせいで、どんどん邪な考えが浮かんでくる。
――この幻想郷は、どうなっているんだろうか。
まだ知らぬ世界に対する興奮が、再び熱を帯びていく。
慧音「別に待ってる必要はないぞ?」
「いいよ。これも何かの縁だ」
慧音「縁、か……いい言葉だ」
全ての歴史に目を通し、調整する妖怪を、オレはずっと眺めていた。
いの1ばんに言うことは
命は2個も無いもんさ
3つ数えりゃ後ろに何かが
4るは目を瞑らない
5人はペロリと食べられて
6でもない死体が転がった
7時に外を出歩くな
8つ裂き人形の出来上がり
9るしむことを忘れたならば
里の関門10り越せ
(人里に伝わる『数え歌』より)
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