東方礼夜鈔~nothing's written in the extract~   作:ようひ

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稗田

昼下がりの人里。

ぽかぽかとした春と夏の間に生まれた陽気。

真上に昇る白い太陽と、ベージュ色に照らされた道。

 

(……よし)

 

相手方に失礼の無いよう、何度も服装をチェックした。と言っても、寺子屋の仕事着だが。

右手に持つ菓子折は、和菓子の方が喜ばれると思い、無難なイチゴ大福をチョイスした。

 

(完璧だな)

 

ついでに買った紺のハット帽も相まって、紳士的な服装だと自負する。

待ちゆく人もオレを五度見ぐらいしてくるので、間違いないだろう。

さて。

[稗田家]は人里の北部に存在する。

北部はそれほど住宅が多くない。むしろ石垣や並木など、上品な雰囲気のある場所だ。

柳の木を眺めながら、稗田家に向かう。

 

(春の柳ってこんな風なのか)

 

いくらか造形の良い家屋を見ていると、目の前に家門が現れた。

関門ほどではないが、装飾の一切ないシンプルイズベストで立派な門だ。

『稗田』と木彫りの表札が掲げられ、厳かな風格を見せつけられる。

 

(ここで全裸になったら死刑だろうな)

 

などとどうでもいい事を考えつつ、足を踏み入れる。

中庭は小さな池に松と鹿威し、反対側には立派な桜が一本だけ咲いている。

桜の前にはお供え物と、注連縄の巻かれた丸い岩が置かれていた。

 

(話通りの豪邸だ)

 

玄関に着き、ベルを鳴らす。

インターホンではなく、ベルだ。紐を引っ張るとチリンチリンと可愛らしい音を立てる。

あの飲食店のレジによく置いてある銀色のベルと同じ音だ――と思っていると中から足音がした。

 

『どちら様でしょうか?』

 

三十代半ばの女性が出てくる。

聞いていた話だと稗田当主は十代とのことなので、おそらく召使いだと察する。

帽子を脱いで、軽く会釈する。

 

「一之瀬ミナトです。本日は稗田阿求様に御用があり、訪問いたしました」

 

『阿求様に?』

 

じろじろとオレの事を見てくる召使い。

不審者だと思われているのか、疑いを持った目だ。

面倒なので、なるだけニコニコとして媚びを売る。笑顔になっているかはこの際考えない。

 

『本日はどのようなご用件で?』

 

「稗田阿求様のお話を聞きに来ました」

 

同じことを二度言う。

オレの真面目な態度を知ったのか、召使いは目を緩くした。

 

『……わかりました、来客室にご案内します』

 

(よっし)

 

第一の関門クリア。

一体何と戦っているのか分からんが、妙な達成感に浸る。

 

 

 § § §

 

稗田家はまさに日本のお屋敷と呼ぶほど豪華な和風建築だった。

歩くとそこら中に高そうな芸術品が鎮座している。

家にある家具を全て売ればリーマン5人分の生涯給料に届きそうだ。

 

『こちらでお待ちください』

 

通された和室の座布団に座る、召使いが会釈して出て行った。

寺子屋の畳とは大違いだ。活き活きとした草原を彷彿とさせる。

 

(ここで、親父の話が聞けるかもしれない)

 

ポケットの煙草を長机に置く。

すると、襖の向こう側から声がした。

 

『……だそうで』

 

『……わかりました』

 

先ほどの召使いと、稗田阿求の声だろうか、イメージより幼い声だ。

待っていると、音もなく襖が開かれる。

 

阿求『失礼いたします。阿礼乙女並びに九代目御阿礼の子、稗田家当主の稗田阿求でございます』

 

現れたのは、ザ・少女だった。

カラフルだが彩色の整った和服にその小さな身を包み、鮮やかな紫の長髪を下ろしている。

顔は色白く、子どものように柔らかそうでつるつるしている。触ったら絶対に気持ちがいいんだろうな、と犯罪的妄想を妄想で済ませる。

阿求はお淑やかな動き、上品な振る舞いで、音もなくオレの前に座った。

 

阿求『一之瀬ミナト様……天狗の新聞に載っていた方ですね』

 

「あ、はい」

 

どうやら文の書いた[文々。新聞]の購読者のようだ。

あんなに素朴でどうでもいい内容をお嬢様が読んでいる、というのも妙な話だ。

 

阿求「確か、能力の無い方だと」

 

「え、えぇ」

 

いきなり脇腹をボディブローされた気分になる。

 

阿求「それと、お父様をお探しになっているのですよね?」

 

「……記憶力が良いですね」

 

一週間ほど前の新聞のどうでもいい内容をここまで記憶できるのだろうか。

 

阿求「まぁ、そういう家系なので」

 

阿求は微笑む。彼女の声と顔つきは幼い少女そのものだ。

十代と聞いていたが、十代と呼ぶより、十歳になろうとしている女の子のようだ。

だが、そのしぐさと動作は少女とは思えない。大人に見える。

 

(何処まで大人の世界を知っているんだろうか……)

 

犯罪に染まりそうな思考をぶった切り、オレは持ってきた土産を差し出す。

 

「ささやかですが、菓子折をお持ちしました」

 

阿求「あら、ありがとうございます」

 

紫色の艶やかな髪が揺れ、阿求はオレの菓子折を受け取る。

そして、垂れ目気味の阿求の瞳が見開かれた。

 

阿求「これは、参風堂の苺大福……」

 

「分かりますか」

 

阿求「ええ。私もよく買いに行きます。美味しいですよね」

 

食べたことは無いのだが、「ですよねェ」と言っておく。

――しかし、なんだ? 出会ってからずっと感じるこの緊張感は!?

大学や数多のバイトの面接でさえ緊張せずに乗り越えたこのオレが、はっきりとした『緊張』を自覚している。

それはこの少女が放つオーラが、そうさせるのだろう。

堅くなっているオレを見て、阿求は微笑んだ。

 

阿求「どうぞ、語調をお緩めください。私は気にしませんよ」

 

「いいのですか?」

 

阿求「えぇ。その方が私としても嬉しいですし、寺子屋の先生とは一層打ち解けていますよね」

 

「……記憶力が良い、というより情報量が多いんだな」

 

阿求「有名ですからね、一之瀬ミナト様」

 

遂に里の名家にも名が知れ渡ってしまったわけか。

と、先ほどの召使いがオレと阿求の前にお茶を置いた。

抹茶だ。綺麗な緑色をした高そうな抹茶が、梅の花が描かれたお椀に淹れてある。大学の茶道部が使っている物よりも遥かに高級だろう。

菓子折をお茶請けとして出してくれるらしく、苺大福を持って召使は客室を後にする。

 

「……」

 

両手で茶碗を持ち、左手で持ちながら右手で2、3回ほど回す。

ゆっくりと口をつけ、お椀を傾ける。

――なめらかで、苦味の無い、さっぱりとした甘さが、口の中に広がる。

 

「……美味い」

 

阿求「お気に召されましたか?」

 

「こんなに美味い抹茶は飲んだことが無い」

 

外の世界でも抹茶は何度か口にしたが、それらとは比べものにならない。

深く抹茶を味わい、お椀を置く。

 

阿求「もう少しでお茶菓子が来ますので、お待ちくださいね」

 

阿求がそう微笑むと、召使が出て行った襖の方を見た。

そこには荘厳な中庭が広がっている。

何かに気付く、先ほど見た一本の桜がある庭だ。

 

「立派な桜だな」

 

阿求「えぇ、毎年綺麗に咲いてくれます」

 

「あのお供え物は木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)のためか?」

 

外で読んだ読み物の知識を頼りに言ってみる。

日本神話に出てくる女神の名前だ。

驚いたようにオレを見て来る阿求は、目を細めている。

 

阿求「それもあります。ですが、主役はその御石です」

 

阿求が指をさしたのは、桜の前に在る丸い石だ。

無骨な石が桜の絢爛さと相まって、妙に空間を和ませていた。

 

阿求「あれは石長姫(イワナガヒメ)の分霊です」

 

「石長姫……確か、咲夜姫の御姉さんの」

 

御存じなのですか、と阿求はもうひとたび驚く。

外の世界の神話とこちらの神話は同じなので、こういった話は結構通じたりする。

……と言っても、全ては暇な時間に見ていたオカルト掲示板の情報なのだが。意外と通じるらしい。

 

阿求「妹の開耶姫は可憐で美しさの象徴です。ですが、姉の石長姫は無骨で器量が良くない、とあまり人気ではありません」

 

阿求は続ける。

 

阿求「ですが、石長姫は[不変]の象徴でもあり、[長寿]を象徴するのです」

 

「へぇ……」

 

感嘆が漏れる。

阿求の声には力がこもっており、聞くものの心を打った。

それは、『長寿』という言葉にとても強い思いがあるような言い方だった。

 

 

§

 

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